書き下ろしSS

から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら 2

眼鏡の魔法

「クラレンス、本当にごめんね。弁償もさせて」
「お前から金など受け取るわけがないだろう、バカめ」
クラレンスはそう言って深い溜め息を吐くと、レンズが粉々になった眼鏡へと視線を落とした。
実はつい先程、魔法薬学の授業でクラレンスとペアになったわたしは、うっかり失敗をしてしまったのだ。その結果、爆発が起き、眼鏡のレンズが粉々になってしまった。
申し訳なさで肩を落としていると、クラレンスは太陽のような金色の瞳をこちらへ向けた。
「ユーインにまた作らせればいいだけだ、気にしなくていい」
「ありがとう……ごめんね」
「ああ。幸い、クライド様は今日休みだしな」
そう言うとクラレンスは早退し、寮へ帰って行った。

そして翌日。週末で学園は休みのため、いつものようにエルの部屋に遊びに行ったところ、そこには既に先客の姿があった。
「あれ? クラレンスも来てたんだ。昨日はごめんね」
「またお前か。俺とエルヴィス様の時間を邪魔するな」
「邪魔も何も、お前は呼んでねえよ」
そうして振り返ったクラレンスの姿を見た瞬間、わたしは驚いてしまう。
「あれ、眼鏡が変わってる!」
いつものぐるぐる眼鏡とは違い、普通のレンズの黒縁眼鏡を掛けていたからだ。
「まあな。何もしていないのが落ち着かないから、適当なものを掛けてみただけだ」
どうやら度も入っていない、伊達眼鏡らしい。クラレンスは視力が悪いわけではなく、他人と目を合わせるのが苦手だったと言っていたことを思い出す。 ユーインさんに頼んだものが来るまでの、つなぎらしい。
「よく似合ってる。かっこいい!」
「フ、フン! お前に褒められても嬉しくないがな」
わたしからふいと顔を逸らしたクラレンスは、指で眼鏡を押し上げた。
「その眼鏡に魔法をかけてもらうことってできないの? 本当に似合ってるのに」
「……まあ、できなくはないが」
クラレンスがそう言った瞬間、ずっと黙ってわたし達を見ていたエルが口を開いた。
「うざ」
何故かそんなことを言い、クラレンスから眼鏡を奪ったエルに、わたし達は戸惑ってしまう。
「えっ?」
「エ、エルヴィス様?」
そしてそのまま、エルはその眼鏡を掛けてみせた。まるでエルのために作られたと言っても過言ではないその似合いっぷりに、隣にいたクラレンスも感激している様子。
「わ、わあ……エルもすっごく似合うね」
「当たり前だろ、俺に似合わないもんはねえよ」
物凄い自信だけれど、エルならば本当にどんなものも似合ってしまいそうだ。
レンズ越しに見える美しいアイスブルーの瞳も、いつもとは違って見えた。
「これ、今から俺のな」
「ええっ! そんな、困ります」
「どうせユーインなら、明日には作って持ってくるだろ」
「確かにそうですが……いやでも、俺の眼鏡をエルヴィス様が掛けてくださるのは嬉しい……」
「気持ちわる」
あっという間に、眼鏡はエルのものになってしまったようだった。
思い返せば、エルがこうして何かを欲しがるというのは珍しい気がする。
「エル、よっぽどその眼鏡が気に入ったんだね」
「……まあ、そんなとこ」
「ふふ、なんだか大人っぽく見えるね」
「はっ、俺は元々──だ」
よく分からないけれどエルはかなり上機嫌で、わたしまで嬉しくなる。クラレンスの眼鏡も明日には元に戻るようで、ほっとした。今度なにか別の形でお詫びをしなければ。
「ねえ、わたしも掛けてみてもいい?」
「ん」
視力が良いわたしは、眼鏡を掛けたことがなかった。手渡されて掛けてみたところ、次の瞬間、あっという間にエルに取られてしまっていた。
「お前は二度と掛けるな。クラレンスにも見せるなよ」
「えっ? なんで?」
もしかすると、あまりにも似合わなすぎたのかもしれない。
「なんでも。俺しかいないところならいい」
よく分からないまま頷きつつ、再び掛けてみせたエルに内心ときめいてしまったのだった。

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