書き下ろしSS

役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 5

ルイスとダリルと悪い魔女

 ダイアンサス侯爵邸でダリルと話をしていたところ、ルイスがダリルに会いに来たと執事から告げられた。
 そのため、兄弟2人きりにしてあげようと、席を立とうとしたけれど、「お姉様も一緒にいてよ」と可愛くお願いされたため、そのまま留まることにする。
 そうは言っても、ルイスが嫌そうな顔をしたら、すぐさま部屋から出て行くべきよね、と考えたところで、ふと思い出したことがありダリルに質問した。
「ねえ、ダリル、以前あなたは『王族や公爵家の人間は恋なんてしないんだから。そんな何の役にも立たない、何の価値もないものに心が動かされることは、決してないんだから』って言っていたけれど、今でもそう思う?」
 突然の質問に、ダリルは目をぱちぱちと瞬かせたけれど、すぐに迷いなく返事をする。
「もちろんそう思うよ。王族や公爵家の権能は信じられないほど大きいから、そのことを理解している優秀な人物であればあるほど、その傾向は顕著だと思う。ただ、何事にも例外があるから……たとえば、彼らの常識を吹き飛ばすような悪い魔法使いが現れたら、抵抗できないんじゃないかな」
 その言葉とともに、意味あり気な流し目を送られたため、私は焦って口を開いた。
「ちょ、悪い魔法使いって……」
 まさか私のことではないでしょうね、と言い返そうとしたけれど、最後まで言い終わらないうちに、ダリルが当然の顔をして私の懸念を肯定する。
「もちろんお姉様のことだよ。正しい道を進んでいた兄上たちやラカーシュを、有無を言わさず恋の道に引きずり込んだから悪い魔女でしょう?」
 ……わ、私は悪役令嬢ではなく、悪い魔女だったのかしら。
 ジョシュア師団長とラカーシュから告白されたことは事実なので、へにょりと眉を下げていると、ダリルが慰めるかのように優しい声を出した。
「そのこと自体はいいことだと、僕は思うよ。計算されつくした生活を、取り澄まして送るだけの毎日なんて味気ないもの。自分ではコントロールできない、どうしようもない感情に振り回されてこそ、毎日が楽しくなるんだから。だから、お姉様の質問に答えると、王族と公爵家の者が恋に落ちることは通常ないけれど、お姉様は例外だから、お姉様に告白してきた人たちは本気だと思う」
「そ、そう……」
 それは正に私が聞きたい答えだったため、私はごくりと唾を飲み込んだ。
 そうなのね、小さなダリルの目から見ても、ジョシュア師団長とラカーシュは本気で私のことを想ってくれるように見えるのね。
「うん、それで、お姉様は悪い魔法使いだから、どれだけでも振り回せばいいんじゃないかな」
 神妙に話を聞いていたところ、ダリルから最後にとんでもない一言が付け足されたため、私は慌てて口を開いた。
「い、いや、ダリル、私はそんなこと……」
 けれど、言い返そうとしたところで、執事に案内されたルイスが部屋に入って来る。
 はっとして顔を向けると、ルイスは私を見て、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ルチアーナ嬢、君に会えるなんて今日はいい日だね!」
 うーん、何ていい子なんでしょう。
 久しぶりに会った弟を独占したいだろうに、一緒にいた私に嫌な顔をすることなく、笑顔まで見せてくれるとは。
「公爵家の人間ではあるけれど、ルイス様だったら打算からでなく、心のままに恋をしそうよね」
 思わずそう口にすると、ダリルは困ったように唇を歪めた。
「お姉さまがどう思っているか知らないけど、ルイスだって生粋の公爵家の人間だよ。だけど、心のままに恋をする、ってところは当たっているかな。結果として、ジョシュア兄上やラカーシュも同じだけど」
「え?」
 きょとりとして聞き返すと、代わりにルイスが口を開いた。
「ふふ、僕がいない間に恋の話をしていたの? いいよ、僕の話を聞く?」
「えっ、ルイス様の恋の話ですって!?」
 びっくりして目を丸くしている私に対して、ルイスは恋をしているという女性の話をしてくれた……けれど、一生懸命聞いていたのに、話のラスト部分になって、それは他でもない私自身の話であることに気が付いた。
「ル、ルイス様! 真剣に聞いていたのに、それは私についての話じゃないの! ひ、酷いわ、ルイス様の好きなお相手の話だと思って、一生懸命聞いていたのに!」
 そう文句を言うと、ルイスはさらりと答えた。
「うん、その2つの間に大きな違いはないでしょう?」
「お、大ありよ―――!! 前言撤回だわ。『ルイス様は心のままに恋をする』というよりも、『まだ幼過ぎて恋心を抱くこともない』というのが正確ね!!」
 私は完璧な正解を導き出したというのに、どういうわけかダリルとルイスは目を見合わせて苦笑した。
 それから、ダリルが先ほどの発言内容と同じことを、言葉を変えて口にする。
「僕たちにとっては衝撃的な話だけど、悪い魔女にとってはよくある光景だから気付かないのかもね。何たって、正しい道を進んでいた兄上たちやラカーシュを、有無を言わさず恋の道に引きずり込む凄腕の魔女だからね」
 ダリルの発言の意図が分からずに顔をしかめていると、2人はもう1度顔を見合わせて苦笑した。
 その姿を見て、まあ、2人が仄めかしていることはさっぱり分からないけれど、さすが双子だけあって、通じ合っているようね、と微笑ましく思ったのだった。
 そして、そんな風に考えて笑みを浮かべる私を見て、2人は苦笑し続けていたのだった。

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