書き下ろしSS
私、能力は平均値でって言ったよね! 15
両舷全速ゥ、ケラゴン、発進します!
「あれ? レーナさん、どうかしましたか?」
「……なっ、何でもないわよ!」
古竜ケラゴンの背に乗せてもらって、魔族の居住地へと運んでもらう。そういう約束が取り付けられ、いざ背中へ、という時になって、何やらレーナの様子がおかしい。
そしてマイルが声を掛けたのであるが、平静を装ってそう答えたレーナ。
しかし、明らかに様子がおかしかった。
「「「…………」」」
どう見ても挙動不審なレーナであるが、それを隠そうとしているらしいため、どう声を掛けていいか分からず、思案顔のマイル達。
そして……。
「「「あ!」」」
3人同時に、ポン、と手を打った。
3人の頭に浮かんだのは、ただひとつ。
(((ロブレスの時のやつだ……)))
そう、飛竜ロブレス。
対ロブレス戦の時のことを思い出し、ビビっているのであろう。
あの時レーナは、マイルに大空へとぶん投げられ、そして落下した。上空から、真っ逆さまに。
あの、お漏らし……、いやいや、不幸な出来事。
それは、高所恐怖症になっても仕方ない。
騎士として強い心と覚悟を持っているメーヴィスや、ぶん投げられた瞬間に気絶したため何も覚えていないポーリンとは違い、1号として最初にぶん投げられたレーナは何の心の準備をすることなく大空を舞わされたわけであるから……。
しかし、今更『乗りたくない』などとは言えない。ケラゴンに乗らなければ、大陸の北端部への旅などとてもできるものではない。そうなると、マイルの望みを叶えることができなくなる。自分の臆病さのせいで……。
そんなことが許容できるレーナではなかった。
しかし……。
「……」
「…………」
「………………」
蒼い顔をして、ぴくりとも動かないレーナ。
(((あ~……)))
3人共、だいたい察した。
そしてマイルは……。
(レーナさん、対ロブレス戦におけるあの雷の鳥1号作戦、『とある魔法の
あ、飛竜、ロブレス。二度目の飛行でビビる……、)
「『ビビる2世』!!」
何やらワケの分からないことを叫ぶマイルであるが、勿論、全員にスルーされた。
* *
大空を飛ぶケラゴンの背で、3人並んで壮観な眺めを満喫しながら楽しそうに話しているマイル、メーヴィス、ポーリン。
そしてレーナは、その後ろでひとりだけ、
チベットスナギツネのような虚無の表情で、微動だにせず……。
魔法の行使には別に
まぁ、ケラゴンがちゃんと防護魔法を使っているので、落ちる心配はないのであるが……。
高速で飛行しているのに風が強く当たらないことから、それくらいは気付いていて然るべきであるが、そんなことにも気付かないくらい動転しているのであろうか。
いや、レーナが今まで乗った最も速い乗り物は乗合馬車なので、『速く走れば凄く強い風が当たる』ということを知らないという可能性もある。
騎馬で飛ばしたこともなく、自転車すら乗ったことがない。ごく稀に全力で走ることがあっても、それは『風なんか気にしていられない場合』とか、『たまたまその時に強風が吹いていただけ』とか考えて、気にもしていなかったのかもしれない。
とにかく、魔族や獣人達を乗せて運んでやることもあるケラゴンは、怖がって動転し暴れる者、好奇心が旺盛すぎて身を乗り出す者、寝てしまい派手な寝返りを打つ者とかには慣れており、当然、安全策くらいは講じているのであった。
そしてレーナは、じっと自分の
……下界を見るのが怖いので。
人間、すごく高いところから地上を見下ろすのはそんなに怖くなく、その眺めに感動するものである。しかし、中途半端に高いと、とてつもない恐怖を感じる。そういうものなのである。
そして今、ケラゴンはその、『恐怖を感じる高度』を飛行していた。
高高度の方が空気抵抗が少ないため速く飛べるが、寒いのと空気が薄いため、マイル達のことを考えて低高度で飛んでくれているのである。
1000フィート(約300メートル)につき気温が2度下がるため、1万フィート(約3000メートル)だと、地上より20度低くなる。地上気温が20度の時に高度1万フィートを飛行すれば零度である。
これで、もしケラゴンが防護魔法を使ってくれなければ、死んでしまう。
しかし、そのケラゴンの心遣いをちゃんと理解しているのは、マイルだけであった。
まあ、マイルであれば、バリアを張り、その中を加圧したり、適温に保つことくらいはできるであろうが。
マイルが、そのことに気付きさえすれば……。
(頑張れ、私。頑張れ、私。頑張れ、私……。古竜の速さなら、そんなに時間はかからないはず。
頑張れ、私。頑張れ、私。頑張れ、私……)
あと少しの辛抱。
そう思い、必死で耐えるレーナ。
往路があれば、復路がある。
行きがあれば、帰りがある。
そのことに、思い至ることなく……。