書き下ろしSS
皇帝陛下のお世話係〜女官暮らしが幸せすぎて後宮から出られません〜 1
蒼蓮と秀英
ふと窓の外に目をやれば、夜空に浮かぶ大きな月。
口をつけることなく放置していた茶器に手を伸ばしたとき、艶やかな花模様を見て自然に苦笑いになる。
『
主である
当然、まだ自分たち以外にこのことを知る者はいないので、この茶器は偶然に過ぎない。けれど、そのおかげで各所への根回しが必要になり、こうして文を書いて書いて書きまくっているときに……となれば諦めに似た笑いが漏れる。
「……苦い」
ぬるくなった茶は、びわの茶葉の苦みが増していた。
最初こそ顔を顰めて飲んでいたものの、今ではこの苦みと独特の香りが存外悪くないと思い始めていた。
二杯目の茶を注いでいると、開けた窓から高い笛の音が聴こえてくる。
ピィと鳴っては、また別の音で吹きなおし、それも違うといった様子で何度も音を探している不器用な音色。弟の
(ちっとも上達せぬ……。
昔、
広い後宮の片隅で、書物を読むか笛を吹くかを繰り返す
十歳、あの頃の
『おまえ、何か失敗でもしてここへ送られたのか?』
開口一番でそう尋ねられ、
誰にも望まれない、二番目の皇子。利用されるか排除されるか、そんな未来しか見えない己の元へやってきた側近候補に対し、何か失敗をして左遷されたのだろうと
ところが、意外にも追い返されることはなかった。二人はそれからしばらく、後宮の中でとにかく書物を読むだけの暮らしをしていた。
あるとき、
『もう、笛は吹かぬのですか?』
出会ったとき、確かそうしていたはず。それが、自分が来てから一度も笛を吹く姿を見ていない。
『吹く必要がなくなった。おまえがいるから』
笛の音は、自分の居場所を誰かに教えるためのものだったのではないだろうか? そして、その人物は
もともと、その人物が来られない時間を埋めるために
『近頃、お忙しいご様子ですね。
いよいよ次期皇帝になるという今、異母弟に構っている時間はないと誰にでもわかる。気軽に、ふらふらやってきていたこれまでがおかしかったのだ。
『兄上が帝位に就けば、私は殺されずに済む』
『それは、なぜ?』
『殺傷を好まぬからだ、兄上が』
『えーっと、つまり今はそうではないと? 刺客が来るのですか?』
動揺する
『もう来ない』
『何を根拠に!?』
説明しないといけないのか、と面倒そうな顔をした
『おまえがいるから』
今ここには、
けれど、五大家筆頭である
『おまえは私の最高の護衛だ。兄上はそれがわかっていて、右丞相に頼んだのであろう』
『護衛……』
『あぁ、でも何もないとは言い切れぬな。うっかり私が死んだら、それはすまぬ』
『絶対に生きてくださいね!?』
こんなことで、あの柳家の当主が将来務まるのか? と、
『これから矯正されるのか……。おまえ、かわいそうな奴だな』
突然の憐みに、
『
『はっ、言うてくれる』
『事実ですから』
『……おまえは世辞か遠慮を覚えた方がいい』
今思えば、どっちもどっちだとわかるのだが、当時は二人して「自分の方がマシ」だと本気で思っていた。
十四年の月日は長く、先帝が亡くなったことで
そんな男が初めて欲したものが、
まだ父には話していないが、果たして二人のことをすんなり受け入れるかどうか。野心家の父は、五大家筆頭として常に正しく、いつも先のことを考えて物事を画策している。
親として
そして問題はほかにもあり、妹本人が
(一生、陛下のおそばにいるつもりだろうしな……。果たしてあの頑固者を説得できるかどうか)
腕組みをした
「人に致して人に致されず、か」
何事も相手に惑わされず己が主導権を握れ。書物から学んだことは多いが、何事も相手が動く前に先手を打って流れを作ってしまえとは、よく言ったものだと実感する。
この夜、