書き下ろしSS

なたのお城の小人さん ~御飯下さい、働きますっ~ 1

プレ・あなたのお城の小人さん

「朝だにょ、起きるべ」

裏口から差し込む薄明かりに眼をすがめ、毛布にくるまったまま、子供は小さく伸びをする。
ここは王宮の階段裏。デッドスペースに巣を作り、彼女は細々と暮らしていた。
てちてちと少し離れた辺りにある洗濯場を訪れて、桶に水があれば顔を洗い、無ければ諦めるという大変アバウトな生活だ。
そしてデッドスペースに持ち込んだ籠を両手で持ち、洗濯場のさらに奥にある厨房を目指して彼女は歩いていく。

年の頃は二歳か三歳。そんな幼女が向かう厨房には一人の男性がいた。
竈に火を入れ、お湯を沸かしながら忙しく働く男性の名前はアドリス。
この厨房の料理人見習いで、朝の下拵えのため、他の料理人よりも早くやってくる彼は、行き倒れに近かった幼女を拾い、御飯を食べさせてくれた奇特な男性である。
「よう、早いな、チィヒーロ」
厨房入り口に立つ幼女に気づき、彼は屈託なく笑って見せた。
チィヒーロ。これが幼女の名前だが、実際には千尋と言う。日本語のカチカチした発音は難しいらしく、アドリスの間延びした呼び方で妥協する幼女は元地球人。
何の因果か異世界に転生してしまったらしい。
らしいと言うのは、彼女自身、自分の境遇が良く分かっていないからである。
気づいた時には薄暗い部屋の中で衰弱死寸前。
死んでたまるかと部屋から逃げ出したものの力尽き、棚の下で行き倒れている所をアドリスに拾われた。
彼から暖かな御飯をもらい、泣きながら食べつつ顔を拭われたのは良い思い出。
右も左も分からぬ彼女は、彼に色々と質問をする。
質問の答えと、自身に残っていた僅かな記憶を照らし合わせた結果、分かったのは、ここがフロンティアと言う国の王宮で千尋は王女の身分だった事。
何故に王女がこんなところで捨てられたのか理由は定かではない。しかし、あのままでいたら間違いなく彼女は死んでいた。

つまり、彼女を死なせたい誰かがいるのかもしれない。

そう考えた千尋は、階段裏のデッドスペースに潜み、こっそりとお城で暮らしていた。
洗濯場から毛布やシーツを借りてきて巣を作り、朝の下拵えのお手伝いをして御飯を得る。生きるために彼女は必死だった。

せっせと芋の皮を剥く幼女を見つめ、アドリスは顔をしかめる。
彼は幼女が親から虐待を受けているのだろうと感じていた。
煤けた身体に、洗いがえもされていない服。手足も荒れていて、靴のかわりに布を足に巻いている悲惨な姿。
可愛らしい顔立ちなのに、ボサボサで藁のような髪は、櫛を通した事もないのではなかろうか。
それでも煌めく大きな琥珀色の瞳は、幼女が生きる事に貪欲で、人生を諦めていないのだと彼に切実に物語っている。
何とかしてやりたいが。
毎朝訪れる小さな子供に、アドリスは酷く胸を痛めていた。
今日もお手伝いのお駄賃な食べ物を籠に詰めてもらい、ヨチヨチと歩く後ろ姿を見送り、アドリスは思案する。
彼の想像の大半は勘違いだが、大まかな境遇としては合っていた。今の千尋は浮浪児同然である。
優しいアドリスは、悩みつつも妙案が浮かばず、そのまま数日が過ぎた。



「今日の賄いに使ってくれ」
料理長のドラゴが数羽のウサギを持ってくる。
丸々と太った立派なウサギ。
おおおっと厨房で歓喜の声が湧き起こった。
「良いんですか、料理長っ!」
「ああ。街の冒険者らから貰ってな。前にやった貧民街の炊き出しの御礼だそうだ」
にかっと破顔する大男は、軽快な声で頷く。
頭も髭もモジャモジャで熊のように頑健な男性。
ドラゴは親も家族もなく天涯孤独の身の上だ。こんなに貰っても食いきれない。
「俺にとっちゃあ、お前らが子供のようなモンだ。しっかり食べて働いてくれよ?」
「「「あざっすっ!」」」
賑やかにウサギを捌き始めた先輩料理人らを一瞥して、ふとアドリスはドラゴを見上げた。
情に篤く面倒見のよい彼なら、チィヒーロにも手を貸してくれるかもしれない。
でも、彼は仮にも男爵だ。
平民から己の腕一本でのしあがってきた強者。王宮の敷地に屋敷も賜り、身分もある。
そんな彼が、たかが子供一人のために動いてくれるだろうか。
チィヒーロの家族の事も良く分からないし。ああして王宮の厨房に訪れるという事は、王宮住みの誰かの子供なのだろう。
だが、あれほどあからさまに浮浪児のような成りで放置している親だ。一筋縄では行かない相手に違いない。

懊悩するアドリスは、さらに数日後、思いきってドラゴにチィヒーロの事を打ち明けてみた。
結果、厨房の熊さんは、可愛い可愛い愛娘を手に入れたのである。
人生、何がどう転ぶか分からないなぁ。
目の前の光景に眼を細め、アドリスは知らずに浮かぶ笑みを止められない。
「お父ちゃーん、今日はコレが良いーっ」
幼女が持っているのは小ぶりなカボチャ。
満面の笑顔で笑うチィヒーロを抱き上げ、ドラゴも快活に笑う。
「良いなっ、今日はカボチャでポタージュでもつくるかっ」
「天ぷらにしよーよ、美味しいよ」
「てんぷら?」
「てんぷら」
「.........」
無言で見つめ合う二人に周囲は苦笑した。これは合図だ。今日も目新しい美味しい料理が食べられる。
誰ともなく零れる笑い声。
幼女は多くの知識を持ち、数多の料理を厨房にもたらしていた。
蜂蜜を利用した甘味も多く、甘い食べ物など果物の水菓子しかなかった王宮を席巻させている。
城の料理人すら知らぬ未知の調理法で、新しい料理に挑戦する厨房は、毎日、活気に溢れていた。

ああ、なんて幸せな風景だろう。

美味しい料理と可愛らしい子供。
至福を絵にした光景に、アドリスの胸は一杯になった。
こうして浮浪児同然でお城を徘徊していた幼女は、ドラゴの娘となり、美味しい食べ物を作り出す。
それにとどまらず、数多な文化をフロンティアに広め、皆を笑顔にする幼女を、周囲は愛情を込めて小人さんと呼んだ。
ドラゴなど、初めて出来た娘を眼に入れて持ち歩きたいくらい溺愛し、メロメロである。

「お父ちゃんと呼ばれる幸せよ」

しみじみと呟かれた台詞に、料理人一同が深々と頷いていたのも御愛敬。
他にも、刺繍に興味を抱いた王妃様や甘味の虜となった側妃様、噂を聞いた伯爵令息などが厨房に突撃してきたのは余談である。

あなたのお城の小人さん。

愛らしくお城を駆け回る小人さんが、後に金色の王と呼ばれ、奇想天外な冒険の旅に魔物を従えて出るなどとは、今の彼等に知るよしもない。

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