SQEXノベル一周年記念SS

狼への転生、魔王の副官

黒狼卿の一人娘

俺には一人娘がいる。
名前はフリーデ。人狼の俺と、人間のアイリアの間に生まれた子だ。
本当はもっと子供が欲しかったんだが、残念ながら授からなかった。
もともと人狼と人間の間に子供は生まれないようだし、フリーデの存在そのものが奇跡みたいなもんだと思っている。
大事な大事な、たった一人の娘だ。

「だけど二人目も欲しかったな……」
アイリアの隣にごろりと寝転がりながら、俺は苦笑する。
「そのための努力は怠っていないのにな」
「もう……」
暗がりの中でもアイリアが頬を染めているのがわかる。人狼でよかった。
アイリアは汗で貼り付く前髪を払いながら、こう言う。
「授かれるものなら私も欲しいですけど、急にどうしたんですか?」
「二人目を育ててみると、一人目とは随分違うから戸惑うらしい。みんなそう言ってるから、ちょっと気になってるんだよ」
人間の貴族である太守たちも、魔族の平民である人狼たちも、それは変わらないようだ。意外な共通点だな。
案外こういうところにこそ、人間と魔族が仲良くやっていく秘訣が隠されているかもしれない。そんな気がする。
我が魔王アイリアは俺にくっつきながらうなずく。
「そうですね。二人、三人と育てていくうちに、逆に『育児ってなんだろう?』とわからなくなるそうです。私もあなたも同じように一人っ子でしたが、叔父や叔母たちからそう聞かされました」
「ああ、それはガーシュも言ってたな……」
海賊都市ベルーザの太守ガーシュには三人の息子がいる。彼は跡取り息子たちの養育に熱心だが、ずっと「どう育てたらいいのか、ますますわからなくなってきやがった……」と言い続けている。
ガーニー兄弟も同じようなことを言ってて、途中からは「勝手に育つから大丈夫だろ……たぶん」と悩むのをやめていた。
アイリアは俺の胸板に頬を寄せたまま、ふふっと笑う。
「一人育ててもよくわからず、二人育ててもやはりよくわからない。育児に限らず、そういうものは案外たくさんあるかもしれませんね」
「そういえば俺も二度目の人生なのに、ずっと迷いっぱなしだな……」
転生したのに生きるのが下手で苦労している。
だがひとつだけ、自信を持って言えることがあった。
「我ながら拙い育児だったが、俺たちのフリーデは立派に育ってくれたな」
「ええ、とても」
ふふっと笑い合うと、俺たちは今夜もくっついたまま眠りに就いた。

翌朝。
「おはよう、お父さん、お母さん!」
我らがフリーデが元気はつらつといった感じで朝食の席に現れる。まだまだ危なっかしいが、未来の英才を育成する王立ミラルディア大学の学生だ。
「おはよう、フリーデ」
俺はアイリアの皿からニンジンを取ってあげながら、ふと壁掛け時計を見た。
「今日の一限目は休講か?」
「ううん、一限目はお父さんの講義でしょ? だからお父さんと一緒に出れば大丈夫!」
パンにチーズを挟みながらもぐもぐやっている我が娘に、俺は冷酷な事実を宣告する。
「お父さんの講義は二限目だぞ?」
「えっ?」
「たぶんだけど、一限目はパーカー教官の歴史学じゃないかな」
「ええっ!?」
フリーデは時計を見た瞬間、バネのように立ち上がった。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「お前の予定を管理する気はないよ。そんな失礼なことはできない」
一人前の大人として扱ってやりたいからな。
するとフリーデはパンを咥えたまま上着を羽織った。
「ありがとう、でも失礼でもいいから起こして欲しかった!」
「いいから早く行きなさい。まだ十分間に合う」
「そ、そうだね! じゃ、いってきまーすっ!」
声だけ残して窓から飛び出していく我が娘を見送りつつ、俺はアイリアと顔を見合わせて苦笑した。
「一人育てるのも楽じゃないな」
「ふふっ」

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