書き下ろしSS

なたのお城の小人さん ~御飯下さい、働きますっ~ 3

お姉様のお姉さん

「お姉様っ!」
「いらっしゃい、ミルティシア」

 今までの空白を埋めるかのように、千尋はミルティシアと遊んでいた。可愛い幼女様は眼福である。心の癒やし。命の泉わくわくである。こうして二人でいるだけで、魂が洗われるようだ。
 特にミルティシアは可愛い。姉妹の欲目もあるかもしれないが、絹糸のような薄紫の髪や、けぶる美しい灰青の瞳。睫毛もバサバサに眼を縁取り、まるでお人形さんみたいである。
 そしてこの脳内妄想は、小人さんの口からダダ漏れだった。
 真っ赤に頬を染めるミルティシア。
 呆れた眼差しを隠さない、ナーヤとサーシャ。
 ……まいったね。
 テヘペロと笑う小人さん。
 そんな千尋こそ眼福だと、口には出さないものの、全力で首肯する小人さんの周囲である。

 そんなこんなで家族馬鹿劇場が常に展開されているジョルジェ男爵邸。千尋と繋がりを持ちたい王家は姉妹の仲が良いことを歓迎した。
 ミルティシアが毎日のように遊びにゆくことも許したし、同じ王宮の敷地内だ。たまにはお泊りなんかもする。

「お姉様、今日は一緒に寝ましょう?」
「いよ♪」
「お嬢様、言葉」
 サーシャに叱られ、うへっと舌を出す小人さん。そんな二人を不思議そうにミルティシアは眺めた。目に見えない繋がりが二人の間に感じられ、何となく面白くなかったのだ。
「仲良しですのね、お二人は」
 ちょこっとむくれた顔のミルティシアに眼を見張り、千尋とサーシャは顔を見合わせる。
「まあ。サーシャはアタシのお姉さんみたいなモノだし?」
「お家では良いと思いますが、王女様がおられますし。やはり礼儀作法は大事かと」
 ふくりと微笑むサーシャ。その耳や尻尾がミルティシアは大好きだった。時々叱られることもあるけど、王宮の喧しい侍女らと違い、サーシャは叱ったあと抱きしめてくれる。ちゃんとごめんなさいが出来て偉いですねと笑ってくれる。
 ミルティシアは、ほんのちょっと千尋が羨ましかった。
 ここの家族に混ざりたくて。笑って、怒って、時々拗ねて。サーシャの尻尾に絡んだりもして。ミルティシアにとって、ジョルジェ男爵家は何の心配もいらない憩いの場だった。
 そして似たような心情を持つ者が他にもいた。

「……また来てたのか」
「あなたこそっ!」
 ミルティシアが男爵家の居間で御茶を嗜んでいたところに、いきなり現れた少年。
 黒髪をサラリと流した彼はドラゴの半弟子。ザックである。
 王宮公認のパティシエである彼は城門も男爵家玄関もフリーパス。ザックが作る甘味の虜な第二側妃の後押しもあり、彼は頻繁に王宮を訪れていた。
「あんまりお嬢に迷惑かけんなよ」
「お姉様を、そんな呼び方しないでちょうだいっ」
「……血の繋がりもないくせに」
「ーーーーーっ!!」
 顔を合わせるたび二人は角を突き合わせる。
 ジョルジェ男爵家に関わる二人は、御互い相手が気に入らなかった。当然、口調もキツい。
 かーっと血が上り、ミルティシアは持っていたティーカップを振り上げる。
 しかし次の瞬間、彼女がカップを投げるより早く、ばんっと扉を開けてウィルフェとテオドールが男爵邸に飛び込んできた。
「貴様、ミルティシアに何てことをっ!!」
「不敬罪です。即刻、捕えなさい」
 感情的なウィルフェと、冷淡なテオドール。相反する態度だが、共通するのはミルティシアへの思い。二人に指示された護衛らがザックを捕えようとした時。奥から出てきたサーシャが怒号を轟かせた。
「何をなさっておられるのですか、貴方がたはぁーっ!!」
 かっと眼を見開き、瞳孔を狭め、唸る唇に覗くのは鋭利な牙。獣人独特の殺気にあてられ、護衛騎士らはガチリと凍りついた。
 百戦錬磨な騎士が硬直するのだ。ちっこい王子達など一溜まりもない。
 カチコチになってしまった乱入者を冷たく一瞥し、サーシャはザックに経緯を尋ねる。そして当然、ザックにも雷が落とされた。
「お嬢様が聞いたら、何と仰るか。ミルティシア様は、お嬢様の妹様ですよ? 血の繋がり? そんなモノを気にする者が、この家にいるとでも? 貴方を含めて」
 サーシャの言葉に、ザックは喉を詰まらせる。
 そうだ、この家の家族は、誰一人として血の繋がりがない。それでも間違いなく家族なのだ。その片隅に席を持つ自分がミルティシアを責めるのは御門違いだった。
「ミルティシア様もです。わたくしは貴女を叱ります。なぜだか分かりますか?」
 今にも泣き出しそうな顔で見上げる王女。それに、ふっと眼を和らげ、サーシャは両手でミルティシアの頬を包んだ。
「わたくしが貴女を妹だと思っているからですわ。お嬢様の妹なら、わたくしの妹も同然。だから貴女を叱りもするし、抱きしめもするのです」
 ぅ…っ、ぅ…っと嗚咽をあげるミルティシア。彼女は些細な嫉妬でサーシャを困らせたことを後悔した。
 そんな素直になれないお年頃な幼女を抱きしめ、サーシャは玄関先で固まる一団を振り返る。
「……で? 両殿下は、なぜここにおられますか?」
 じりっと歩を進めつつ、サーシャの瞳が縦長に変化していく。
「非常に良いタイミングでしたね。見張っておられた? 聞き耳をたてて?」
 歩を進めるたびに、ぶわりと広がる彼女の殺気。
「先日、叱ったばかりですよね? 貴人としてあるまじき行為だと……」
 眼の前までやってきたサーシャに、大の男である騎士らまで涙目である。
「大概になされませっ! 王子たるものが覗き見など情けないっ!!」
 凄まじい剣幕の彼女に叱責され、二人が口に出来る言葉は一つしかなかった。
「「ごめんなさいーーー!!」」
「「「申し訳ございませんーーっ!!」」」
 絶叫するような王子達の謝罪につられ、思わず跪いて頭を下げる騎士団の面々。
 帰宅してきた小人さんは、稲妻のようにウィルフェ達を怒鳴りつけるサーシャに眼が点である。
 その小人さんの後ろで、うっそりとほくそ笑むドルフェン。
「今日も彼女は絶好調のようですね」
 この光景を見ながら、慈愛あふれる眼差しで満足げな脳筋騎士様も大概である。
「……そうだね」
 胡乱に視線を彷徨わせ、何となく同意するしかない小人さん。

 この日常は定着し、長く男爵家を賑わわせるのだが、そんな愉快な未来を今の千尋は知らない。

 ……合掌♪

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