書き下ろしSS

国の最終兵器、劣等生として騎士学院へ 2

王札とポーカーフェイス

「降りなくてよろしいんでして、ルルリア……!」
「え、ええ、望むところですよ、ヘレーナさん! 虚勢なんかに引っ掛かりませんもん!」
俺が食堂を訪れたとき、ルルリアとヘレーナが卓を挟んで睨み合っていた。互いに三枚ずつカードを並べている。
「掛かりましたわねルルリアァ! 残り二枚は赤の王と赤の女王、公開札の赤の兵隊と合わせて、私の役は赤の王国ですわ!」
「あ、ああ、あああああっ!」
ヘレーナが勢いよくカードを捲る。ルルリアががっくりと卓の上に崩れ落ちた。
「何をしているんだ二人共?」
「あら、アイン。王札を知りませんの? アディア王国淑女の嗜みですってよ」
「王札……?」
初めて聞いた言葉だった。
「山札からカードを三枚引いて手札にして、そこからルールに従って手札を交換していって、集めたカードで役を作る遊戯ですわ。強い役を作った方の勝ちですの。役が完成したら両者が三枚の内の一枚を表にして公開して、相手の方が強そうだったら、最小限のチップを支払って降り……勝負から逃げることができますのよ」
「チップ……?」
「お金を賭けるものなのですけれど……ここでは健全に、間食のクッキーを賭けていますのよ。赤の王国は倍率三倍……事前に取り決めた二枚の三倍、六枚のクッキーをいただきますわよルルリアッ!」
「楽しみにしてたのにいいいい!」
未練がましく手を伸ばすルルリアより、容赦なくクッキーを強奪するヘレーナ。
「ウフフ、これだから王札は堪りませんわ! 普段より美味しい気がしますもの! これが勝利の味ですわね」
「う、うう……次は負けませんからね」
項垂れるルルリアの横で、ヘレーナは意気揚々とクッキーを食す。
「……ちょっと可哀想じゃないか、ヘレーナ」
「アイン、王札に情けは無用ですわ! 神聖な勝負を穢してしまいますわよ!」
ヘレーナはそう力説する。
「そういうものなのか……?」
「そうですね……。なあなあで結果を濁してしまっては、緊張感のある勝負が楽しめなくなってしまいます。ちょっと悔しいですけれど……」
ルルリアもヘレーナの言葉に同意した。なるほど、ヘレーナがまたいい加減なことを言っているのかと思ったが、どうやらそういうものらしい。そう言われればわかるような気がしなくもない。
「だから私も、本当はルルリアに優しくしたいのですけれど、彼女のために、こうして敢えて心を鬼にしていますのよ」
ヘレーナはそう言うとクッキーを大口を開けて贅沢に一口で食べ、満足げな笑みを浮かべる。
「ああっ! 美味しいですわ!」
「純粋に喜んでいるようにしか見えないが……」
「ウフフ、ルルリアは正直すぎますのよ。顔色を見ればだいたい手札の内訳がわかりますわ」
ヘレーナは得意げに人差し指を振るう。
「なるほど、相手の様子から手札を読んで駆け引きをする遊戯なのか」
「理解が早いわねアイン」
「ヘレーナは王札が強いのか? 顔に出そうなタイプに見えるのだが」
俺はヘレーナへと目を向ける。彼女は満面の笑顔でクッキーを食べていた。
「ヘレーナさん、素の状態でも割とオーバーリアクション気味だから、演技なのか本気なのか全然わからないんですよ……」
ルルリアが悔しげにそう漏らす。
「なるほど……」
俺は深く頷いた。それならば納得がいく。
「アインさんも王札やってみませんか? アインさん、ポーカーフェイスだから絶対強いと思うんですよね!」
ルルリアがパンッと手を叩いて口にする。
「確かにアインは手ごわそうですわね……。なんでも器用ですし、顔に出ないタイプですし」
「そ、そうか……?」
いまいち王札についてはまだよくわかっていないが、褒められるというのは悪い気はしない。
「ね、ね、アインさん、私のクッキー、ヘレーナさんから取り戻してください!」
「だが、いきなりやっても……」
「フフン、いいですわ、この王者ヘレーナ、いついかなるときも挑戦者を受け付けていますことよ! 餞別にチップ代わりのクッキーを五枚分けて差し上げますわよ」
「じゃあ少しやってみるか。ルルリア、細かいルールの説明を頼む」
「わかりましたアインさん! まずは役なんですけれど、基本的に同じ絵柄か色のカードを集めるもので……」
「なるほど……」
ルルリアから詳しい王札の説明を受け終えた後、俺はヘレーナと戦うことになった。手札交換を終えて、互いの三枚の内の一枚を公開する。
「フフン、アインだからって容赦しませんことよ」
「ヘレーナの公開札は黒の死神か……ペアがあると厄介だな」
絵札によって山札に眠る総数は異なる。死神は絵札の強さの割にカードの枚数が多いため、ペア以上で出てくることが多い非常に強力な札なのだ。 「……アイン、その手で触ってる伏せ札、道化師でカードの強さを反転させるつもりなんじゃなくって?」
「なっ……」
ヘレーナの指摘に、俺はつい伏せ札へ目線を落とす。指摘通り、俺が触っていたのは道化師であった。道化師自体は一枚しかないためペアが作れず、成立する役も少ないが、最後の手札に入っていれば互いのカードの強さを反転させることができるテクニカルカードである。
ヘレーナの手札の役が死神のペアであれば、道化師の特殊ルールで俺の魔術師のペアが勝利になるはずであった。
「……違うぞ、ヘレーナ」
「降りますわ」
俺の弁解を無視し、ヘレーナはあっさりと勝負を降りた。
「やっぱり道化師頼みでしたのね。降りて正解でしたわ」
互いの手札を公開し、ヘレーナは小さくフーと息を吐いた。
な、なぜ手札を見透かされたんだ……?
「ドンマイですアインさん! まだ初戦ですから、初戦!」
その後……二回戦、三回戦と勝負をしたが、尽くヘレーナに手札を読まれ、あっという間に持ちチップだったクッキーはゼロになった。
「一瞬でしたわね……」
ヘレーナは何とも言えない表情でクッキーを口にしていた。
「どうしてアインさん、無表情なのにあんなにわかりやすいんですかぁっ! 狙ってても、ここまで綺麗に負けるの、逆に難しいですよこんなの!」
ルルリアがゆっさゆっさと俺の肩を揺さぶる。
「なんか……間が、わざとらしいんですわよね。こんなぎこちないアイン初めて見ましたわ」
……あまりこうした遊戯に慣れていないからか、興奮して力が入ってしまったらしい。

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