書き下ろしSS
転生したらドラゴンの卵だった〜最強以外目指さねぇ〜 15
天穿つ塔のアロ三姉妹会議
ミーアとの激戦を制した俺達は、ンガイの森を脱して元の世界に帰るために、天穿つ塔の中の螺旋階段を駆け上っていた。
恐らく元の世界まで続くと推定されるこの螺旋階段はあまりに巨大であり、普通に走っていればどれだけ時間が掛かるのかわかったものではない。
俺はアロとトレントを口の中に入れて〖転がる〗を用いて、一気に階段を上っていたのだが……現在俺達は、螺旋階段の途中で止まって、休憩を挟んでいた。
……移動中、〖転がる〗移動法についに耐えられなかったトレントさんが、泡を吹いてぶっ倒れてしまったのだ。ワルプルギスは三半規管が異様に頑丈なのか、そもそも乗り物酔いといった概念を持っていないように思えるのだが、トレントさんはそうではない。
グロッキー状態で倒れているトレントの前で、〖暗闇万華鏡〗で分身した三人のアロが、顔を突き合わせて口論している。
「と、とりあえず、休憩しましょう。今の状態のトレントさんをそのまま連れていけない!」
「駄目! 早く移動を再開する以外有り得ない! 今が緊急事態なのはわかっているでしょう?」
どうすべきか答えが出ず、三人寄れば文殊の知恵ということで、アロが〖暗闇万華鏡〗で三人になって会議を行っていた。これまでも俺の進化先なりで行き詰ったときは、アロの三姉妹会議が毎度毎度役に立っている。今回も何か答えを見つけてくれるはずであった。
アロAはひとまずトレントの回復を待つべきだと主張しており、アロBは強行して進むべきだと主張している。
「トレントさん、大丈夫? まだ気持ち悪い?」
『いつも迷惑をお掛けして申し訳ございませんぞ……』
そしてアロCは、トレントを抱きかかえて、優しくその背中を摩っている。
〖暗闇万華鏡〗の分身は全員性格が異なる。一人目のアロ……オリジナルアロは自然体そのままであり、二人目のアロは厳格かつ論理的で……三人目のアロは、そのまあ、場の空気を和ませてくれる。
薄っすらとは気が付いていたことだが、二人目のアロは進化で急成長した自身の身体や危機的状況に適した判断を下そうと背伸びをしている側面の象徴で、三人目のアロは逆に実年齢相応の幼く無邪気な側面の象徴であるかのように見て取れる。
「わかった、こうしましょう。私の〖悪しき魔眼〗で、しばらくトレントさんの意識を奪います。その間に移動を済ませてしまえばいい」
アロBが提案する。〖悪しき魔眼〗は、強い精神ショックを与えるスキルである。簡単に説明文を確認した程度の知識しかないが、対象を気絶させるには相当なステータスの差が必要となってくるようだった。ただ、トレントが気を張らずに敢えて無防備でスキルを受ければ、無事に気絶させることもできるかもしれない。
その間に運んでしまえばいいというのは、確かに一つの解決案ではあるように思えるが……。
「あ、あんまりそれはよくないような……」
アロAが口籠る。
「怖い……トレントさんに魔眼使うの?」
アロCがトレントを庇うように抱き締める。
「別に構わないでしょう! 何が問題なの! 遅れたら遅れた時間だけ、表の世界で酷いことが起きてるかもしれないのに! なんでそれがわからないの!」
トレント保護同盟のアロAとアロC派閥ができ、アロBが孤立して憤っていた。
なぜ同一人物なのにここまでの意見対立が……?
「わかった! じゃあトレントさんに訊きましょう! トレントさん、あなたこのまま気を遣われて足を引っ張るのと、魔眼でしばらく眠っているの、どっちがいいの?」
「そんなの訊き方が酷い!」
「鬼! 悪魔! 魔女! アンデッド!」
またアロBが他の二人から非難を受けていた。……魔女とアンデッドはワルプルギスである全員に掛かるからな? 悪口にはならねぇぞ。わかってるのか、アロC?
『アロ殿……〖悪しき魔眼〗は控えていただきたいですぞ』
トレントが弱々しくそう零す。
ほっとしたアロA、アロCの様子とは裏腹に、アロBがムッとした表情でトレントを睨む。
「トレントさん、よくもそんな我が儘を……! これ以上竜神さまと私を困らせないで!」
『私も魔法力はそれなりに高いので、仮に抵抗せずとも、恐らく〖悪しき魔眼〗で意識を奪うには相当のMPが必要になりますぞ。そこまでしてもいつ起きるかわかりませんし……それに万が一、倒れている間に主殿やアロ殿に危機があったらと考えると、気が気ではありません。〖転がる〗移動にも慣れてきましたし、ひとまず気持ち悪さも引きました。ここからは我慢してみせますぞ、再出発してくだされ!』
トレントが覚悟を決めた顔でそう口にする。
『トレント……本当にいいのか?』
俺が尋ねると、トレントは力強く頷いた。
『樹木に二言はありませんぞ、主殿!』
お、おう? 普通の樹木はそもそも喋らないから一言もないんだけどな……。
「そう……よく言ってくれたわ、トレントさん」
アロBがそっとトレントの頭を撫でる。
トレントは目をパチリとした後、大きく翼を広げた。
『勿論ですぞ、アロ殿!』
アロBもアロの一人なのだ。いたずらにトレントを傷付けたいと考えているわけがない。彼女なりに考えた結果、ここはトレントに頑張ってもらうしかないと判断しての言葉だったのだ。
『もし次に私が弱音を吐いて、そのような世迷い言はも聞き逃してくだされ!』
トレントが完全に覚悟を決めた。アロももう不要だと判断したらしく、〖暗闇万華鏡〗を解除して一人に戻った。
『うし、それじゃあ再出発するぞ!』
俺はアロとトレントへとそう呼び掛けた。
……その五分後。
『主殿ォオオオオオオッ! やっぱり止めてくだされェエエエエエエッ! アロ殿っ! やっぱり、〖悪しき魔眼〗をお願いしますぞっ! このままでは、このままではっ!』
トレントの哀れな叫び声が、俺の口の奥から響いて来ていた。
「……竜神さま、強行して。さっきのトレントさんの意志だから」
アロが冷たく口にする。じ、人格、Bに入れ替わってねぇか? あまりに早いトレントの手のひら返しに少しムッとしているようにも思えた。
『さっきの私の意志より、今の私の意志を尊重してくだされっ!』
さっきの格好いいトレントはどこへ行ったのやら。トレントも〖暗闇万華鏡〗でも使ったんじゃねぇよな、なんて馬鹿なことを考えてしまう。
樹木に二言はないとは一体なんだったのか。
俺は一度止まるべきか、強行するべきなのか、悩みながら転がり続けていた。