書き下ろしSS
あなたのお城の小人さん ~御飯下さい、働きますっ~ 2
神様の贈り物
「養女か.....」
ドラゴのお髭が、ふくふくと揺れる。
若い頃に両親を亡くし、天涯孤独だった彼は小人さんの登場に困惑しなかった。
何故なら、以前にもドラゴは似たようなことをやっていたからだ。
あれは十年程前。
成人して、そのまま料理一筋に生きてきたドラゴは、良くも悪くも真面目で浮いた話一つ聞かない。
別に堅物とか言うわけでもなく、たんに女にかかずらう時間が勿体無いだけ。無論、そういった御誘いが無かった訳でもないが。
ぺーぺーの頃ならいざ知らず、今のドラゴは国を代表する筆頭料理人。
けっこう引く手あまたで、先だって爵位と邸を賜った彼には、下級貴族から婿入りの申し込みすらある。
だが、そのどれにも歯牙すらかけず、愚直なまでに仕事へ邁進していたドラゴ。
そんな彼は、ある日、口入れ屋で不思議な噂話を耳にした。
料理長となり王宮に邸を賜ったドラゴが、その邸の管理を任せる使用人を雇おうと口入れ屋を訪れた時だ。
そこは商業ギルドが管理する建物の一角で、人の紹介を頼みにやってきたドラゴの耳に、少々興奮気味な野太い声が聞こえてきた。
声の主は恰幅の良い商人風な二人。声をひそめているつもりなのかもしれないが、うわずるその会話は周囲に丸聞こえである。
「.....なんでも獣人の子供だそうです。娼館が狙っているとか。他にも貴族様方らも興味を示しておられます」
「獣人は珍しいですしなぁ。雌であるなら、
よくよく耳を
ドラゴの住むフロンティアという国では、犯罪奴隷か借金奴隷しか奴隷は存在しない。犯罪奴隷は終生国に無料奉仕で働き、借金奴隷は僅かばかりの賃金で働く、準奴隷だ。
借金奴隷が貰える賃金は一般的な平均収入の十分の一。しかし、それを貯めたり、お金の工面をつける事が出来たなら、己の身を買い戻すことも可能である。
そういったキチンとした法の整っているフロンティアだが、そんなフロンティアでも手を出しあぐねいていることがある。
それが周辺国の奴隷商人達。
フロンティアと違って法がおざなりな周りの国々。そんな彼等は
特にフロンティア近くの隣国であるキルファンが、男尊女卑な悪どい国なので奴隷商人らの良い顧客になっていた。
そういった奴隷商人の船は、キルファンへ向かう途中で必ずフロンティアの海域を通らねばならない。そこを突き、フロンティア騎士団は船をあらため、売買契約書のない奴隷を救出する。
奴等は
それをよく知るため、
フロンティアのある世界アルカディアは過去に色々とあり、魔力が枯渇した。だが皆無な訳ではなく、人々には多少の残滓が残っている。
無論、人体にこびりついたカスのような魔力だが、高い魔力を持つフロンティア騎士団には、そんな微かな痕跡すら辿られてしまうのだ。
なので、売買契約書がない=疚しい売り物となり、拐かしの被害者という図式がたてられるため、フロンティア騎士団が奴隷船から救出出来る。
運良く船を見つけられた時のみだが、今回救出された被害者の中に獣人の子供がいるらしい。
小さな子供。
その被害者らが無性に気になり、ドラゴは詳しい話を聞こうと王宮へ駆け出していった。
「獣人の子供.....? ああ、確かに。騎士団の宿舎に預かっております」
息せき切ってやってきたドラゴに驚きつつも、声をかけられた騎士は正直に頷く。
「この先は決まっているのか? 商業ギルドで、善からぬ話を耳にしたんだ」
ドラゴはやや焦った様子で、商業ギルドにいた男達の会話を説明した。
すると騎士はパチンっと片手で額を押さえつつ、天を仰ぐ。
「ええ、ええ、そのような話が来てはいると聞きます。なので人心を騒がせぬよう、あの娘を修道院に入れる提案が.....」
「修道院っ?!」
ぎょっと顔を強ばらせたまま、ドラゴが獣人の事を尋ねてみれば、まだ五つくらいの幼子だという。
そんな小さな子供を、規律厳しい修道院なんかに? 幼児とて容赦はされない場所ではないか。普通なら、食べて、遊んで、眠るのが子供の仕事だろう。
ドラゴの物申したげな顔に気づいた騎士は、切なく苦笑する。
「仕方がないのです。市井にあれば、あの手この手で手に入れようとする心無い者も現れましょう。家畜のように、子供を産まされるだけな悲惨な未来だってあり得る。そんな結末から彼女を守るには、神の花嫁とするしかないのです」
言われてドラゴも理解した。アルカディアにおいて身分は絶対だ。下の者は上の者に逆らえない。悪辣な人間に狙われたら逃げようもない。
それに対抗出来るとすれば、同等の権力を持つ教会のみ。国々をまたぎ、独立した機構の教会ならば、善からぬ人間らから獣人の少女を守れるだろう。
だがそれは、幼女の人生を神への奉仕一択に決めてしまう選択である。
遊ぶこともなく、ただひたすら働き、真摯に祈るだけの生活。
ドラゴの眼が大きく揺れる。
ドラゴも両親を失ってから城下町の料理人に弟子入りし、長くこき使われてきた。
食べるために.....。飢えないために必死で働き、がむしゃらに生きてきた。
彼は別に料理人を目指していたわけではない。それしかなかったのだ。たまたま下働きを募集していたのが食事処だった。ただそれだけ。
だが継続とは力だ。どんな事だろうと長く続けていれば身につくもの。
十年、二十年と料理を拵え、御客様の笑顔を糧として働いていれば、それなりの一廉にはなる。
多くの人々に教わり、支えられ、今の自分がある。
ドラゴには家族というモノが想像出来なかったが、頼りになる師匠や兄弟子、弟弟子らが家族といえば家族かもしれない。
そんな仲間も、家族と言うにはしっくりこないのだが。
しかし、少なくともドラゴの人生は不幸でなかった。自ら選んだ道だ。後悔もない。自分を鍛えてくれた師匠らに感謝もしている。
獣人の少女にだって、そういうチャンスを与え、人並みな人生を歩ませてやりたいではないか。
ドラゴは軽く眼を臥せてから、キッと目の前の騎士を見つめた。
「その幼児、おれが雇おう。我が家に引き取り、一端の大人になるまで面倒をみよう」
思わず眼をしばたたかせ、騎士は、少し待ってくれと言い残しハロルドへ報告に走っていく。
そして相談の結末、獣人であるサーシャと、同じ船から救出されたナーヤはドラゴの邸で匿われるように働くこととなった。
男爵邸は王宮の中だ。善からぬ者は入れないし、王宮料理人でしかないドラゴには領地も領民もいない。
己の腕一本が財産だ。王族の覚えもめでたい彼が、誰かに脅かされる要素は全くない。
何からも圧力をかけることは不可能。サーシャを狙っていた不埒者らも苦虫を噛み潰して諦めた。
こうして件の二人はドラゴに救われ、彼のかけがえのない家族になる。
そんなこんなで十年ほど日々が過ぎ、サーシャとナーヤが家人として板に付いて来た頃。
ドラゴは再び子供を拾った。何処からともなく、いきなり湧いた小人さん。
幼子の説明を聞いたドラゴに迷いはない。何しろ二度目なのだから。
家族がまた増えるだけ。
たまたま店で見かけたリンゴモチーフなペンダントの裏にチィヒーロの名前を彫ってもらい、ドラゴはくふりと眼を細めた。それと並んでテーブルへ置かれるのは、ドラゴとチィヒーロの養子縁組の書類。
喜んでくれるだろうか。
喜色満面なドラゴが、家の家紋を、二つに割ったリンゴモチーフから、チィヒーロへ贈ったペンダントのモチーフへ変更したのも御愛嬌。
恩送り。ドラゴへ優しさを与えた人々により、ドラゴはサーシャや千尋へと優しさを送る。
こうして、今日も平和にアルカディアは回っていた。
この先の破天荒な冒険を知らぬまま♪