書き下ろしSS

から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら 1

◇夏休み初日のお話

「エル、起きて! 夏休みだよ!」
「……うるさ」
エルはそれだけ言うと、再び布団をかぶってしまった。
夏休み初日の今日、つい浮かれて朝早く目が覚めてしまったわたしは、すぐにエルの下へ行こうとしたけれど。エルも初日の朝はゆっくりしたいかもしれないと思い、自室でそわそわしながら昼まで一人で過ごした。
そうしてお昼の一時を過ぎた頃、そろそろいいかなと時計を見た後、わたしはうきうきで男子寮へとやって来たのだ。
けれど、いつも通り窓下から軽く声を掛けても反応はない。どうやらエルはまだ寝ているようで、大声で名前を連呼すると、がらりと窓が開いた。
そこから顔を覗かせた、寝癖が付きひどく眠たそうな表情のエルは、無言でわたしをふわりと部屋へと風魔法で運んでくれたのだけれど。
そのままエルはわたしを放置してベッドに入ってしまい、今に至る。

「ねえ、もうお昼だよ? 一緒にお昼ご飯食べに行こう」
エルがくるまっている布団の側に行き、つついてみる。やはり、反応はない。
今度は抱きつくようにして布団の上からのしかかると、「重い」という不機嫌そうなエルの声が聞こえてきた。
「エル、今日は何する? せっかくの一日目だよ」
「うるさいバカ、俺は一日中寝る」
「もう、もったいないよ。一緒に何かしようよ」
「じゃ、一緒に寝てやる」
「えっ」
あっという間に布団の中に引きずり込まれ、首元に腕を回されて動けなくなってしまう。エルの体温によりぽかぽかとしているうちに、早起きをしたせいかわたしも眠たくなってきて。
そして結局、わたしまでそのまま眠ってしまったのだった。

「う、嘘でしょ……」
目が覚めた時には、もう窓の外はオレンジ色に染まっていた。
どうやら、かなりの時間眠ってしまったらしい。飛び起きて呆然とするわたしの隣で、エルは大きな欠伸をして「あー、よく寝た」と両腕を伸ばしている。
もともと、エルもわたしもよく眠る方なのだ。やってしまったとわたしは頭を抱えた。
「せっかくの夏休み初日が……」
「二ヶ月もあんだから、一日くらいどーってことねえだろ」
「これで夜眠れなくなって、明日も変な時間に起きちゃって、ぐだぐだした毎日になっちゃうに決まってるもん」
「最高だな、それ」
エルはそんなことを言うと、ようやく起き上がり支度を始めた。
「こ、ここで脱がないで!」
「は? じゃあ外で脱げって?」
「そ、そうじゃないけど」
「お前が勝手にいるんだから、文句言うな」
突然、服を脱ぎ出したエルに慌てて背を向ける。運動なんてしていないはずなのに、しっかりと筋肉がついているのが見えてしまい、落ち着かなくなる。
出会った頃の小さな姿がもう思い出せないくらい、エルは男の子になってしまっていた。
「お前、照れてんの?」
「当たり前でしょ」
「俺はお前の裸を見ても、絶対に照れないけどな」
「ひ、ひどい……! エルのバカ」
そんなやりとりをしているうちに、エルは準備を終わらせたようで。わたしも慌てて髪や服を整えると、立ち上がった。
「腹減った、飯食いに行くぞ」
「うん。何食べたい?」
「今すぐ食えるもの。食堂でいい」
「本当にエルって、無気力だよね」
「なんでいちいちやる気を出さなきゃいけねえんだよ」
当たり前のように、軽々とわたしを抱きかかえたエルと共に、窓から外へ出る。
「……エル、ほんと男の子みたい」
「俺をなんだと思ってんの、お前」
それからは二人で食堂へと行き、遅い昼ご飯なのか少し早い夜ご飯なのか分からない食事をとった。いつも思うけれど、エルは言葉遣いや態度とは裏腹に食べ方がとても綺麗だ。
そんなエルの真似をしようと、わたしも丁寧に綺麗に食べようと頑張っていると、「遅い」と言って怒られてしまった。

結局、時間的に行く宛もなく、今度はわたしの部屋へと二人で戻ってきた。いつものように並んでソファに座り、エルは食後だというのに早速お菓子を食べている。
「図書室ももう閉まってる時間だし、これから何する?」
「寝る」
「もう。わたしは、エルと何かしたいのに」
「明日でいいだろ、今日はそういう日」
「わたし、明日は寮に残ってるクラスの子達にお茶しようって誘われてるんだ」
「は?」
するとエルは、「何言ってんの、お前」と言ってわたしの頬をつまんだ。
「そんなもん行くな」
「えっ?」
「お前、俺に一人で飯食えって言うわけ」
さっさと断れ、なんて言うエルは、相変わらず理不尽でわがままだ。さっきは勝手に来たとかバカだとか、好き放題言っていたくせに。
けれど、結局エルに弱くて甘いわたしは、そうしてしまうのだろう。
「ふふ、エルはわたしがいないとダメだね」
「勘違いすんな、アホ」
「じゃあ明日は絶対、図書室に行こうね。庭園も散歩しに行こう?」
「気が向いたらな」

結局、寝てばかりいるエルに巻き込まれ、わたしはそれから数日、彼と共に不規則すぎる日々を送ることになるのだけれど。
何かしたわけでもないのに、エルと一緒にいるだけで幸せだと思えてしまう。
「お前、何笑ってんの」
「エルのことが好きだなって」
「……変なやつ」
エルと過ごす初めての夏休みは、まだまだ始まったばかりだ。

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