書き下ろしSS

ンジョン・ファーム ~家を追い出されたので、ダンジョンに農場をつくって暮らそうと思います~ 1

マルティナのお菓子作り

その日、俺たちは収穫した野菜をライマル商会へ届けるため、ドリーセンの町を訪れていた。
「仕事が終わったら、どこかでお茶でもしていかない?」
「いいですね。それなら、この前見つけたお店はどうですか?」
「中央通りから少し外れた場所にある店じゃな」
「楽しみですね~」
今日に関しては、野菜を置いてくるだけなので気持ち的に楽ということあり、みんなの気持ちはすでに仕事後の楽しみに移っていた。
というわけで、全員浮かれ気味に商会を訪ねたのだが、思わぬ出迎えを受けた。
「わあああああああああああん!!」
耳をつんざく、女の子の泣き声。
見ると、受付カウンターの横にあるイスに五歳くらいの女の子が座っていた。受付担当をしているジェニファーさんがあやしているようだが、まったく効果がないようだ。
「ど、どうしたんですか?」
俺が声をかけると、ジェニファーさんのやつれた表情にわずかな光が生まれた。
「あぁ……あなたたち……ちょうどいいところに……」
憔悴しきっているらしく、その声にはいつもの元気がない。
「この子は?」
「どうやら町でお母さんとはぐれちゃったみたいなのよ。今、グレゴリーさんが町の人たちに声をかけて捜索しているところよ」
だいぶお疲れのようなので、子どもの面倒を俺たちが見ることに。
しかし、想像以上にうまくいかなかった。
女の子は母親と離れたことでパニックになっており、会話も成立しない。持てる力のすべてを使って大泣きをしているって感じだ。
そのうち、泣き疲れたのか声のボリュームは下がっていった。その代わり、女の子はイスから立ち上がると、俺たちの方へと視線を移し、
「お腹空いた」
それだけ言い放つ。
「えっ? お腹? ――あぁ……野菜しかないな」
「野菜嫌い!」
即答された。
まあ、野菜嫌いの子どもって多いからね。何かお菓子はないかとジェニファーさんに尋ねてみたのだが、
「お酒とつまみしかないわね」
ある意味、期待通りの回答だった。
小さな子が食べられそうな物がないと分かると、女の子はぐずりだしてしまう。
俺たちが困り果てていると、マルティナが女の子の前で腰を落とし、目線を合わせて質問をしはじめた。
「お野菜はどれも嫌い?」
「……全部嫌い」
「そっか。じゃあ、ちょっと待っていて」
マルティナはそう言うと、ジェニファーさんへ声をかける。
「ここにキッチンってありますか?」
「い、一応あるにはあるけど……」
「少しお借りします。それと、使わせていただきたい食材があるのですが」
どうやら、マルティナは女の子のために何かを作ってあげるつもりらしい。
だが、問題は食材だ。
野菜嫌いだという女の子に、酒とつまみしかないこの商会で、一体何を作ろうというのだろうか。
少し興味が湧いたので、手伝いと称してふたりの後を追う。
「こ、こんなあり合わせのもので大丈夫なの?」
「なんとかやってみます」
俺がキッチンに到着すると、すでにマルティナは調理に取りかかっていた。
バターや砂糖などの材料を見る限り、お菓子を作ろうとしているようだが……その中にはうちで収穫したフレイム・トマトもあった。
「トマトなんて、何に使うんだ?」
「クッキーの材料にするんですよ」
「えっ!?」
トマトを使ったクッキーだって?
まるで味が想像できないぞ。
困惑する俺とジェニファーさんを尻目に、マルティナは手際よく調理を進めていく。普通に作るだけでなく、耳っぽいものをつけて動物の形にして見た目にも楽しめるよう工夫が凝らされていた。
備えつけのオーブンで焼いていくと、なんとも言えない香ばしい匂いが辺りに広がっていく。
「あっ! おいしそうな匂いがする!」
それは受付近くにいる女の子にも届いていた。
焼きあがると、少し冷ましてから近くにあった模様つきの紙を使い、それっぽく包装してから女の子へとプレゼントした。
「クッキーを作ってみたの。よかったら食べて」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
女の子はすっかり笑顔を取り戻し、マルティナの作ったトマトクッキーを嬉しそうに食べた。
「おいしい!」
「よかった」
女の子の頭を撫でながらニコニコと微笑むマルティナ。
きっと、彼女はいいお母さんになるな。


それからしばらくして、グレゴリーさんに連れられた母親が大慌てで商会へとやってくる。
「ママだ!」
女の子は母親のもとへと駆け寄り、ふたりは抱き合いながら再会を喜んだ。
「よかったですね」
「おかげで大変な一日になったわ」
「まったくじゃ」
「まあまあ」
マルティナ以外の三人は女の子に翻弄されて疲れ切った様子。
予想外のハプニングはあったものの、笑顔で手を振る女の子を見ていると、そんな疲れも吹っ飛んでしまう。
そんなことを思えた一日となった。

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