書き下ろしSS
婚約破棄されたのに元婚約者の結婚式に招待されました。断れないので兄の友人に同行してもらいます。 1
アルベスはため息をつく
一日の仕事を終え、アルベスは家に帰ってきた。
かつては静かだった家が、今ではとても賑やかだ。特に食事時は王国軍の兵舎を思わせる雰囲気になる。
その原因は、もちろん滞在中の騎士たちにあった。
「お帰りなさい。お兄様!」
ルシアだけは以前と同じように笑顔で迎えてくれるが、その横で配膳をしているのは、必要以上にくつろいだ服装の大男である。
冷え込む冬なのになぜか上衣なしのシャツ姿で、肘の上まで腕まくりをしている。もちろん腰には剣がある。
騎士となる男たちは、それなりに体格に恵まれていることが多い。今ラグーレン家にいる騎士たちは、そんな男たちの中でも選りすぐりの大男ばかり。しかも北部砦から来たせいか、ほぼ全員が薄着姿で食堂に集っている。
ルシアが全く気にしていないのは救いだが……いや、アルベスも酒が入ると雑な服装になってしまうから、人のことは言えないのだが。
ため息をついて、アルベスは空いている席を探す。
祖父が在命の頃からあるテーブルは、以前は大きすぎて部屋の隅で物置と化していた。
それが今は大活躍していて、大柄な騎士たちが使うのにちょうどいい。しかし、このテーブルのせいでますます兵舎じみて見えているのも事実。
……年頃の妹がいるのに、これでいいのだろうか。
「アルベス殿、こちらにどうぞ!」
ため息をついていたのを誤解したのか、若い騎士に笑顔で手招きされた。弁明するのも面倒なので、示された席に素直に座る。
座ってから、妙に騎士たちに囲まれていることに気付いた。料理をどっさりと盛りつけた大皿が近いのはいいが……なぜここが空いていたんだ?
「なあ、アルベス。今日は妹ちゃんが腕を振るってくれたらしいぞ。美味そうだよな!」
「おいおい、俺が作った肉料理も負けてないぞ。アルベスも食ってみろよ!」
そんなことを言いながら、騎士たちはガツガツと食べている。
騎士連中に言われるまでもない。ルシアの手料理は美味い。だが、どうしてそんなにいちいち話しかけようとする?
アルベスは眉をひそめ、ふと隣のテーブルを見た。
隣の小さなテーブルは、半年前まで兄妹二人で使っていたものだ。そのテーブルにフィルが座っている。
本来の高い生まれと今の地位を考えれば、フィルが一般の騎士たちと別のテーブルで食事をすることは正しい。
だがフィルという男は、騎士隊の悪癖に染まり切っていることでも名高い。いつもなら、こちらの大テーブルに好んで座るような性格だ。
なのに、なぜ向こうに一人でいるのだろう。
……と思っていたら、フィルの向かいに妹ルシアが座った。
ついアルベスが眉を動かすと、視界を遮るように麦酒のジョッキを押し付けられた。
「アルベスも飲めよ」
「いや、俺は」
「いいから飲め! たまには俺たちと会話を楽しもうじゃないか!」
「今さら、お前たちと何を話して楽しめというんだ。……おい、まさか俺を引き離そうとしているのか?!」
「まあまあ。今日は妹ちゃんが心を込めて作った豆料理だぞ? あの二人をそっとしておいてやるのが大人の嗜みだ!」
「うへぇ。うちの閣下の顔を見ろよ。緩みきってるぞ!」
騎士たちは笑ったり驚いたりと騒がしい。ただし、その間もさり気なくアルベスの視界を遮ろうとしている。
そのことに気付かないアルベスではない。苛立ちを覚えるが、ぐっと堪えて自分の皿に目を落とした。
騎士たちが言った通り、今日は豆入りのシチューだ。
シチュー自体は悪くはない。体が温まるし、何より美味い。北部の牛の乳を使ったものも美味いし、騎士時代に味を覚えた東部のほんのりと辛い野菜粉末を使ったものも美味いと思う。
とは言え、アルベスは王都近辺の文化圏で育っている。だから、幼い頃から食べ慣れた塩だけで味付けしたシチューが一番だ。
この一点のおかげで、新兵時代に身分も階級も違うフィルと意気投合した。兄としての贔屓目を差し引いても、ルシアが作る塩味のシチューはどんな料理人が作るものより美味いと思う。
だが、なぜ豆なのだろう。
ラグーレンでは冬の時期でも畑で野菜が育てられているし、食料庫には保存の効く根菜もたっぷりある。なのに今夜のシチューは豆だらけだ。
この季節、普通は寒さに強い冬野菜を使う。今が旬の冬蕪のシチューは定番中の定番で、春蕪種とはまた違った食感と甘みが美味いと思うのだ。
アルベスはそっと妹を見た。
フィルにシチューのおかわりを渡すルシアは、にこにこと笑っている。
優しくて、柔らかくて……実にいい笑顔だ。
そして豆だらけのシチューである。
「……兄なんて、寂しいものなんだな」
アルベスは遠い目をしながらため息をついた。
周囲の騎士たちは笑わなかった。ただ豪快に肩を叩き、当番の騎士が作った肉料理を空いた皿にどっさりと山盛りにした。