書き下ろしSS
ブラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~ホワイトな宮廷で、幸せな新生活を始めます!~ Ⅱ
新年ファッション戦争
年末年始。
ごろごろしながら流行のロマンス小説を読んで、幸せに日々を過ごしていた私がそれを知ったのは、まったくの偶然だった。
一枚の広告。
そこに書かれた言葉に、私は気がつくと心を奪われていたのだ。
それはほんの短い数文字の言葉だった。
見ただけで人の心を奪ってしまう、ほとんど呪いのように恐ろしい力を持つ魔性の言葉。
――半額セール。
思わず身震いしている。
ファッションについては疎い方な私でもわかる、圧倒的な安さ。
田舎のセールは精々二割引くらいのもの。しかも、売れ残りの服ばかりだったのに。
これが都会……と息を呑まずにはいられない。
心を落ち着けるのに少し時間がかかった。
私は動揺しているのだ、と自覚する。
冷静にならなければいけない。
勝利を手にするために。
一年に一度の大セール。
絶対に負けられない戦いがここにある。
「お母さん、ちょっと出かけてくるね」
「あら、珍しい。どこに行くの?」
「戦場」
「え?」
きょとんとした顔のお母さんに、私は言った。
「人生には、どんな手を使っても勝たないといけないときがあるの。それが今なんだ」
こうして、十分で外に出られる支度をし、一直線に戦場に向かった私は、お店の前で立ち止まることになった。
『年末年始休暇』
セールは明日からだった。
やれやれ、人生はなかなか思うようにはいかない。
酸いも甘いもわかる大人女子な私は、向かいの喫茶店で珈琲を飲んだ。
砂糖とミルクは入れない。珈琲の苦さは人生のそれに似ているから。
これが大人の味、と優雅に口に運ぶ。
めちゃくちゃ苦かった。
私は店員さんを呼んで、砂糖とミルクを頼んだ。
優雅な午後の一時を過ごしてから、家へ帰る。
「あら、早かったわね」
「人生はいつも私に教訓をくれる。今日は私の日じゃ無かった。それだけ」
「あんた、またなんか本の影響受けてるでしょ」
「受けてないよ。気のせいだよ」
そう、私はまったく本の影響なんて受けていない。
ただ、ありのままの自分を、今年発売した名作ロマンス小説『珈琲が満月になる頃』の中に見つけただけだ。
影響されやすいミーハーな子とは違って、私は生粋の大人女子なのである。
夕食は母にパスタをごちそうした。塩を入れ忘れたのと、ゆで時間を間違えた以外は完璧な出来だったように思う。
母も「すごいわね、これ。噛まなくても食べられるわ」と絶賛していたし。
優雅で大人な日常を過ごしつつ、迎えたセール当日。
開店時間の十分前にお店に到着した私は息を呑む。
並木道に伸びる長蛇の列。
謀られた……!
戦いは既に始まっていたのか……!
内心の動揺を抑えつつ、列の最後尾に並ぶ。
いつだって優雅。それが品格ある大人女子だから。
しかし、開店時間が来て目の前に広がったのはまったく予想していない光景だった。
み、みんなめちゃくちゃ走ってる……。
それは私に、なつかしい記憶を思いださせた。
小さい頃、町で一番大きな農家の鶏小屋で見たエサに群がる鶏たちの姿。
純粋な欲望と本能。
半額セール。
その響きはどこまでも人を狂わせる。
ああ!? それ私が狙ってたやつ!?
待って! 持っていかないで!
こうなったらなりふりかまってなんていられない。
ひしめきあう人の波の中、わずかな隙間を縫って、身体を進める。
大丈夫、混乱する現場はむしろ得意分野。前職の繁忙期で慣れ親しんだ場所だ。
人の動きを計算して、少しずつ――
◆ ◆ ◆
その女性は、王都の半額セールにおいて《女帝》と呼ばれていた。
狙った獲物は決して逃さない強固な意志と的確なアプローチ。
その神髄は彼女の落ち着きと状況判断力にある。
(お馬鹿さんばかりね。何も考えず一直線に向かうだけでは望んだものは得られない。勝つために重要なのは、流れを把握した上で最善の選択をすること)
最短距離を目指さず、あえて遠回りをすることで競争を回避する。
戦場を支配し、目当ての商品を着実に手に入れていた彼女の目に留まったのは一人の少女だった。
ひどく子供っぽいセンスの服装を見るに、十代半ばくらいだろうか。
(きっとお母さんにかり出されてここにいるのね。かわいそうに。あの年の少女で戦えるような生ぬるい場所じゃ無いのに)
境遇を不憫に思うものの、しかし戦いに余計な感情を持ち込まないのが《女帝》の流儀だ。
正確無比な状況判断で次々に獲物を入手していく。
しかし、そんな戦いの中で《女帝》が感じたのはひとつの違和感だった。
(………………あれ? またいる)
自身が見つけ出した最善のルートに少女の姿があるのだ。
偶然だろうと思ったが、一度や二度ではない。
(嘘……まさか……)
ぞくりとした。
(あの混乱の中で、的確に最善のルートを……)
誰もが冷静さを失う戦場の中で、百戦錬磨の自分とまったく同じ選択を続ける少女。
(末恐ろしい逸材……)
間違いなく近い将来、半額セール界を賑わせる逸材だろう。
(小さいだけあって呑み込みも早いということね。良い目をしているわ)
かつての自分に近いものを《女帝》は感じていた。
◇ ◇ ◇
予想外の出遅れもあったものの、半額セールの戦果は上々だった。
ふっふっふ、ブラック職場で日々戦っていた私にとって、混乱の場はむしろホーム。
素人とは踏んできた場数が違うのだよ。
紙袋を手に頬をゆるめつつ家に帰る。
「お母さん、見て見て! これ半額だったの!」
買った服をいくつかプレゼントすると、お母さんはすごくよろこんでくれて。
いっぱい買えてよかったな、と頬をゆるめる。
「あんた、これ」
「いいでしょ。一番人気の目玉商品。それはお母さんにはあげないよ。私のだから!」
「サイズ、間違えてない?」
「…………」
勝ち取った一番人気の目玉商品は、一度も着られることなくタンスの奥にひっそりと眠っている。