書き下ろしSS

役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 4

2人目の魅了能力者誕生

その日、ウィステリア公爵家の4兄弟は、厳粛な気持ちで朝を迎えた。
そして、その気持ちのまま、公爵邸の庭に集まった―――季節外れではあるものの、魔術による気温調整によって、美しく藤が咲いている庭に。
なぜならその日は、公爵家の4男であり、『魅了』の継承者であるダリルの手の甲から、家紋を消す日だったからだ。
そのことにより、ダリルはウィステリア公爵家に連なる者でなくなるため、彼は家紋の消失とともに、完全に公爵家と決別することになるのだ。
そのため、今日はダリルの旅立ちの日になるだろう、と誰もが感じていた。
同時に―――ルチアーナ嬢の言葉に従うと、ダリルに続いて2人目の『魅了』の継承者が誕生する、公爵家の新たなはじまりの日にもなるはずだった。
これらは全て、ウィステリア公爵家の話だ。だから、兄弟だけで完結させよう。
そんな風に前もって話し合っていた通り、公爵家の庭に集まったのは兄弟4人だけだった。
長男のジョシュア、次男のオーバン、三男のルイス、そして、四男のダリルだ。
しばらくの間、4人は無言のまま藤を見上げていたが、ジョシュアが意を決したように視線を下げると、気遣う眼差しで末の弟を見つめた。
「ダリル、もう1度確認するが、お前の気持ちに変わりはないか? もしもお前に少しでも迷う気持ちがあれば、実施日を先送りしよう。当然のことだが、やはり止めたいと思うのであれば、いつだって止めることができる。私にとって1番大事なのは、お前の気持ちだからな」
しかし、迷う様子を見せる兄とは対照的に、ダリルはきっぱりと言い切った。
「僕の気持ちは変わらないよ。それに、ウィステリア公爵家にはそろそろ『魅了』の継承者が必要だから、お兄様がさっさと引き継いで、公爵家のためにその力を使わないと!」
「……そうか」
ジョシュアは寂し気に微笑んだ。
不思議なことに、彼の心に浮かんでいるのは、もう間もなく『魅了』の能力を継承できることへの喜びではなく、弟を失ってしまうことへの哀しみだった。
「……いや、この感情は間違っているな。私はお前を失うわけではないのだから。我がウィステリア公爵家に連なることを止めたとしても、ダリル、お前は永遠に私の弟だ。それだけは忘れないでくれ」
「分かった!」
ジョシュアの要望に対し、ダリルは普段よりも元気な声で返事をした。
その不自然に大きな声から、彼があえて元気さを装っていることが読み取れたけれど―――恐らく、ダリルは泣きそうな気持を抑えているのだろうと、同じ気持であったジョシュアには推測できた。
そのため、ジョシュアはそれ以上追及することなく、軽く頷くにとどめる。
すると、今度はオーバンがしゃがみ込んできて、ダリルと目線を合わせると、その手を握り込んだ。
「ダリル、もちろん私だとて、いつまでもお前の兄だ。ジョシュア兄上の魔術のように、突出したものは私にはないが、その分、何だって平均以上にはよくできる。だから、何か困ったことがあれば、私に言いなさい。いや、困ったことがなくても、私に相談してくれると嬉しい」
「ありがとう、オーバン兄上」
何だかんだで、オーバンは面倒見がいいのだ。
そして、そのことを肌で感じ取っているダリルは、嬉しそうに頷いた。
すると、オーバンは安心した様子でダリルの手を離す。
それを待っていたルイスが、今度は自分の番だとダリルに抱き着いた。
「ダリル! 僕たちはずーっと双子だから! 誰も、絶対に、その絆は断ち切れないから。だから、僕はずっとずっと、ダリルのことを弟だと思っているし、ずっと大好きだからね!」
「……ルイス。僕だって、同じ気持ちだよ」
そう言いながら額を付き合わせた兄弟は、年齢が異なっているにもかかわらず、とてもよく似て見えた。
その後、ダリルはルイスから離れると、ジョシュアを振り返る。
「ジョシュア兄上、お願いします!」
「……ああ」
ジョシュアはダリルに近付くと、地面へ向かって両手を構えた。
「魔術陣顕現!」
彼の声に呼応して現れたのは、彼ら全員の髪色と同じ、美しい藤色の魔術陣だった……。

ジョシュアは陸上魔術師団長だけあって、王国随一の魔術の使い手だ。
そのため、痛みもなく、違和感もなく、まるで初めからその手の甲には何もなかったかのように、ダリルの手の甲から藤の紋が消え失せた。
兄弟の関係は変わらない、ただダリルの手から公爵家の紋が消えただけだ―――そう理解しているにもかかわらず、4人の頬には涙が流れていた。
けれど、そんな中、ダリルは頬を濡らしながらも、心からの笑みを浮かべた。
「ありがとう、ジョシュア兄上! 僕は今、やっと自由になれたんだ」
「ダリル……」
ジョシュアは何かを言いかけたが、その瞬間、彼の右手の甲がずくりと痛んだ―――藤の紋が描かれた部分が。
はっとして見つめると、その藤色の紋はどんどんと色を変えていき、わずかな時間で鮮やかなピンクに色を変えた。
「……何と、ルチアーナ嬢の言葉通り…………」
「兄上……」
その独特のピンク色は、『魅了』の継承者であることを意味していた。
そのことを理解したジョシュアは震える左手で、変色した藤の紋を抑える。
それから、顔を上げてダリルを見つめた。
「ダリル、私がお前から分け与えられたものの貴重性を、私は十全に理解している。私はこの能力を正しく使いこなし、この家とお前を守ることを誓おう」
兄の言葉を聞いたダリルは、晴れ晴れと微笑んだ。
「ありがとう、兄上! これで僕は心置きなく、ルチアーナお姉様とだらだら自由に生きていけるよ!」
「……そうか」
ダリルの言葉の半分は、3人の兄たちに気を遣わせないためのものだろうが、残りの半分は本心だろうと思われたため、ジョシュアはやっと笑みらしきものを浮かべることができた。
そして、暮らす場所や関係性は変わったとしても、ウィステリア公爵家はいつまでも4兄弟だ、と心の中で思ったのだった。

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