書き下ろしSS

国の最終兵器、劣等生として騎士学院へ 3

ギランの不調

「……大丈夫か、ギラン?」
 教室への道中、俺はギランへと声を掛ける。
「あァ? 別に普段と変わってるところはねぇだろ?」
「いや、朝食も少し残していたし、顔色も優れないように見える。今日は休んでおいた方がいいんじゃないか?」
「ハッ、こんなことで休んでられるかよ。騎士が遠征中に気分悪いから抜けるってわけにもいかねえだろうがよ。こんなもん、なんともねぇよ」
 ギランは気丈にそう口にした。
「アインだって体調不良で休んだことなんざねぇだろうが」
「ううむ……俺は体調を崩したことはないからな」
 俺は顎に手を当てて、少し考える。
「体調を崩したことはない? なんかあんだろ?」
「いや、俺は病魔を通さない体質なものでな」
「そんな体質あんのか……? 血筋の特異な魔技みたいなもんか?」
 先天的なものではなく後天的なものである。病魔に限らず、呪いの類のものは、体内の術式とマナが反応して消滅させてしまうのだ。
「いや……そういえば、左足を吹き飛ばされたときは三日ほど予定がずれ込んだな」
「本当に何の話だァ!?」
 カイザレス帝国の貴族が僻地で魔物の実験を行っているらしいという噂を掴んで乗り込んだのだが、どうやら他国の密偵を嵌めるための罠だったらしく、散々な目に遭ったのだ。逃げ場のない地下で魔物の群れの襲撃に遭った挙げ句、魔導兵器の爆撃を受けるに至った。
 ネティア枢機卿の錬金術で肉体を修復してもらったのだが、それでも完全回復には少々時間を掛けることになってしまった。
「……尚更この程度のもんで休んじゃいけねぇ気がして来たぜ」
「顔色が悪いぞ。無理はしない方が……」
「アインの話を聞いて血の気が引いたんだよ」
 ギランが頭を押さえ、溜め息を吐いた。



「あ~ら来ましたの、アインにギラン。今日はちょっとばかり遅かったですわね。そろそろ授業が始まりますことよ」
 教室に入るなり、ヘレーナが出迎えてくれた。その背後よりルルリアが現れる。
「おはようございます、お二人共」
「む……ギラン、顔色が悪いじゃありませんの。拾い食いでもしてお腹を壊したんじゃなくって?」
 ヘレーナがギランの顔を見て、ふと首を傾げる。
「……テメェ、ヘレーナ、それは俺の家が凶狼って呼ばれてんのを揶揄してやがるのか」
 ギランが苦い表情でヘレーナを睨む。
「ひぃっ! ルルリアァ! ギランが怒りましたわ!」
 ヘレーナがルルリアの背へと隠れた。
「どうしてヘレーナさんは、怒られるギリギリのラインを超えてしまうんですか……」
 ルルリアが呆れたように溜め息を吐く。
「そろそろトーマスが来る。席につこうぜ」
 ギランが二人の横を抜けて先へと進む。ヘレーナが呆気に取られた表情でギランを振り返った。
「あ、あのギランが、家名を揶揄されて怒鳴りさえしなかった……? ちょっとギラン、本当に大丈夫なのかしら? 今日は休んだ方がよろしいんじゃなくって?」
 ヘレーナが不安げにギランへ声を掛ける。
「あん? 呆れてるだけだっつうの。毎度テメェのちょっかいに怒鳴る程ガキじゃねぇよ」
 ギランが目を細めた。
「いえいえいえ、今のは絶対普段なら怒るラインでしたわ! ちょっとアイン、ギランの奴、本当に大丈夫ですの!?」
「……実はギランは朝食もあまり食べていなかった」
「今日は実技訓練がありますのに!? 持ちませんわよそんな状態! 最近は夜も寒いのに、毎夜遅くまで外で訓練なんてしていたからですわ!」
「俺も訓練に付き合っていたんだが」
「アインは超人だからそりゃ問題ありませんわよ!」
 ヘレーナはギランの額に手を当てた後、ぎょっとしたように表情を歪め、彼の手を取った。
「わわ、熱がありますわ! ちょっと寮の方に連れ戻しますわよ! 絶対今日は休ませておいた方がいいですわ!」
「引っ張るんじゃねえ! 第一、戻るにしても一人で大丈夫に決まってんだろうが!」
「ちょっとこの熱は心配ですわ!」
 ヘレーナがギランを引っ張っていく。俺とルルリアも続くことにした。
 最初は抵抗していたギランだが、その途中で体調が目に見えて悪化していた。やはり無理をしていたのだろう。
 寮に戻りギランをベッドで横にならせると、すぐに彼は眠りについた。
「やっぱり身体が弱っていたのですわ。力もいつもよりありませんでしたし……。食堂で何か、病人向けのものを用意していただきましょう」
 ヘレーナが安堵の息を吐いて、そう口にした。
「俺はギランが大丈夫だと言うのならば……と軽く受け止めてしまっていた。ヘレーナは面倒見がいいな」
「フフン、当然ですわ! これが社交界で生き残るための淑女力というもの……ド平民のルルリアも見習ってくださいまし!」
「……ヘレーナさんがギランさんの体調を見破ったのって『怒らなかったから』でしたけど、いつもギリギリ怒られるところを突いているっていう自覚があってやってたんですね」
 ルルリアが心底呆れたように溜め息を吐いた。

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