スパイラル〜推理の絆〜
Introduction
続 LIFE IS SPIRAL

はじめに

 どうも皆様、城平京です。
 ガンガンNETではこれまで外伝小説を掲載し続けていたのですが、そちらも長編を書き下ろして出版することでひと段落し、今回からは新企画となりました。
 小説を楽しみにしておられた方には申し訳なくもあるのですが、なにぶん力の足りない身ゆえ、お見せできるものが書けずにこういう形となりました。ほんと毎回疲れていたのですよ。
 それで今回からのコミックス出版連動企画なのですが、かつて諸般の事情から『スパイラル完全解説本 LIFE・IS・SPIRAL』というものを出させていただいたことがありました。タイトルどおりの解説本で、その一環として作者自身がマンガ『スパイラル〜推理の絆』の来歴を語ったり、各話ごとにその内容や執筆当時に考えていたことを語るといった解説をやってみたりしております。書けないことも多々あれど、けっこういろいろな情報を開示して好評だったり不評だったりしたものです。
 あやふやな記憶頼りに書かれたいかがわしい回想録みたいなものなのですが、この本が出版された際はコミックスが第8巻までしか出ておらず、よって解説できたのは第8巻収録の第四十話までとなっておりました。
 幸いにもその後コミックスは巻を重ね、解説からもれている話が増え、この「完全解説本」は「完全」ではなくなってしまった次第です。
 そこでこれからコミックスが発売するに応じて、『LIFE・IS・SPIRAL』からもれているものを順次補完していきたいと思います。もともと『LIFE・IS・SPIRAL』を読んでおられない方には少し抵抗があるやもしれませんが、読んでいなくとも支障のない解説にするようにしますので、ひとつのぞいてみてください。でも対象となる『スパイラル』作品をまるで読んでおられない方にはやっぱり支障ありますよ。そこまで責任持てませんや。
 今回はコミックス第9巻、第10巻収録の第四十一話から第五十話まで、「カーニバル閉幕」編の解説です。
 なお文中では特別な場合を除き敬称を略させていただいております。
 ではしばしおつきあいいただけると幸いに思います。



◆カーニバル閉幕(第四十一話〜第五十話)

第四十一話 降伏の儀式

 まどかおねーさんの大人の女性によるアクションメインでドタバタの回ですが、実のところ次の回以降をうまく進めるための状況を一話で作り出す、ドタバタどころかなかなか技巧を駆使した回でもあったりします。
 この回で内容が面白かろうがつまらなかろうがこれから先の展開のために絶対やっておかねばならなかったのは、「歩を解放する」、「歩とカノン以外のメンバーの戦闘能力を著しく下げる」、「カノンをほぼ無傷で一時的に音楽室前から遠ざける」の三点でした。第四十二話以降の展開を読まれればわかると思いますが、この三点を満たさないと後の歩の行動へスムーズに続いていかないのです。
 三点くらい満たすのは楽そうに思われそうですが、案外大変なんですよ。限られたページ数、限られた登場人物、限られた演出方法、なるべく不自然な所がないように、スムーズに面白く読めるものを………。頭痛がしますね。
 たまには先のことなんか考えずその場その場で面白いと思うことをどかどかやれればどんなに愉快だろうかと考えましたよ。展開の自由度を奪うことによって面白さを構築していく傾向があるのがミステリゆえに、ミステリを看板に掲げたマンガは開放的なエンターテイメントになりにくいのでしょう。まあ、その場その場で面白いことをどかどかやっていくのも大変なのですけれど。
 ともかくも歩はようやく主人公として物語の行方を決めるなんらかの行動を取らねばならない状況に追い込まれました。
 サブタイトル「降伏の儀式」はラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルによる同題の大規模な地球侵略テーマSFからとっています。この回の戦い自体がカノンにとっては降伏するための単なる手続きに過ぎない、という意味合いです。
 『降伏の儀式』は政治、社会、科学技術の考証や描写もしっかりしており、侵略者サイドの文化、思考などもこだわって書かれたハリウッド映画みたいなスケールの大作なのですが、作中で地球防衛側の対策チームにSF作家達が集められ、そいつらの出すアイディアがことごとく的を射て状況を好転させていくという展開がほほえましく、大統領までがSF作家達のイマジネーションに脱帽してくれます。けっこうシリアスな話のはずなのに、このせいで妙なユーモアSFになっている感があります。


第四十二話 神の目の小さな塵

 かっこよく泣き言を並べてあきらめを合理化しようとする歩に、これまで暗躍していたひよのが熱血の拳で気合いを入れ直す回です。「理緒編」の時といい、どうしてこのおさげの小娘に結局大役が回りやがるんでしょうか。
 もうひよのの活躍はあきらめているので今さら意識的に悪い役にする気もないのですが、いつか機会があれば目にものを、とも考えています。
 何にしても泣き言をもらす男の子には女の子の一撃が一番効くに決まっています。もう恥ずかしいくらい定番です。一般的な女の子は平手の頬打ちなのですが、私はそこまで定番をまっとうできるほど素直ではありませんし、『スパイラル』の中で誰より男らしいひよのがビンタなんて似合いません。彼女にそんな月並みな女の子打撃をさせてはいけないのです。かといって顔面に右ストレートを入れるとちょっとギャグっぽくなるのでボディブローで歩の両膝をつかせました。
 この打撃シーンでは最初からひよのに荒っぽい言葉を使わせる予定でした。最終的に使用したのは「うだうだ言ってんじゃねぇ!!」ですが、「黙れ、もみあげ!」とか「あたしに任せな!」とかいくつか候補はありました。シーンとしてそれなりに意外性があるため、セリフはストレートな方が良いかと月並みなものに決定しました。
 荒い言葉を使わせたのは一瞬で雰囲気を変えるため。いつもの口調で殴ると迫力がないよなー、という安易な発想でもあります。
 ひよのは常に歩を応援しますが、それは同時に彼女を危険な立場に置くという交換条件でもあります。この点においてひよのは勝った時だけ味方面、負けた時には知らん顔の無責任な応援者ではなく、身銭を切るハイリスクのギャンブラーであるのです。だからこそ歩はひよのに反抗できないのですね。こういう奴だから私もいい役を回さざるえなくなるのですよ。
 しかし歩があきらめるためにしっかり立てた理屈(少なくともあの時点で歩の選択は最善と思われます)をひよのが拳ひとつで打ち砕いて強引に話を進める、というのは、この「カノン編」のテーマである「論理で暴力を攻略する」を頭から否定している気もしますね。現実は矛盾でいっぱい、という嫌な事実を暗示しているかのようです。
 この回のサブタイトルはまたもやニーヴン&パーネルのSF作品から。未読の作品なのですがこれもやっぱり大作で、さらに『神の目の凱歌』へと同レベルの長さで続くので手を出しかねたままになっています。大作SFでそれもシリーズになると読む気が萎えるのです。ダン・シモンズの『ハイペリオン』シリーズも読んでおくべきなのですが、さすがに今からあの量は………。
 一応ひよのが清隆のシナリオを変える「神の目の小さな塵」的な行動をするから、ということでサブタイトルに採用していますが、本当に彼女は清隆にとってイレギュラーなのか? 原作者といえ、先のことはその時にならないとわかりません。だいたいひよのは最初から予定外の行動をしているキャラですから。


第四十三話 愛に時間を

 「へたれ」だの「ダメ眼鏡」だの言われている浅月がさりげなくいい役を担って主人公復活、カノン攻略を宣言する回です。ひよのも時間かせぎのためにひとりカノンに向き合って大見得きってます。重要アイテムねこねこグッズも再登場。
 この「カーニバル」は全てのキャラに一度は良い役をやらせる、という予定で書いておりました。結果的に亮子は不完全燃焼になってしまいましたが、それ以外のキャラはそれぞれの持ち味を生かした良い役をこなせたのではないかと思っています。
 この回の浅月の役回りは重要で、この役は『スパイラル』キャラの中でもこやつにしかできないでしょう。
 基本的に『スパイラル』のキャラは皆、頭が切れます。頭で考えて行動します。理屈を大事にします。だから頭で考えて無理っぽいことに出くわしたり、さんざんやって結果ダメだったりするとその時点でポキリと折れてしまうのですね。細く鋭い剣ほど脆いのと同じです。
 浅月というキャラは理緒と組ませた辺りから意識的にダメっぽく書こうとしてきました。また一方で当人が「考えるのはラザフォードや理緒、自分は汚れ役に徹底し、二人が詰まった時はとにかくフォロー」と自分で役割を決めている節があるようにも書いてきました。
 かくて彼は「へたれ」で「ダメ」かもしれないけれど、理屈も根拠も展望もなくとも折れたりしません。立ち直るのも早い。雑草は死にません。バカは時に流れを変えます、頼りになります。浅月はいざという時弱気になった仲間をつなぎとめる重要なポジションに配置されていたのです。
 理緒もラザフォードも亮子もチームとして浅月の重要性を感じているように書いています。皆が皆「切れる」タイプではやっていけないことを、簡単に折れてしまうことを「切れる」人達は知っているのですね。
 よってひよのの暴力にやられた歩に立ち上がるための肩を貸せるのは浅月しかいないわけです。そして歩はちっくりちっくり状況を整理し、情報を検証し、みんなの力を借りつつカノン攻略の方策を探りにかかりました。暴力に対し論理が力を発動させ始めています。
 今回のサブタイトルはロバート・A・ハインラインの同題作品から。ロマンティックな香りのする良いタイトルですが、作品自体は四千年を生きる長命人の男が退屈し、何か刺激的なことはないかとタイムマシンに乗って自分の母親と恋愛しにいくなんだかなー、という物語です。三分冊の長編でそれだけの物語ではないといえ、基本的に主人公の恋愛遍歴がメインのお話です。面白い作品なのですが、何かロマンに黒い染みがついているような気もしました。


第四十四話 シュレディンガーの猫は元気か

 何が男らしくて何が女らしいかというのは実のところその時々の文化、社会情勢、個人の経験や好みに左右されるもので、いちがいに言うことはできないものです。私も実生活や今回のこの文章で「男らしい」「女らしい」という言葉を何気なく使ってはいますが、その意味するところが人によって異なっている可能性がある、例外はある、ということはわかっていますよ。
 ではこの回でひよのの取った行動(腕をぶったぎってのカノン足止め)は男らしいか女らしいか?
 私はこの回の原作を書いている時、ひよのの行動は「女らしい」と思っていたのですが、そうでもないという意見を聞くようになるし、そういやあるギャンブルマンガで敵に自分の顔色を読ませないためにわざと大量流血して顔面蒼白にする、というごつい男キャラがいたよなー、などと思い出しもしたのです。
 私の偏見かもしれませんが、常軌を逸した行動によって正論を砕きながら、自らの論理と足場を打ち立て世界を守れるのは女性、というイメージがあります。男性は常軌を逸した行動はできても同時に自分の論理と足場を築いて世界を守れない感じがします。
 女性は自分の論理と合わないから一般論を破壊するのに対し、男性は自分の論理がないのにただ一般論が気にくわない、目立ちたいという衝動だけで破壊してしまうダメさが匂うのですね。
 単に私が「既存の価値を壊した」、「こいつは新しい」というだけではしゃいでいる男性を多く見ている気がしているだけかもしれません(ちゃんと統計を取れば男女比は似たようなものという気もします)。破壊する対象、比較する対象がなければ認識できない価値にどれほどの意味があるんだ?
 『スパイラル』も「新しいミステリ・マンガ」とか「新感覚ミステリー」とか「かつてない」とかいう宣伝文句が並んでいた時期がありましたが、個人的には嫌でたまりませんでしたね。ひとつは古いものと比較してしか面白さがないのか、というのと、もうひとつは『スパイラル』は特にこれといって新しいことをやっていなかったから。
 私はどんなものであっても「新」とつくと疑ってかかります。「こいつは新しいぜ」と感じても、自分が不勉強なだけで前例を知らないだけかも、とすぐ様疑うくらいです。普段興味のないジャンルの本を読んだり古い作品を読んだりすると、「たいていのことはすでにどこかでやられてるんだなあ」とちょっと鬱状態で思うようになるのですよ。
 ともかく、この回はひよの大車輪の活躍です。口を開いてはカノンを完全にやり込め、暴力を振るわれてもたちまち逆襲して足止めを続けます。カノンがかわいそうにも見えますね。
 サブタイトルは橋元淳一郎という方の同題サイエンス・コラム集から。量子力学についてちょこっとでも内容をかじったことのある方なら「シュレディンガーの猫」は記憶に残っているかもしれません。この猫のことを手際よく簡単に説明するのは難しいですし、私も大した知識はないので(はたしてちゃんと理解しているか我ながらあやしい)、量子力学の入門書へ独自に当たってください。ほぼ確実に載っているはずです。ほんと頼りなくてごめん。
 なぜこのサブタイトルにしたかは入門書を読んでいただければなんとなくわかると思います。「ふたを開けてみるまで全ては不確定です」というひよののセリフに対応するのですよ。同時に作中では正しく響くひよのの理屈も一抹のうさんくささ、手前勝手さがある、という含みも持たせていたりします。ひよのの理屈が良いように聞こえるのは結局「歩が勝つ」という前提がカノンにとっても(読者にとっても)大きいからに過ぎなかったりするんですよ。


第四十五話 鷲は舞い降りた

 この回の内容についての解説は第9巻の原作者あとがきで多くを書いていますので、重複することはなるべく控えます。
 この回でカノン編に入って張ってきた伏線をざざっとさらいました。やたら多いセリフは伏線の整理回収のためだけにあると言ってもいいくらいです。あの悪い冗談のようであった「すーぱーいなずまキック」も重要な伏線だったのです。重要な伏線は必ず読者の印象に残るように提示する。これは私のこだわりです。成功しているかどうかはいざ知らず。
 カノンをどう攻略するか伏線を張る上でも第四十話以降の内容はかなり早い段階で決めておいたので、原作の執筆にはそれほど苦労はしていません。少なくともゼロから内容を考える必要はなく、ある程度流れに沿って書けました。過労で倒れもしていませんし、担当編集者から理不尽に思われるダメだしも出ていないので、それぞれの回が仕上がるのもかなり早いものでした。
 しかしながら第四十一話から第四十六話を書かねばならなかった平成二〇〇二年九月から平成二〇〇三年二月の頃は『スパイラル』連載の中で一番過酷で忙しく、大変だった時期かもしれません。それこそ過労で倒れていたりダメだしが出ていれば一発で仕事がショートする状態でした。
 この時期私は毎月の『スパイラル』原作は当然のことながら、二〇〇二年二月に出版された『LIFE・IS・SPIRAL』の本文原稿を書き、さらに同本に付属するドラマCDの脚本を書き、後に二〇〇三年ガンガン九月号から連載されることになった『ヴァンパイア十字界』の基礎設定資料および第一話原稿を書き、その上二〇〇三年三月末に出版された『小説スパイラル3 エリアス・ザウエルの人喰いピアノ』の原稿を書く必要があったのです。
 詳しく書くことはできませんがこの時期は何かと私生活にも仕事上にもトラブルがあって、精神的にもささくれていた記憶があります。そのせいかこの時期の仕事はシリアスの傾向が強くてバカが少ない。心に余裕があるとバカができるのですが、余裕がないと真面目ばっかりになってよくありません。ユーモアを忘れた人間は破滅するのです。あぶないあぶない。
 今回のサブタイトルは映画も有名なジャック・ヒギンズの同題小説から。冒険小説の名作、定番、必読作品で先頃完全版が出たりもしているのですが、今となっては世代を越えて受け継がれないものになっている感もあります。ケン・フォレットの『針の眼』とか生島治郎の『黄土の奔流』とか、冒険小説って受け継がれないものか。本格推理も似たような流れにあるのかもしれません。ミステリ・ファンを自認する二十代の方、『刺青殺人事件』って読んであります?


第四十六話 幼年期の終わり
第四十七話 きみのたたかいのうた

 この二回は本来なら一話にまとめるものを様々な事情があって二話にわけざるを得なかったものなので、二つまとめて解説させていただきます。
 一言で述べるならこの二回、どうという内容はありません。最終決戦前に盛り上がっている「空気」を感じさせる回です。もちろん次への本格的なカノン攻略のための下準備を描き、さりげなく重要な伏線や情報を提示し、なるべくそうと気づかせないように工夫をしていますが、この回だけを抜き出して評価するなら密度の低さを指摘されるのもやむを得ないでしょう。でも毎回密度が高かったら読むのが大変じゃありません?      言い訳はさておき、この回で私がやりたかったのは二つ。歩に「孤独の中の神の祝福」を弾かせること、白い鳩を出すことです。
 フランツ・リストの「孤独の中の神の祝福」は「カーニバル」に入った最初の頃に登場させた曲名で、おぼろげながらクライマックスで再登場させることを考えていました。前半に何気なく出てきたものが後半で大きな意味を持つ、というのはミステリにおける物語作法の基本でしょう。私は常に何の考えもなしに出した小道具でもそのうちうまく再登場させられないかと機会を狙っています。ひとつのものに二つ以上の意味を持たせてなんぼ。ただそういうせせこましいこと考えずにとにかく物量で圧倒するという方法論もあるのでこれは私の嗜好に過ぎませんが。
 またここで歩が誰かに聴かせるために積極的にピアノを弾く、という行動により、歩が「ピアノ」というものに対しての姿勢をこれまでのひねくれたものからやや素直なものに変えた、という空気も出そうとしていたりします。
 次に白い鳩ですが、これは当時、ジョン・ウーという映画監督に影響を受けていたのでクライマックスにちょいと飛ばしてみたかったのです。ジョン・ウーの作品にはやたら白い鳩が飛ぶ、鳩と言えばジョン・ウーなどと半分からかうように言われていたりするのですが、実際に作品を見るとそうと意識しないと鳩が印象に残らないものが多いです。
 『ミッション・インポッシブル2』の鳩がこれみよがしだったくらいで、『フェイス/オフ』や『男達の挽歌』シリーズでは「え、飛んでた?」という気分です。でもジョン・ウーに影響を受けた作品と言われるものは大抵鳩が飛んでいます。白い鳩が飛ぶだけで画面の雰囲気がなぜか清潔で静かになるのだから重宝しますよ。くるくるぽー。
 そんなこんなで状況が煮詰まり、歩とカノンが再び顔を合わせます。いやはや長かった。
 では毎度のことながらサブタイトルの出典です。『幼年期の終わり』はアーサー・C・クラークの代表作から。ハヤカワ文庫SFではこのタイトルで出版されていますが、創元SF文庫では『地球幼年期の終わり』となっています。どちらで読んでもかまいませんが、作中で重要な役割を担う存在の訳語が「上帝」と「上主」と違っているので、イメージがとらえやすい方で読むのが良いかもしれません。
 SFの歴史では欠かすことのできない傑作、名作ですけれど、私は初読の時、それなりに面白いとは思ったものの、そこまでの評価を受けるものとはさっぱり理解できませんでした。ある程度SFを読み込み、その歴史を感じられるようになってからやっと「あれは名作なんだなあ」としみじみ認識するにいたった愚か者です。
 その後、『幼年期の終わり』を引き合いに出して傑作と評されるグレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』を読んだ時は素直に傑作と思えるようになっていましたよ。こういうこともあるので自分の偏った感覚で作品を評価するのは危ないのです。自分の意見を持つのも大切だけど、他人の意見を聞くのも忘れないでね。
 「きみのたたかいのうた」は珍しくなんの出典もなし、思いつきで決めたサブタイトルです。これまでのサブタイトルが堅くて重くて息苦しいものだったので(そりゃ堅くて重いSF作品から取っていればそうなる)、やわらかく、それでいて強い意志が感じられるものと思い、これにした次第です。


第四十八話 いまひとたびの生を
第四十九話 カーテン・フォール

 この二回も内容としてはひとくくりにできるものなので、合わせて解説させていただきます。
 カノンひとりに対し、メンバー全員によるあの手この手の攻略戦。「七人がかりならそりゃ勝てるだろ」という批判も受けましたが、そこはそれ、戦力差というものが。超弩級戦艦にヨット七隻で突撃しても普通勝てんでしょ?それで勝ったらすごいじゃないですか。それを言うならゴレンジャーから始まる戦隊ものだって大人数で怪人ひとりを倒しているじゃないですか。
 この二回でアクションと知略の交差をいかに見せるか、という実験をやっています。要はいかにして不自然ではない程度に知略パートの説明を行うか、というものです。動き回って敵を倒せば作戦終了、余計な説明はいらんわけで、その説明を余計でないようにつけるには全体の見せ方やストーリーの構成、実際の攻略方法等に工夫が必要となるわけです。なんかもう限定要因ばかりでひたすら苦しい。
 第四十八話は前半でいわばお互いのルール確認。これからの戦いはこのルールにのっとって決着させますよ、というデータの提示です。そしてアクション。ここで理緒による仮想実況中継を入れて、一連の動きが全て勢いだけでなく意味があることをアクションのテンポと合わせて説明させています。
 続いて第四十九話で一度動きを止め、歩にとってこの状況下からの攻略がいかに不可能であるかをあらためて解説です。ミステリ的な見せ方として「解決」に入る前に「解くべき謎」が何かをあらためて明示するのは常套手段だったりします。「謎」がうろ覚えではそれに対する「解決」の効果が薄くなるのは言うまでもないでしょう。
 で、「解決」としての「アクション」が再び始まり、理緒の実況も入って攻略成功にいたります。このあたりの流れを作るのってやっぱり大変なんですけど、最後には「アクションと推理というのはなじまないもんだなあ」と再確認するだけになったりします。
 さて、一応雑誌に掲載されたものがコミックスに収録される際、誤字脱字のチェックをしたり、場合によってはセリフを大きく直したりもします。それでもって第四十九話では一箇所だけ大きくセリフをいじりました。カノンが突然起き上がったラザフォードにかろうじて対処した直後、背後に攻撃を感じて振り向き、ネコ耳つけたひよのを発見したシーンです。
 コミックスでは「ま、まさか、結崎ひよの!?」になっていますが、雑誌掲載時はここのセリフ、「ね、ネコ耳!? いや、結崎ひよの!?」でした。
 正直雑誌に掲載される前からここのところはどうしようか迷っていたのです。ふざけ過ぎの感があるのは百も承知だけれど、クライマックスずっと緊迫してシリアスで嫌だなぁ、という気持ちもあったのです。
 それに緊迫した戦闘の真っ最中に予想もつかないバカげたことを起こすとそれを目の当たりにした相手はどう反応していいかわからず体を硬直させ、その隙に倒す「跳ね頭」という恐るべき忍法があるのです(カツラが簡単なバネ仕掛けになっていて、斬り合っている最中にいきなり頭をぼよよーんと跳ねさせる。別に苦しい修行をしなくても仕掛けさえ知っていれば誰でもすぐに使える、その意味でも恐ろしい忍法)。
 これをやってみたかった、という誘惑に勝てず、雑誌掲載時はネコ耳に言及するセリフにしておき、最初からコミックス収録時には修正する予定でいました。評判が良ければ修正しなかったのですが、思ったとおり評判が良い感じではなかったので迷わず修正することになりました。バカをやるタイミングは難しい。
 この回で批判があった点に、歩の勝利条件として「麻酔弾をあいつに撃ち込む。そして効果が出るまで逃がさない」と言っていたのに、逃がさないための策を何も打っていない、というものがありました。これは何と言いましょうか、こちらの説明不足だったかもしれません。
 私としては麻酔弾を撃ち込まれて倒れたカノンが起き上がろうとした瞬間、ラザフォードがかけた言葉がこの「逃がさない」一撃だったのです。この時ラザフォードがカノンの肩を押さえつけてでもいればわかりやすかったとも思います。ただ弱った相手に対する優しさの空気を出そうと思えばそうしない方がよいわけで、やっぱり説明不足でした。
 こうして攻略完了。カノンは眠りにつきました。そしてこの攻略を通して歩が成長するいくつかのイベントもこなされたわけです。
 サブタイトル「いまひとたびの生を」はロバート・シルヴァーバーグの長編『いまひとたびの生』から。なぜわざわざ「を」をつけたのかは正直自分でも謎なのですが、おそらく記憶違いのせいだと思われます。持っていないし読んでもいない作品なのでこういうことも起こるわけです。実物を手に取ったことはありますし、あらすじくらいは知ってますよ。ひとつの体に二つの精神が入って闘争する話だったと思います。ちょっと違ったか?
 「カーテン・フォール」は「閉幕」という意味の言葉で大抵の人にはそれ以上の意味を持つものではありませんが、ミステリ・ファンにとっては大きな意味を持つ一語になります。日本三大ミステリのひとつとして数えられる小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』(ちなみにあとの二つは夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』)がこの「閉幕(カーテン・フォール)」の一語で結ばれていることから、ミステリ・ファンはそれにどうしようもなく惹かれてしまうのです。
 そのためミステリ作家の中には自作の最後をこの言葉でしめくくりたくなって若気のいたりでついやってしまい、後になって恥ずかしさにのたうちまわったりしているらしいです。かくいう私はさすがに小説では使えないけれど、「マンガだし、サブタイトルだし、やっても許されるかなあ」と使ってしまいました。さすがに自己嫌悪はあります。もう若くないから若気のいたりでは許されませんし。ミステリに取り憑かれたことのある人は良くも悪くもこういう業の深さがあるというのを知っておくと心が広くなるかもしれません。
 最後に「跳ね頭」という忍法は相原コージ『ムジナ』というマンガからです。


第五十話 戦争が終わり、世界の終わりがはじまった

 「カノン編」のまとめです。ネコ耳の効用もこの回で説明しています。そいでもって今後の展開を予測させる情報を転がしてみました。善と悪、光と闇、犯人と名探偵、分かれることない不動の一対がこの先の物語の基盤となります。清隆、歩と対になるものはいったい何か? 
 暴力を乗り越えた歩がこれから先、その知恵と勇気で立ち向かうのは大勢の人間が「信じる」ことによって「運命」にしてしまった「未来」です。詳しいことは本編で。
 いやしかし、「カノン編」の長かったこと長かったこと。カノンの本格的な登場が第6巻からですからまるまる五巻分、その中でも「カーニバル」が第7巻第三十五話以降、全十六話。連載にして一年四ヶ月。長い、長過ぎます。中学二年生が高校生になれるくらい長い。平たく言ってこれは失敗です。
 原因はいくつかあります。私の構成力の不足が大きいものでありますが、各キャラにそれなりに見せ場を作ろうとしたため、というのもやはり無視できないものでした。一イベントで複数のキャラの見せ場を作るよう工夫していればまだなんとかなったのでしょうが、個人個人にイベントを作り、それでも亮子には十分な見せ場を作れずして長丁場、という有様です。まったくもって猛省です。
 こうやって第三十五話から第五十話までを読み返してみても三話分くらいは軽く短くできそうです。こういう至らなさは本当に痛いです。
 今回のサブタイトルはフィリップ・K・ディックの作品『戦争が終わり、世界の終わりが始まった』から。アクションドンパチはこれでおしまい、これからは『スパイラル』という世界を終わらせる物語が始まるよ、という意味合いから持ってきました。
 ディックといえば有名なSF作家、しかしその作家のSF以外の作品だからあまり知られてないと思い、ひょいとつけたのですが、このタイトルはけっこう有名なものだと後で知りました。だいたい私はこの本の内容はおろか、実物さえ見たことがありません。無責任このうえないですね。


おわりに

 これてに第9巻、第10巻の解説は終了です。第9巻には『外伝 名探偵鳴海清隆・小日向くるみの挑戦』マンガ出張版が収録されているのですが、これの解説はまた外伝小説を取り上げた時に行います。
 相も変わらずまるで役に立たないことを書いて参りましたが最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。次回は一連の外伝作品と小説版の解説を行う予定です。ひょっとするとプレゼントクイズもつけるかもしれません。ただ次回があればの話なのですが………。
 ではまたの機会に。


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