SQEXノベル一周年記念SS
王国の最終兵器、劣等生として騎士学院へ
一年目の記念日
「はぁ……」
俺とルルリア、ギラン、ヘレーナの四人で食堂で夜の食事を摂っていたときのこと。ヘレーナが壁を眺めて、深い溜息を吐いていた。
目線を追えば、数字の刻まれた金属盤が壁に設置されている。これは年月盤というものだ。時計の一種であり、今日の日付を示してくれる。
「どうしましたかヘレーナさん? 悩み事でしょうか?」
ルルリアが尋ねる。
「ヘレーナの悩みなんざ、どうせ真面目に聞くようなことじゃねえぞ、ルルリア。この似非貴族の馬鹿女の頭にゃ、真っ当な悩みなんて高尚な概念は備わっちゃいねぇよ。深刻振って賢い振りしてるんじゃねえぞ」
「さすがにその言い様はあんまりじゃありませんのギラン!?」
手厳しいギランの言葉にヘレーナがそう憤る。
「悩み……か。今日の日付に何かあるのか?」
俺が尋ねると、ヘレーナは頷いた。
「ええ、グリフォンの月の七日目は、我がヘストレッロ家にとって何よりも大切な日でしてよ。それを我が家で祝えないことが残念でなりませんわ」
ヘレーナは口惜しそうな様子であった。
「……あァ、お前の親父が騎士爵を授かった日か。そいつはからかって悪かったな」
ギランが気まずげにそう口にした。
ギランはプライドが高い。だが、それは自身の家の誇りを大切にしているからこそだ。友人の家の誇りを貶めるようなことを口にするつもりではなかったのだろう。
「ええ、私の大切な家族……ヘーゼルちゃんの一歳の誕生日ですわ」
ヘレーナの言葉に、ギランががくっと肩を落とした。
「ただの妹の誕生日かよ……。それより、ヘストレッロ家が騎士爵になった日の方がよっぽど大事だろうが」
「た、ただの誕生日って、大事な日ですわ! それも一年目でしてよ一年目! ヘーゼルちゃんの初めてのお祝いの日に、私は一緒に祝ってあげることができないんですわ! 一生想い出に残るかもしれない、大切なお祝いの日に!」
「誰が一歳の頃のことを覚えてやがるんだよ……。誰がいつ生まれたなんざ、どうでもいいことじゃねぇか。俺だって先日誕生日だったが、別に敢えて口にも出してなかっただろうがよ」
「ええ!? なんで言ってくれませんでしたの! 盛大に祝ってさしあげましたのに!」
「べ、別にいらねぇよ」
ギランが少し照れたように返す。
「あれ……ギランって誕生日、案外遅いんですわね。私と半年以上違いますわよ。あら、そう考えたらなんだか弟みたいに見えてきましたわね、ウフフ」
「ヘレーナさん、どんな些細なことでも優位性を見つけたら、すぐ調子に乗るから……。またギランさんに怒られちゃいますよ」
「馬鹿らしい……わざわざ怒る気にもならねぇよ。生まれが数ヵ月違うのがどうのこうので、何が変わるっつうんだか。十五にもなって、やれ誕生日がどうのこうので騒ぐなんざ、ガキ臭くて敵わねえよ。なぁ、アイン」
「……誕生日か。俺は正確な日付はわからないし、祝ってもらったこともないから、少し憧れるな」
俺は年月盤を眺めながら、そう呟いた。
「まぁ、年に一回くらいはそういうのがあってもいいよな。アインよ、別に正確な日付なんざ関係ねぇよ。要するに、そいつが生まれてきたことをみんなで祝おうぜって日なんだから、切っ掛けがありゃいいんだ。そうだ! 俺らが初めて喋った日でもアインの誕生日にして、祝うってのはどうだ?」
「そういうものでもいいのか? 感覚が掴めないから少し不思議な気分だが、でも、なんだか嬉しいな」
「あ、あのアイン大好き人間、即座に言葉を翻しましたわ……」
「普通そういうのは、私かヘレーナさんが提案するのがお決まりなような……」
ルルリアは苦笑いをした後、年代盤へと目を移し、首を傾げた。
「それにしても、ヘレーナさんに一歳になる妹さんがいるなんて……大分歳が離れているんですね。少し珍しいです」
ルルリアの言葉に、ヘレーナはぱちりと瞬きをした。
「私、妹なんて言ってませんわよ?」
「あん?」
ギランが顔を顰める。
「我が家で飼っている、ルナウルフのヘーゼルちゃんの一歳の誕生日ですわ!」
ヘレーナが胸を張ってそう口にした。
ギランがまたがくっと肩を落とした。
「家族っつったよなァ!? テメ、俺が謝ったの返してくれねぇか!?」
「ヘーゼルちゃんは家族ですわよ!」
「お前……犬っころの誕生日が、本当にヘストレッロ家にとって一番大事な日でいいのか!?」