書き下ろしSS
退屈嫌いの封印術師 2 ~常春の街マザーパンク~
封印術師シール=ゼッタ
封印術の基本は“封印”と“解封”である。
“封印”は魔力を孕んだ物体を、魔力を孕んでいない物体に封じ込めること。色々と条件はあるものの、決まれば不死者だろうがなんだろうが封じ込めてしまう。
“解封”は封じ込めた存在を解放することだ。
幅広い用途があるのもそうだが、封印術自体が一撃必殺のようなものだ。封印術は最強の術だと、僕は思う。
だけど当然、強力な術には才能が絡む。封印術の使い手はいつの時代もごくわずかだ。今の世代ではたったの1人――バルハ=ゼッタさんの他にいない。
齢79歳の伝説の封印術師。
彼は今、とある事情で遠い街にて投獄されている。
僕は彼に用事があり、彼の牢へ尋ねることにした。
これは僕、騎士団大隊長ソナタ=キャンベルが封印術師に出会う物語である。
◆
僕は常春の街、〈マザーパンク〉から船を出して、〈カラス港〉へ向かった。〈カラス港〉から樹海を越えた先にある街、〈ディストール〉にバルハさんは居るのだ。
大海原を小型船は進んでいく。プカプカと浮かぶ船の甲板で、僕は歌を口ずさみながら横になっていた。
「大隊長、着きましたよ」
部下の声を聞き、帽子を押さえながら立ち上がる。
「ようやくか。思ったよりかかっちゃったな」
操舵室に入り、部下に指示を出す。
「じゃあ僕はバルハさんが収監された〈ディストール〉へ向かう。君はこの港でなにか異変が起きてないか聞き込みをしてくれ」
「……ソナタ大隊長、1人で大丈夫ですか? あなたは抜けてるところがあるから心配です。私もついていきましょうか?」
「心配し過ぎだよ。僕は旅には慣れてるんだ。大丈夫大丈夫」
そう言って、僕は船から降りて〈カラス港〉から出発した。――食料を補給せずに。
◆
「あっはっは~! もしかしたら僕、ここで死ぬかもしれないな~♪」
〈カラス港〉から〈ディストール〉までには樹海がある。
樹海――即ち迷路だ。地図が無ければ迷うこと間違いなし。そして僕は地図を持っていなかったので迷った。
迷うこと2日。食料はなく腹は減りに減っていく。
そしてさらに1日が経ち、夜が来る。
――あ、シャレにならない。これ、僕死ぬな。
地面に倒れて、ようやく自分が不味い状況に居ることを実感した。
嘘だ……どんな強敵も打倒してきたこのソナタ=キャンベルが、魔族に恐れられるソナタ=キャンベルが、こんなところで死ぬなんて――
諦めかけ、瞼を下ろした時、鼻に美味しそうな肉の香りが漂った。
「この香りは……!」
僕は最後の力を振り絞り、香りの元まで走った。
「お腹が――空いた……」
「行き倒れ?」
「みたいだな……」
僕は2人の若者に食事を分けてもらった。
片方は黒髪の少年、名はシールというらしい。
もう片方は金髪の少女、名はシュラというそうだ。
どちらも〈ディストール〉から歩いて来たらしい。彼らの足跡を追っていけば地図が無くとも〈ディストール〉まで行けそうだ。
僕は食事のお礼に歌を一曲歌ってあげた。2人は僕の美声に酔いしれ、感動から身を打ちひしがれている様子だった。僕はシール君を僕のファンクラブの会長に、シュラちゃんを副会長に任命してあげた。命を救ってくれたお礼である。
しかし、この2人……どちらも珍しい魔力の波長をしている。興味深い。本当はもっと話がしたかったけど、僕にも時間があるわけではないので、すぐに別れた。
そして夜が明ける頃に、僕は〈ディストール〉へ着いた。
胸は興奮で高鳴っている。なんせ、僕にとってバルハ=ゼッタは紛れもない英雄だったから。彼に会うのが楽しみだった。
だからこそ、この後の展開は辛いものだった。
「バルハ=ゼッタはお亡くなりになりました」
バルハさんが収監された監獄の看守長は、そう言い放った。
僕の心は深く沈んだ。いや、バルハさんの命が長く持たないことは知っていた。だけど、それでも――一目ぐらい、一言ぐらい交わしたかった。泣き出しそうなぐらい辛かったが、グッと堪える。
「しかし――」
看守長は言葉を紡いだ。
看守長は先ほどの暗い表情から一転、顔を明るくして言い放つ。
「バルハ=ゼッタは最期に弟子をとりました。封印術師はまだ居ます」
再び、胸が高鳴るのを感じた。
僕が「名前は?」と聞くと、看守長は弟子の名前を口にした。
――そう、僕の人生を変える、封印術師の名前を。
「シール=ゼッタ」
◆
それから僕は馬車を出してもらい、〈ディストール〉を出て、すぐに〈カラス港〉へ向かった。
シール=ゼッタ。看守長が教えてくれた特徴は、樹海で会った少年と相違なかった。彼がバルハさんの弟子で間違いない。道理で妙な魔力だったわけだ。
〈カラス港〉に着くと、部下が慌てた様子で、
「大変ですソナタ大隊長! 先ほど、〈シーダスト島〉に向けて捜索隊が派遣されたそうです!」
「捜索隊? まさか……!」
「話を聞くに、〈シーダスト島〉にて魔獣が大量に繁殖し、さらには港町の人間が多数攫われているとか……」
「今すぐ、〈シーダスト島〉へ向かおう」
シール=ゼッタを探す暇はなかった。すぐさま僕は船で〈シーダスト島〉へ行った。
〈シーダスト島〉が見えると、空から黒い竜が島に降りていくのが見えた。恐ろしいのは竜ではなく、背に乗った何者かだ。物凄い魔力を感じた。
僕は操舵室に入り、部下に言う。
「船の到着を待ってる暇はなさそうだ。僕だけで先に行く」
「ど、どうやってですか!?」
「僕が本気を出せば、ここから〈シーダスト島〉まで風魔術でひとっ飛びさ」
「そんなことが……さすがは大隊長ですね! わかりました、先に行っててください」
舌が光る。
僕は甲板に出て、旋風を身に纏い、〈シーダスト島〉の上空に飛んだ。
――アレは……!
黒い竜。そのすぐ側に黒い装束の老人。
そして――老人の正面には彼が居た。シール=ゼッタだ。
状況はよくわからない。けれど、明らかにあの老人は敵だ。黒い竜を率いてきたのは奴で間違いない。
「“
雷の柱で老人を牽制する。
それから老人を撃退すると、
「アンタ……味方で、いいんだよな?」
ボロボロの体で、赤毛の男がそう聞いてきた。
「うん、僕は君たちの味方だ。一体これはなにがあったんだい?」
「屍帝とかいう奴の一味がこの島で暴れてて、俺達が頑張って撃退したとこだ」
「屍帝を、撃退!?」
驚きが隠せなかった。
屍帝は……再生者だ。屍を操る能力を持った、紛れもない化物。それを――
「俺達つったけど、屍帝はほとんどそいつが倒しちまった。――シール=ゼッタがな」
僕は気を失い、倒れた会長に視線を落とす。
信じられない。看守長の話だと、彼は魔術を習って1年と少しだ。そんな人間が、あの屍帝を……!
「くくっ――あっはっはっはっは!!」
笑いが零れた。
予感がした。
この少年はきっと、人類にとって大きな存在になるという予感だ。
封印術師シール=ゼッタ。
彼ならば成せるかもしれない。バルハさんですら成せなかった偉業を――再生者を全て封じるという偉業を。
「で結局、アンタ何者だ?」
僕はにやけながら答える。
「ソナタ=キャンベル。吟遊詩人さ」