書き下ろしSS
魔剣の弟子は無能で最強! 〜英雄流の修行で万能になれたので、最強を目指します〜 2
お酒の魔力
あるときとある村に立ち寄った際、凶暴な魔物の噂を耳にした。村人たちがそれにずいぶんと困らされているようだったので、シオンひとりでその巣に赴いてサクッとひとりで片付けた。
おかげで村人たちにたいそう感謝され、心ばかりの謝礼までいただいてしまった。
いいことしたなあ、なんて満足して宿に戻ったとき――事件は発覚した。
「ただいま戻り……酒臭っっ!?」
部屋の扉を開けてすぐ、強烈なアルコール臭がシオンを襲った。
息を止め、急いで部屋の窓を開ける。新鮮な風が吹き込んできて、それでようやく人心地付くことができた。風の魔法を唱えて換気を続けながら、シオンは部屋の中へと叫ぶ。
「師匠!? 酒盛りするのは結構ですけど飲み過ぎです!」
「なあにぃ……? ひっく……」
酒瓶を抱えたダリオがシオンを睨む。
その顔はほんのり朱色に染まっていて、目もどこかとろんとしている。そのせいで睨まれても一切怖くなかった。その上――。
「うっうっ……うぇえええええん! 弟子が我に意見したぁああああ! 生意気だあああ!」
「うわっ!? な、何泣いてるんですか。珍しく酔っ払ってるんですか?」
急にダリオがわんわんと泣きはじめたので、シオンはびくりと後ずさってしまう。
ダリオはザルで、酔った場面など一度も見たことがなかった。
そちらはひとまず置いておき、その隣で背を向けるレティシアに話しかける。
「ごめんね、レティシア。変に絡まれたりしな……レティシア?」
「えへへ~……」
レティシアはゆっくりとシオンを振り返る。
その顔はぽやーっと締まりがなくて、ふわふわした声で言う。
「何だかとってもぉ……いい気持ちですぅ……」
「レティシアまで酔ってる!? ちょっと師匠! 何飲ませてるんですか! 未成年ですよ!?」
「あああっ!? 我の酒ぇ!!」
ダリオの抱える酒瓶を奪い取り、ラベルに目を落とす。
そこにはこう書かれていた。
『※本製品は魔物討伐用です。ひと舐めすれば竜でも昏倒します』
シオンは絶叫するしかない。
「こんなの原液で飲むもんじゃないでしょ!? 死にますよ!?」
「うぇえっ……弟子が訳の分からぬことを言うううう……! 酒ごときで、この我が死ぬわけなかろうにいい! 返せえええぇ!」
ダリオは泣きながらもシオンから瓶を奪ってラッパ飲みをする。泣き上戸のくせに尊大さは据え置きだった。ぷはーっと息を吐くと凄まじいアルコール臭が襲いかかる。
「ってことは……レティシアは匂いだけで酔ったんだね!? 大丈夫、レティシア!?」
「はいぃ~……」
レティシアはぽわぽわしつつも元気よく手を挙げる。
しかしシオンの顔をのぞきこんで、不思議そうに首をかしげてみせた。
「あれれぇ……? シオンくんがふたり……いえ、三人いますぅ……」
「じゅ、重傷じゃん……ひとまず水を――」
水を飲ませて介抱すべく、レティシアに背を向けた、そのときだった。
「待ってくだしゃい……」
「はい!?」
レティシアが、シオンの背後からがばっと抱き付いてきたのだ。
たわわな胸が押しつけられて息が止まる。顔が赤くなるのを感じつつ、シオンは裏返った声で叫んだ。
「ちょっ、レティシア!? いったい何!?」
「行っちゃダメですぅ……シオンくんは、ひとりで無茶ばっかりするんですもん……」
「水を取ってくるだけだから! ね!? だから離してもらえませんか!?」
「ダメですぅ……えへへ……シオンくんって、けっこう逞しいんですねぇ……」
「レティシアあああ!?」
あまつさえ体を撫で回されて、もうどうしようもなかった。
「うぇええっ……我を無視して楽しむなど生意気だあああ!」
「ぎゃあああ!?」
そのうえダリオまでもが飛びかかってきたので、三人まとめてベッドに倒れ込むことになってしまった。二重の柔らかさは、もはや暴力と呼んでも良かった。
次の日、シオンは件の酒を没収し、ダリオに懇々と説教を行った。
「二度とレティシアの前で、その酒を飲まないでください」
「ちぇー。汝もそれなりに楽しんだくせになー」
「楽しんで! ません!」
「昨日は何かあったんですか……?」
レティシアは酔っ払った記憶を完全に忘れていたので、それだけが救いだった。