書き下ろしSS
魔剣の弟子は無能で最強! ~英雄流の修行で万能になれたので、最強を目指します~ 3
カジノ・フィーバー
旅を続けていくと、様々なことに出くわすものだ。
意外な人との出会いだったり、思いもしなかった体験をしたり。
シオンも故郷を出てからはそんな経験の連続で、ちょっとやそっとのことでは驚かなくもなってきた。
しかし、この日は完全に度肝を抜かれてしまった。
「こ、これがカジノか……すごいなあ」
煌びやかな会場で、シオンは呆気にとられるばかりだ。
あたりには数多くの客たちがいる。
その誰もが目をギラつかせて興じているのは様々な賭け事だ。カードゲームやダイスゲーム、ルーレットにスロット……などなど。
あちこちで歓声や悲鳴が轟き、クラクラするような熱気に包まれていた。
ここは世界屈指の巨大カジノらしい。魔物を戦わせてその勝敗を賭ける闘技場まで併設しているらしく、国内外から大金持ちや一攫千金を狙った者たちが詰めかける。
シオンはそんな片隅で口元を押さえて呻く。
「人酔いで目が回りそうだ……早く帰ってこないかなあ、師匠たち」
「ふん、田舎者め。この程度で臆するでないわ」
そこでちょうどタイミングよく横柄な声がかかった。
シオンは肩を落としつつ振り返るのだが――。
「そうは言っても師匠……って、何ですか、その格好は」
その矢先にきょとんと目を丸くする。
目の前にはダリオが立っていた。だがいつもの出で立ちではなく、華美なドレス姿である。
ダリオは目をすがめて冷たく言ってのける。
「汝はドレスコードも知らぬのか。こうした場では着飾るのが礼儀なのだぞ」
「えっ、じゃあ俺も着替えた方がいいですかね?」
「かまわん。汝はしょせん我の引き立て役よ、みすぼらしいくらいでちょうどいいわ」
「……いやまあいいですけどね、手間がなくて」
抗議しようとしたが、そこはぐっと堪えておいた。
シオンはあたりをきょろきょろと見回す。
「それよりレティシアはどこなんですか? 一緒だったはずでしょ」
「ああ、あやつならほれ。あそこだ」
ダリオが顎で示すのは少し離れた柱の陰だ。
たしかに見慣れた金髪がちらっと見える。
シオンがそーっと近付いて、覗き込んでみると――。
「ううう……こんな格好で、どんな顔してシオンくんの前に出れば……って、ひえっ!?」
小さくなって震えていたレティシアが、シオンに気付いてびくりとする。
ダリオ同様、彼女もドレスに着替えていた。いつもの法衣めいた出で立ちからは考えられないくらいに手足を露出し、髪もアップにまとめている。うなじの後れ毛がまぶしい。
思ってもいなかった変身ぶりに、シオンはあんぐりと口を開けて固まってしまう。
「レティシア、そのドレスは……!」
「あうう……す、すみません、お見苦しい物をお見せして。すぐに着替えて――」
「待って!?」
走り去ろうとする手をがしっと掴み、真正面から力説する。
「そんなことない! めちゃくちゃ似合ってる! すっごく可愛い!」
「かわっ……!? あ、ありがとうございますぅ……」
レティシアは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
シオンは背後の師を、親指を立てて褒めちぎった。
「グッジョブです師匠! さすがの見立てです!」
「ふはははは! 素直でいいぞ、我が弟子!」
ダリオは高笑いを上げてふんぞり返った。
こうして三人集まったので、行動を開始することになった。
カジノに来たのだから、もちろんやることは決まっている。ダリオに急かされるままに、並んでルーレットの席に着くことになった。
ダリオはチップの山をでんっと載せる。
「さあやるぞ! 軍資金はこの通り調達してきた!」
「これはこれは。可愛らしい挑戦者様のご登場ですね」
ディーラーは柔和に微笑んでみせる。
カモが来たと言いたげな表情だったが、ゲームが進むにつれてどちらが狩る側なのかすぐに理解したらしい。彼が険しい顔で回すルーレットを、ダリオがぴたりと当てていく。
そんな熾烈な戦いを横目に、レティシアが不安げに囁いてくる。
「でも……私たち、遊んでいてもいいんでしょうか?」
「ここのオーナーさんと接触するのが本来の目的だからねえ」
このカジノのオーナーが、古い神紋研究に関する資料を所持しているという噂を耳にしたのだ。
レティシアの力を解明するヒントになるやもと接触を試みたが、相手はVIP中のVIP。門前払いを受けたため、ひとまず本陣に乗り込んでみたというのが現在の状況だった。
「ふん、虎穴に入らずんば虎児を得ずよ」
こそこそ話していると、ダリオがニヤリと笑う。
少し目を離した隙に、チップは二倍以上の高さになっていた。
「相手の懐に飛び込めば、いずれ勝機が見えるというものだ。そういうわけでレティシアよ、次は汝が賭けてみるといい」
「ええっ!? ダリオさんのお金なのにいいんですか!?」
「ふはは、そもそもここで稼いだ金だ。失ったところで何も惜しくはない。ほれ、好きな数字を言え」
「それじゃあ、えーっと……三、とか?」
「よいではないか! ならば全ベットだ!」
「ちょっと、レティシアに悪い遊びを教えないでくださいよ」
シオンが止める間もなく、師は全チップを三に載せた。
それから少しして――三人のルーレット卓のまわりには黒山の人垣ができていた。
ルーレットが回り、ボールがマス目にからんと落ちる。その瞬間、レティシアがぱあっと顔を輝かせて手を叩く。
「わあ! また当たりました!」
「でかしたレティシア! それじゃ、次は我の番だな。七にベットだ!」
「え、エグい……」
大盛り上がりの女子ふたりとは対照的に、シオンは真っ青な顔でチップの山を眺めるしかない。大勝ちに大勝ちを重ねた結果がこれである。小国の国家予算くらいだろうか。
ディーラーの顔には、すでに色濃い死相が浮かんでいた。
(しかも、力を使わずこれだもんな……)
ふたりとも純然たる運と直感だけでここまで来ている。
意外な才能に恐れおののいていると、レティシアがシオンの顔を覗き込んできた。
「そうです! 次はシオンくんが予想してみてくださいよ」
「ええっ!? お、俺には荷が重いって……!」
「何を言う。ここが男の見せどきだぞ、シオン。我のオススメはこの辺かな」
「私はこっちだと思います!」
「ちょっ……ふたりとも近いってば!?」
両側からふたりがぐいぐい迫ってくるので、シオンは真っ赤になってうろたえる。
いつもなら師であるダリオにときめくことはない。しかし今日はドレスアップしていい匂いがするせいで、無性にドキドキしてしまう。
かと言ってそこから視線を逸らしても、レティシアの大胆に開いた胸元が飛び込んでくるしで――。
(どこを見ても天国で地獄だ……!)
両手に花で、シオンは今にもぶっ倒れそうだった。
だがそんな折、救世主とも呼べる存在が現れる。
「動くな!」
バアンッ!
物々しい声と爆音が、カジノ一帯に響き渡った。
客たちがしんと静まり返る中、ぞろぞろと現れるのは覆面を被った男たちだ。全員が武装しており、そのうちのひとりが魔法の火球を片手に高々と宣言する。
「たった今より、このカジノは俺たちが占拠した! へたに騒ぎ立てると命はないぞ!」
「ご、強盗……?」
シオンは少しぽかんとしてしまうが、すぐに事態を把握した。
こういう展開が一番楽だ。魔剣を手にして、がたっと席を立つ。
「俺はあっちを止めてきます! 師匠たちはごゆっくり!」
「ああっ、シオンくん!?」
「おうおう、上手く逃げおってからになあ」
ダリオのニヤニヤ笑いを背に、とりあえずシオンは目に付く限りの暴漢をあっという間にぶちのめした。