書き下ろしSS

約破棄を狙って記憶喪失のフリをしたら、素っ気ない態度だった婚約者が「記憶を失う前の君は、俺にベタ惚れだった」という、とんでもない嘘をつき始めた 2

ヴィオちゃんの恋

「……ハア」
本日何回目か分からない溜め息を吐いたヴィオちゃんは、じっと窓の外を見上げている。
今日だけではなく、最近ずっとこんな様子なのだ。食事の量も少し減っているようで、心配になって先日医者に診てもらったものの、異常はないという。
広間でお茶をしていたわたしはやはり心配になり、隣に座るフィルに声を掛けた。
「ヴィオちゃん、元気がないように見えるんですが」
「ああ。俺も同じことを思っていた」
いつも明るくてお喋りなヴィオちゃんが、明らかに口数も減っているのだ。やはり具合が悪いのではないか、もう一度医者に診てもらおうと思っていた時だった。
「兄さん、ヴィオちゃんはいる?」
「ああ」
広間へフィルの弟であるセドリック様がやってきた。ヴィオちゃんを探していたらしい。
フィルが窓際へ目を向けると、セドリック様はその視線を辿り、見つけたヴィオちゃんのもとへと向かっていく。
「やっぱり、元気がないんだね」
「はい。ずっと溜め息を吐いては窓の外を見ていて……」
そう告げるとセドリック様は口元に手をあて、納得したように何度か頷いた。
「……うーん、やっぱりそうなのかも」
「何か分かったのか?」
「あくまで僕の予想だけどね」
セドリック様はヴィオちゃんを腕に乗せると、こちらに向き直る。
ひどく真剣な表情を浮かべたことで、わたし達はごくりと息を呑む。
「──ヴィオちゃんは、恋をしているのかもしれない」
「えっ?」
「は」
静かな広間で、わたしとフィルの間の抜けた声が綺麗に重なった。

◇◇◇

ヴィオちゃんを連れて三人で庭へと向かいながら、セドリック様から詳しい話を聞いていく。
「最近、庭にオウムが遊びにくるんだ。今もその姿を見つけたから、呼びに来たんだけど」
「庭にオウムが遊びにくる……?」
いきなりツッコミどころ満載だけれど、ひとまず耳を傾け続ける。
「で、よくヴィオちゃんと二人で木の枝に留まって話しているんだよね」
そんな二匹の姿を想像すると少しシュールではあるものの、可愛らしい。
隣を歩くフィルは無言、無表情のまま話を聞いているようだった。
「ヴィオちゃん、いつもすごく嬉しそうなんだ。窓の外を見ているのも、そのオウムに会いたいからなんじゃないかな? ほら、恋をすると食欲もなくなるって言うし」
「なるほど……」
確かに、セドリック様の予想は一理ある気がする。
ヴィオちゃんだって年頃……なのかは分からないけれど乙女なのだ、恋だってするだろう。
「どんなオウムなんですか?」
「真っ白なオウムだよ。パイナップルみたいな頭をしてる」
パイナップルのような黄色い頭の羽が可愛い、オスなのだという。
今から対面できると思うと、つい胸が高鳴ってしまう。
「…………」
「フィル? どうかしました?」
そんな中、フィルの表情が少しだけ暗いことに気が付く。
どうしたのかと尋ねれば、フィルは眉を寄せ、口を開いた。
「……ヴィオのそういう話を聞いていると、複雑な気持ちになるんだ。娘が嫁に行く時も、こんな気持ちになるんだろうか」
「それはまた違うと思います」
フィルからすれば、娘のように可愛がっているヴィオちゃんの恋愛話を聞くというのは、複雑な気分になるらしい。セドリック様とつい笑ってしまい、慌てて口元を隠す。
そうしているうちに庭に出ると、大きな木の枝に留まる一羽のオウムの姿があった。
「本当にいた……それにパイナップルだわ」
そんな感想を抱いていると、セドリック様の腕に留まっていたヴィオちゃんが、まっすぐにオウムの元へと飛んでいった。
「オハヨ!」
「コンバンワ!」
今は真昼だと思いながらも、黙って二匹を見守る。
体を寄せ合って楽しそうに会話している様子を見ると、可愛らしくて笑みがこぼれた。
「やっぱりヴィオちゃん、恋をしているのかもしれませんね」
「ああ」
複雑そうだったフィルも、嬉しそうなヴィオちゃんを穏やかな眼差しで見つめている。
セドリック様も「いいなあ、みんな」なんて言って微笑んでいた。
「それにしても、どこのオウムなんでしょう?」
「うーん、それが謎なんだよね」
よくよく見てみると毛並みもよく、首輪には宝石のようなものが輝いているし、このあたりに住む貴族のペットなのかもしれない。
きっと、ここまでヴィオちゃんに会いに来るのは大変だろう。何より勝手に抜け出してきているのなら、飼い主だって心配しているに違いない。
飼い主を探した上で定期的に会わせた方が良いのではと伝えれば、フィルも頷いてくれた。
「ヴィオには色々と救われているからな。俺も手を尽くそう」
「お願いします。わたしの方でも探してみますね」
ヴィオちゃんのお蔭で、わたしはフィルの本当の気持ちを知ることができたのだ。彼女がいなければきっと、いつまでもフィルの嘘に困惑したままだったはず。
わたしも全力で、ヴィオちゃんの恋を応援したい。
どうかヴィオちゃんの恋が叶いますようにと、祈らずにはいられなかった。

◇◇◇

その後、ローレンソン公爵家の力を使って調べたところ、あっさりオウムの身元は発覚した。
「それにしても、シリル様のペットだったなんて……」
そう、まさかのまさかで、クレイン家のオウムだったのだ。
世の中は狭すぎると驚いてしまう。
「……俺は絶対に交際を認めないからな」
「もう、そんなことを言わないの」
そして二匹の交際は認めないと、フィルが大反対し始めるのはまた別の話。

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