SQEXノベル一周年記念SS

から逃げ出したい私が、うっかり憧れの大魔法使い様を買ってしまったら

一年記念日

鮮やかな新緑が眩しい、夏のある日。
「お前、なんか隠してない?」
「えっ?」
昼休み、教室でいつものように過ごしていたところ、エルにそう尋ねられた。
「そわそわしすぎ」
「な、なんでもないよ」
「嘘つくな。分かりやすすぎるんだよ」
エルは頬杖をつき、呆れたような表情でわたしを見つめている。
実はエルの言う通り、わたしはエルに内緒である作戦の準備をしていたのだ。そして今日がその決行日だというのに、直前でバレるなんてことは絶対に避けたい。
「お前が俺に隠し事とか、ムカつくんだけど」
「うっ……」
わたしだって、エルに隠し事をするのは心苦しい。結局、隠し事をしているということをバラしつつ、お願いすることにした。
「今日の放課後に話すから、それまで何も聞かないでほしいの」
「あっそ」
「ありがとう。授業が終わったら、一時間後にわたしの部屋に来てくれる?」
「ん」
エルはすんなり納得してくれたようで、ほっとする。
そしてわたしは放課後に向けて、気合を入れ直したのだった。

 ◇◇◇

「……よし、こんな感じかな」
放課後、急いで自室に戻ったわたしは、しっかり準備を終えてエルが来るのを待った。
──エル、喜んでくれるかな。
そんな期待を胸に、そわそわしながら時計を眺めていた時だった。
「おい、来てやったけど」
偉そうな声とともに、エルが窓からひょっこり顔を出す。
「エル、いつもありがとう!」
「……は」
わたしはそれと同時に、背中に隠していた小さな花束をエルに渡した。
驚いたように、エルの切れ長の目が見開かれる。
やがてその視線は、わたしの手元の花束から机の上いっぱいのお菓子へ向けられた。
「なんだよ、これ」
「お祝いだよ」
「何の? 誕生日でもないだろ」
わたしは首を傾げるエルの手に花束をぎゅっと握らせ、微笑む。
「今日でね、エルとわたしが出会って一年なの」
そう告げると、エルの口からは珍しく、間の抜けたような声が漏れた。
「去年の今日、わたしとエルは出会ったんだよ」
奴隷市場でのあの邂逅は、出会いというにはあまりにもお粗末なものだったけれど。それでもきっと、あの日あの場所でなければ、わたし達は出会えなかった。
「……お前、そんなのいちいち覚えてたわけ」
「うん。大切な日だもの。一生忘れないよ」
あれから一年、エルはすごく変わったように思う。もちろん、良い方向に。
『お前さあ、バッカじゃねえの?』
『すっ転んだお前が悪いだろ』
出会った頃よりもエルはずっとずっと、優しくなった。
「エルの大好きなお菓子も沢山用意したの。エルに出会えて、わたしはすごく幸せだよ」
「…………」
「これからもよろしくね」
「……じゃねえの」
「えっ?」
エルの言葉が聞き取れず、聞き返そうとした時だった。
そのままぐいと引き寄せられ、わたしはエルの胸元に飛び込む形になる。
「エ、エル?」
「お前、ほんとバカじゃねえの」
消え入りそうな、ひどく小さな声だった。
「別に俺は、お前に何もしてない」
「そんなことないよ! わたしはエルがいてくれるだけで嬉しいもん」
エルがそばにいてくれるお蔭で、わたしの毎日は明るくて楽しくて、幸せなものになった。
「むしろ──」
「うん?」
「何でもない」
エルはそう言うと、わたしから離れてテーブルへと向かう。
「お前さあ、いちいちこんなん用意するとか暇すぎ」
「エルが喜んでくれたら良いなあって思うと、楽しかったよ」
「毎年祝うつもりかよ」
「うん!」
「流石のお前も、十回を超えたら飽きると思うけどな」
何気ないそんな言葉に、じわじわと胸が温かくなっていく。
エルは十年先も、当然のようにわたしと一緒にいてくれるつもりなのだ。
「エル、大好き!」
「あっそ」
「ずっと一緒にいようね」
「気が向いたらな」
これから先も、エルと出会えたことに感謝して、毎日を大切に過ごしていきたい。
そんな思いを胸に、わたしはエルの背中に抱きついた。

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