書き下ろしSS
ブラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~ホワイトな宮廷で、幸せな新生活を始めます!~ 3
ときめきテスト
「ルーク様はスプリングフィールドさんとお付き合いされているんですか?」
魔術学院に入学して四年目の春だった。
窓から射す透明な日差し。
漂う細かな埃が明滅する午後の講義室。
クラスメイトの言葉に、ルークは手元の学術書から視線を上げずに答えた。
「付き合ってないよ。ただの友達」
「でも、男女間の友情は成立しないって話も聞きますし」
「個人の価値観の問題でしょ。成立しないって意見の人もいれば成立するって意見の人もいる。後者の二人が友達になれば、事象として男女間の友情は成立する」
「それはそうなのかもしれませんけど」
クラスメイトの彼女は少しの間考えてから言った。
「でも、私はルーク様のスプリングフィールドさんを見つめる瞳に、熱いものを感じずにはいられないんです。恋愛を研究して十二年。読んだロマンス小説の量ではこの学院の誰にも負けないと自負する私の勘が言ってるんです。密やかな恋の香りがすると」
「違うから」
「いえ! あれは、間違いなく恋する人の目! 他の人は騙せても恋愛探偵であるこの私にはお見通しで――」
「ちょっとみーちゃん! 妄想抑えて! いろいろ問題になっちゃうから!」
そのとき、恋愛探偵を羽交い締めにしたのは、別のクラスメイトだった。
友達らしい彼女は、「ごめんなさい。この子、ちょっと恋愛のことになると暴走するところがあって」と申し訳なさそうに言いながら、彼女を引き剥がす。
「離して! 私は探偵としてこの恋の未解決事件を解決する責務があるの!」
「他人のことをとやかく言う前に、自分のことをなんとかしなよ! 彼氏どころか男子と話したことさえほとんどないくせに!」
「やめて! 悲しい現実を突きつけないで!」
悲痛な声と共に連行されていく恋愛探偵。
いつも通りの自分を演じつつ、ルークは背筋に冷たいものを感じていた。
胸の奥に秘めている彼女への気持ち。
身分違いの相手。
許されない恋心。
絶対に悟られてはならない。
隣にいられなくなってしまうかもしれないから。
(もっと慎重に行動しよう)
彼女の傍にいるためならどんなことでもする。
しかし、ルークは知らなかった。
ひとつの大きな試練が彼のすぐ目の前に迫っていることを。
彼女の足音は他の人と違う。
どう違うのか説明するのは難しいけれど、しかし事実としてルークはそのかすかな響きの違いを聞き分けることができた。
背後から近づくそれに、素知らぬふりで彼女の言葉を待った。
「ねえねえ、ルーク。少したしかめたいことがあるんだけどさ」
「たしかめたいこと?」
放課後の講義室。
振り向いたルークにノエルはうなずく。
「うん。男女間の友情は成立するのかって問題あるでしょ。その関係が友情か恋愛かを判定できる非常に先進的かつ画期的な方法が専門家の間で話題なんだって」
「先進的かつ画期的な方法……?」
「そう! とにかく革命的なんだって! 私もその方法を聞かされて感心したもん! 『なるほど! その手があったか!』って。やっぱり説得力が違うんだよね、みーちゃんの恋愛学講座は」
「…………」
嫌な予感がする。
「みーちゃんって、もしかして自称恋愛探偵の?」
「正確には恋愛探偵であり研究者であり求道者でもあるってところかな。私たちの間では恋愛のカリスマって呼ばれてる。あんなに恋愛上級者な子、見たことがないもん。実体験を元に話してくれるんだけど、まるでロマンス小説からそのまま抜き出したみたいなロマンチックな話ばかりなんだよね。十歳年上のイケメン侯爵様から、二つ年下のかっこいい義弟くんまで。ほんと経験豊富ですごくてさ」
「そ、そっか……」
「うん。で、そのみーちゃんが教えてくれたの。その名も、ときめきテスト! このテストでどんな関係も恋愛か友情か一発で判定できるの」
「そんなテストがあるんだ」
「早速今からやってみたいんだけどいい?」
信頼性には問題しかないように思われたけれど、彼女が信じ切っている以上、否定するのも少しかわいそうだ。
「手短にできるなら構わないけど」
とりあえず、テストをしてみてから考えよう。
こっちに来て、と手で誘導する彼女に続く。
「うん、大丈夫。簡単なテストだから」
周囲から見えないよう、カーテンの中に入って彼女は言った
「カーテンに隠れて三十秒ハグして、ときめくかどうかたしかめるだけだし」
「は?」
停止する思考。
言葉の意味がうまく理解できない。
そして、そのかすかな遅れがこの状況では致命的だった。
「暑苦しいかもしれないけど、ちょっと我慢してね」
鼻腔をくすぐる菜の花の香り。
気がつくと彼女が胸の中にいる。
背中に回された手。
やわらかな感触。
夕日が射し込む放課後の講義室。
見られないように隠れたカーテンの中。
時間の流れがいつもと違うように感じられた。
今何秒だっただろう。
早く終わって欲しい。
絶対に悟られてはいけないから。
でも、もう少しだけこうしていたい。
あと少しだけ。
ううん。このまま、時間が止まってくれたら――
「ねえ、ルーク」
熱っぽい声。
「私、すごくドキドキしてる」
胸の中で彼女が言った。
「先生に見つかったら殺される。どうしようって」
「…………」
予想通り、ときめきテストは信頼性に欠けたものだった。
だけど、次に恋愛探偵を見かけたときは、前よりも親切に接してあげようと思う。