書き下ろしSS

ラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~ホワイトな宮廷で、幸せな新生活を始めます!~ 5

おしゃれ大作戦

「先輩っていつもとてつもなくダサい服着てますよね」
 後輩の言葉に、私は愕然と立ち尽くした。
 魔法戦闘の練習を終えた後の更衣室だった。
 香水と制汗用魔法薬が漂うその場所で、後輩であるイリスちゃんは私が制服の下に着ていたトップスを見て言ったのだ。
 それは王国魔法界屈指のおしゃれ女子である私が、とても気に入っている一着だった。
 中央にはかっこいい五芒星のマークが描かれ、その上に魔導国の古語がかっこいい字体で刻まれている。
 十五歳のときに一目惚れして買って以来、ずっと大切に着続けている至高の一着なのだ。
「そ、そんなことないって! かっこいいでしょ、これ!」
「信じられないくらいダサいです。その魔導国の古語、どういう意味か知ってますか?」
「知らないけど」
「『ラブ☆ハンター』です」
「…………」
 ダサかった。
 信じられないくらいダサかった。
 心に深い傷を負った私は、この服を二度と外に着ていかないことに決めた。
 部屋の中で寝間着として使っていくことにする。
「ところで、ラブ☆ハンター先輩。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「その呼び方はやめて。お願いだから」
「わかりました。で、先ほどの模擬戦でのことなんですけど」
 イリスちゃんの質問は、魔法式の組み立てと組み合わせについてだった。
 妥協が嫌いで、細部まで徹底的に突き詰めずにはいられない性格。
 魔法使いとしては素晴らしく、先輩としては頼もしい限りなのだけど、今の私は精神的に動揺してしまっていてそれどころではない。
 なんとか参考になりそうな答えを返してから、小声でイリスちゃんに聞く。
「ねえ、もしかして昨日着てた服の古語も変な意味だったりする?」
「知らない方が幸せなこともありますよ、先輩」
「わかった。もう二度と着てこないことにする」
 歯に衣着せない性格のイリスちゃんがそう言うということはそれはもうひどい感じの言葉が書かれていたのだろう。
 魔導国の古語なんて、普通の人は知らないから大丈夫だとは思うけど。
(そう言えば、レティシアさんがあれの文字を見て目をぱちくりさせてたような)
 知的でかっこいいレティシアさんには、あの文字が読めていたのかもしれない。
(難しいなぁ。文字の意味まで考えないといけないなんて)
 かっこいいからって雰囲気で着てただけなのに。
 しかし、否定された後で改めて見ると、この服が本当にかっこいいのかも怪しく思えてきてしまう。
 十五歳くらいのときは、こういう服を着ている子が他にも何人かいたけれど、思えばいつからか他の子が着てるところはめっきり見なくなったような。
 一方で、イリスちゃんは誰が見ても一目でわかる今時おしゃれ女子。
 小物やアクセサリーまで気を使い、コーディネートを組み立てている様子。
 ここは恥を忍んでファッションについて聞いてみてもいいかもしれない。
「ねえ、少し教えて欲しいんだけど」
 相談した私に、イリスちゃんはあきれ顔で言った。
「いや、どうしてあたしが教えないといけないんですか」
 いかにもめんどくさそう、という反応。
 しかし、ここで引いていては何も掴めない。
「お願い。おしゃれさんなイリスちゃんに教えてほしいの」
 と言うと、
「ま、まあ、どうしてもって言うなら教えてあげてもいいですけど」
 と割合あっさりと陥落した。
 お昼休みを使って、ファッションについて基礎的なことから教えてもらう。
「先輩はまず色数を抑えることを意識した方が良いと思います。プリントも奇抜な色味なのは避けた方がいいかなって。個々のアイテムの好みよりも全体の印象を良くすることを意識して下さい」
 イリスちゃんの講座はわかりやすかったけれど、私はそれらの内容について強く興味を持つことができなかった。
「そこまで深く考えなくてもよくない?」
「深くないですよ。初歩の初歩です。みんなやってます」
「みんなすごいなぁ」
 力なく言った私に、不思議そうな顔でイリスちゃんは言う。
「私は逆に先輩の方がすごいなって思いますけど。興味ないことにはとことん興味ないですよね」
「そういう人なんだよねえ。根が不真面目というかダメ人間というか」
「仕事を見てると真面目の極みって印象ですけど」
「仕事は好きだからさ。家事とかも全部お母さんにやってもらってるし」
「そう聞くと一気にダメそうに見えてきますね」
「魔法以外何も考えずに生きていきたい」
 つぶやいた私に、イリスちゃんは少しの間考えてから言った。
「私が先輩に似合いそうな服、見繕いましょうか?」
「いいの?」
「はい。その方が話が早そうですし」
 数日後、イリスちゃんは上下の服とアクセサリー一式を買ってきて渡してくれた。
(こ、これが私……!?)
 鏡の前で立ち尽くす。
 誰がどう見てもイケてるおしゃれ女子だ。
「ありがとうございます、イリス大明神様。今後とも末永くよろしくお願いします」
「いや、そんな大したことじゃ無いですから」
「私にとっては大きなことなんだよ」
「それなら、よかったですけど」
 照れくさそうに頬をかいている。
 こうして、私は時々おしゃれな服を着て出勤するようになった。
 制服の下に着ているだけだから、みんなにはわからないけれど。
 でも、誰に見せても恥ずかしくない服を着ているというのは、支えられている感じがしてなんだか心強い。
 だけど、時には自分好みの服もこっそり着ていく。
 誰に何と言われようと好きなものはやっぱり好きだから。
 ある日の更衣室。
 制服を脱いだ私に、イリスちゃんは口元をおさえて噴き出しそうになった。
「先輩めちゃダサいです」
「でしょう」
 にやりと笑みを返す。
 結局私は、おしゃれと思われるより、笑ってもらう方が好きなのかもしれないと思った。

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