書き下ろしSS

役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 6

家紋の花と侍女の野望

 ある日の昼下がり、ふと思い立って、小物飾りがしまってある引き出しを開けてみた。
 すると、きらきらと光る宝飾品に交じって、黒百合のコサージュが鎮座しているのが目に入った。
 黒百合と言えば、誰もが知るラカーシュの家紋だったため、なぜこんな物がと不思議に思って手を伸ばす。
 手袋を外して触れてみると、それは明らかに本物の花だった。
 どうやら生花に特殊な加工を施すことで、長期保存ができるようにしてあるらしい。
「ルチアーナ様、今日はそちらを胸元に飾られますか?」
 部屋に入ってきた侍女のマリアが、目ざとく私の手元に気付いて尋ねてくる。
「いえ、そうじゃなくて、どうして黒百合の飾りがあるのかしらと不思議に思っていたところなの」
 首を傾げながらそう返すと、マリアが何でもないことのように口を開いた。
「そちらはウィステリア公爵家から送られてきたものです。公爵家の晩餐会で、フリティラリア公爵家のラカーシュ様が、ご自身の胸元に飾られていた花を自らルチアーナ様に贈られたと伺っています。そうであれば、値千金の黒百合だとウィステリア公爵家の家令が送ってくださったのです」
「な、なるほど」
 ただの黒百合ではなく、「ラカーシュが胸に飾っていた黒百合」ということが価値を高めているのね。
 東星に襲撃された騒動に紛れて、行方が分からなくなっていたのだけれど、ウィステリア公爵家で保管してあったのだわ。
「ですから、こちらで長期保存ができるようにしたうえで、装飾品に加工しましたの。ふふふ、お嬢様、貴族家の男性から家紋の花を贈られることは、女性にとって最高の栄誉です! しかも、ラカーシュ様が女性に花を贈られた話なんて、他に聞いたことがありません! この黒百合のコサージュを見たら、全てのご令嬢が悔しさに臍を噛むこと間違いありません! この黒百合は世界で最も価値のある装飾品ですのよ!!」
「な、何てことかしら!」
「虎の威を借りる狐」、ならぬ「筆頭公爵家の威を借りる悪役令嬢」ってところね。
 確かにラカーシュ本人からもらったのだから、ものすごいパワーアイテムだわ。
 思っていた以上にものすごいものだったのね、とコサージュを持つ手が震える始めたところ、マリアが誇らしげに胸を張った。
「お嬢様、私の夢はこの引き出しが、多くの貴族家のご令息から送られた家紋の花の装飾品で埋め尽くされることです!!」
「ひー、そ、それは夢が大き過ぎるわ!!」
 私の侍女は何て大それた夢を見るものかしら、と呆れていると、侍女はキッとした目で見つめてきた。
「そのことについて、私はお嬢様にお話がありますの!」
「えっ、ええ、何かしら?」
「恋愛には駆け引きというものがございます! 多くの殿方に牽制させ合って、お嬢様の価値がいかに高く、手に入りにくいかを理解させてこそ、男性側の食指が伸びるというものです」
「い、いや、食指を伸ばされても……あ、はい、もちろん伸ばされたいわ!」
 否定しかけたところ、マリアからギロリと睨まれたため、慌てて言い直す。
「以前のお嬢様は、それはもう見事に白百合を始めとした様々な花を髪に飾られ、思わせぶりな態度を取られて、多くの男性の心を捉えておられましたわ!」
 うーん、我が家のお嬢様可愛さのあまり、完全に事実誤認が発生しているわね。
 お言葉だけど、ルチアーナはちっともモテていなかったわよ。
「それなのに、秋口からこっち、お嬢様は撫子以外の花を髪に飾ろうとしないではないですか! 妙齢の女性がそんなことでは、男性を取り逃がしますよ!!」
「い、いや、でも、他の方の家紋の花を挿したら、誤解されて男女間のトラブルに……」
「他の貴族のご令嬢を見てください! 殿方の気を引くために、それは見事に様々な花を使用されていますから!! そんな古臭い考えをしているのは、うちのお嬢様くらいですよ!! それに、実際問題として、使用する生花を撫子のみに限定されてしまうと、髪のアレンジに困るんです!! ですから、お嬢様がどうしても気になるというのであれば、私たちで貴族家の家紋にあたらない花をみつくろって使用しますので、お任せください!!」
「はい、分かりました!」
 マリアのあまりの迫力に、思わずうなずいてしまう。
 一応妙齢の女性でもあるので、古臭いと言われてショックを受けたというのもある。
 さ、さすがに周りの皆にダサいとか、古臭いとか思われるのは勘弁したいわ。
 それに、マリアの言葉で閃いたけど、以前のルチアーナは色々な貴族家の家紋の花を体中に飾っていたけど、男女間のトラブルにならないどころか、男性陣から「勝手に我が家の花を挿して」と嫌われていたのよね。
 うん、よく考えたら、逆に男性除けになるのじゃないかしら。
「ウィステリア公爵家の家令が気の利く方で、自主的に黒百合を送ってきてくれたけど、ラカーシュ様はそのことを知らないはずよね。だったら……」
 私がさも意味あり気にこの黒百合を胸に挿していたら、ラカーシュは図々し過ぎると嫌気がさすのじゃないかしら。
 最近、ちょっとラカーシュの行動が積極的過ぎて、ついていけない時があるので、少しセーブしてもらいたいと思っていたからいい機会だわ。
 それから、他の男性陣も『不用意に花を贈ったら、こんな風に悪用されるぞ!』と恐れをなして、私へ近寄らなくなるかもしれないわ。
「マリア、今日のお茶会にはこのコサージュを付けていくわ。そして、今後、私に飾る花は全ての種類が解禁よ!」
 ほほほ、私は悪役令嬢なのだから、もっと自由に生きないとね!
 にんまりと笑いかけると、マリアから同じようににんまりと笑い返された。
 悪役令嬢である私と、悪役令嬢の侍女であるマリアのどちらの企みが上なのか……今はまだ分からない。

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