書き下ろしSS
ブラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~ホワイトな宮廷で、幸せな新生活を始めます!~ 4
淡い夢から
夢を見ていた。
春の日だまりのように心地良い夢だった。
僕はノエルと付き合っていた。
両親にも、職場の同僚たちにも内緒の交際。
隠れてデートして、一緒にごはんを食べた。
ノエルは恋人の前なのに、全然気にすることなくたくさん食べて幸せそうで。
僕は彼女が付き合う前と変わらず自然体なのがうれしくて。
だけど、そんな自然体の中にも少しだけ変化があって。
ほんの少しだけ、僕を恋人として思ってくれているのを些細な瞬間に感じることがあって。
僕はどうしようもなく幸せな気持ちで、この時間が永遠に続けばいいと思った。
だけど、永遠なんてこの世にはなくて。
どんなことにも必ず終わりが来てしまうもので。
僕とノエルが付き合ってるのがみんなにバレて。
両親の嫌がらせから逃げるように、僕らは王都の外れに引っ越して。
小さな集合住宅の一室で人目を避けながら、暮らすようになった。
世間に後ろ指を指されることもあって。
落伍者みたいに言われたり、ありもしない噂を流されたりもして。
だけど、彼女がいれば僕は幸せだった。
「なんとかなるよ。私たちなら絶対大丈夫」
ノエルはいつもそう言ってくれた。
その言葉がどれだけ僕を勇気づけてくれたか。
「ルークがいればそれだけで私は幸せだから」
その言葉に、どれだけ僕が救われたか。
「ほら、道ばたの草で作った特製野菜炒めだよ。大鍋いっぱいに作ったからおかわりし放題。綺麗な色の茸もたっぷり入ってる豪華仕様。遠慮しないでたくさん食べてね」
僕はノエルの作ったごはんを食べて「おいしいね」って言って。
塩を雑に入れただけの豪快な味付けも、ノエルが僕のために作ってくれたんだと考えると、どんな高級料理よりおいしく感じられて。
食べた後、いつもお腹を壊すけどそんなことも全然気にならなくて。
家事は二人で分担して。
僕はノエルのために料理を作って。
掃除をして、洗濯をして、皿洗いをして。
「ルークの方がうまいのなんか腹立つな……」
悔しそうな顔で理不尽なことを言うノエルにうれしくなって。
もちろん喧嘩することもあって。
「ノエル、靴下は丸めないでって言ってるよね」
「いいじゃん、それくらい。脱いだらぽいってしちゃいたくなるのが乙女心というか」
「そんな乙女心はない」
こんなささやかな喧嘩ならいいのだけど、
「思うんだ。私たち、別れた方がいいんじゃないかなって」
深刻な喧嘩をすることもあって。
「そうすればルークもお家の人に嫌がらせされずに済むし。やっぱり無理があるんだよ、身分違いの恋って。私たちはきっと結ばれない方が良い星の下に生まれちゃったんだ」
僕はそんなことないとノエルを説得して。
出て行こうとする彼女を必死で引き留めて。
何度も何度も「傍にいて欲しい。君以外は何もいらないんだ、本当に」と伝えて。
苦しい毎日も二人で支え合って乗り越えて。
そのうちに時が過ぎて、両親が死んで世間の風当たりもマシになって。
僕らはおじいさんとおばあさんになって。
春の日には手を繋いで公園を散歩して。
ベンチに並んで座って。
老眼鏡をかけて、魔法の本を熱心に読む彼女の手つきは、十四歳の頃とまったく変わらなくて。
僕はどうしようもなく幸せだなぁと思いながら、ひらひらと舞う桜の花びらを見ていた。
そして目を覚ました。
何が起きたのかわからなかった。
現実を現実として受け入れたくなかった。
驚くべきことに、それは夢だった。
僕はノエルと老後を過ごしてはいなかった。
結婚もしていなかった。
そもそも、付き合ってもいなかった。
「……………………」
なんて夢を見てるんだよ、とこめかみをおさえる。
たしかに、ところどころディテールが怪しかったけど。
(でも、正直ノエルならやりかねないしな)
怒られそうなことを思ってから、再確認する。
僕はノエルがいればそれだけで幸せで。
だけど、このエンディングは違う。
身分違いの結婚を強行して、両親に嫌がらせをされて。
ありもしない噂を流されて、世間の人に後ろ指をさされて。
そんな思いを、彼女にさせるのは絶対に違う。
(両親も手出しできない状況を作る。悲しい思いなんてさせない。僕が幸せにするんだ)
決意を新たにする。
窓の外では、青白い朝が山向こうに広がっている。