書き下ろしSS
縁談が来ない王妹は、狂犬騎士との結婚を命じられる
殿下と隊長のご婚約を祝う会
「お前のような見境のない女好きのろくでなしを、護衛騎士としてアメリア殿下に引き合わせるのは、俺の良心が咎めたんだが」
「副隊長、俺は見境がないんじゃなくて、あらゆる女性を愛しているんスよ」
「さすがに殿下を口説くような愚かな真似はしなかったな。その程度の分別はあるのか?」
お前もボウフラよりは賢かったのか? とでもいいたげな顔で、副隊長が聞いてくる。
俺はイラッとしたが、副隊長の深緑色の眼差しが、その呆れ切った表情とは裏腹に、刃先のような怜悧さをのぞかせていたので、俺は賢く答えることにした。
狂犬だの、呪いの魔剣だのいわれている隊長は、相手が誰であろうと躊躇なく首を刎ねることで有名だが、この名門ルーゼン家出身の副隊長は、貴族らしい根回しをしてくる男だろう。気がついたら僻地に飛ばされていました、なんてことになるのはごめんだ。俺はこの王都で女の子たちと楽しく遊びまくると決めているのだ。
だから俺は、わかり切った事実を胸を張って答えようとして───しかし俺は、我がスペンサー家が誇る、この世の愛されモテ男にして空気の読める人間だったので、とっさに返答を捻じ曲げた。
「あ~俺、殿下みたいなタイプは好みじゃないんスよね。俺はもっと胸がでか…」
最後までいわずにすんだのは、副隊長が青い顔をして俺の口をふさいだからだ。ついでに「命が惜しいなら二度というな」と念押しされた。俺はコクコクと頷きながらも、いうわけないだろ! と胸の内で叫んでいた。
俺は、俺は、本当は───!
※
「俺は本当は胸の小さい女の子だって大好きなんだよおおおおおお!!!」
「酒がまずくなるので、今すぐその口を閉じてもらえませんか。何なら永遠に黙ってほしい」
「でもっ、いえなかったんだ! 『殿下を口説いたら、殿下は俺を男として意識しちゃうでしょ? フッ、俺も罪な男っスよ。でも護衛騎士なのに、殿下が俺といて緊張するようになったら、隊長が俺の首を刎ねることが確定しちゃうんスよ、ハハハ』とは、いえなかったんだよおおお!!!」
俺の腹の底からの嘆きも、酒場の賑わいの中では、たいして響き渡ることもなくまぎれていく。
今夜は『第二回! 殿下と隊長のご婚約を祝う会』だ。
つまり近衛隊による、王都の高級レストラン貸し切りの飲み会だ。支払いは副隊長持ちということもあって、アメリア殿下付き以外の連中も押しかけてきている。総隊や陛下付きだけでなく、騎士団の奴らの顔まで見える。
まあ、他人の金で飲む酒は最高だもんな、わかるぜ。しかも大貴族の三男である副隊長になら、どれだけ奢らせても良心が痛まないというものだ。俺らが好きに飲み食いしたところで、副隊長にとってははした金だろうからな。
ちなみに、どうして第二回かというと、護衛騎士という職務上、全員が参加できる飲み会というのが不可能だからだ。よほど深夜に開催しない限り───つまり、殿下が後宮にお戻りになられた後に開始するのでない限り、必ず欠席者が出る。しかし、隊には妻帯者だっているのだし、そんな深夜から飲み始めたら離婚案件、さらに翌日の仕事に影響を出させたなら、隊長からの首刎ね案件だ。ここは合理的に、飲み会を二回しよう、ということで決着した。
疑われそうだが、断じて、タダ酒が二回飲みたいという下心ではない。一回目の飲み会は、隊長は出席していたが副隊長は欠席だったので、ちゃんと会費制だった。さすがに主賓に奢らせるほど、俺たちも外道ではない。とはいえ、まさかの飛び込みゲストもあって、結果的には奢りだったのだけど。
二回目の今回は隊長は欠席だが、副隊長は出席している。そして副隊長は主賓でも何でもないので、遠慮なく奢ってもらう。まあ、副隊長自身も上機嫌で了承していたから、大丈夫だろう。今回の婚約に一番胸をなでおろしているのは、実は副隊長なんじゃ……? と俺たちの間では囁かれている男だ。今も機嫌よく、ステージ上にあるオルガンを弾いて、レストラン専属の歌手との見事なハーモニーを響かせている。あれが完全にアドリブでできてしまうのだから、ムカつくことこの上ない。
俺が果実酒のグラスをドンと置いて、いかに胸の小さい女の子が好きかということを嘆いていると、隣から戸惑った声が上がった。
「え……? でも、殿下の、その、身体的なことについていうよりは、隊長が怖いからって理由のほうが、ずっと良くないですか……?」
俺の隣に座る新人のサイモンが、困惑顔で俺を見ている。
すると、木造りのテーブルを挟んで、俺たちの向かい側に座っているコリンが、俺への冷たい視線と、サイモンへの穏やかな眼差しを、器用に織り交ぜながら疑問に答えた。
「あの流血夜会事件より前から、副隊長は殿下と婚約しているも同然、殿下の夫最有力候補といわれていましたからね。このボウフラ先輩の率直な返答だと、副隊長に死の予告をしているも同然でしょう? ボウフラ先輩も、それを回避するだけの知能はあったんですよ」
「ちっちゃいコリンくんにはお酒よりもミルクのほうがいいんじゃないの~? 取ってきてあげようか、コリンちゃん~? それともボクちゃんはもうお家に帰って寝る時間かな~?」
「僕が永遠に黙らせてあげましょうか、ボウフラ先輩」
「羨ましいぜ、コリン。お子様枠として女性たちにちやほやされるお前がな。残念ながら、俺はもう大人の男だからさ……」
サイモンが両手を上げて、「まっ、まあまあまあ」と無意味な仲裁に入ってきた。
俺とコリンがいがみ合う───というか、この世の愛されモテ男、あらゆる女性を魅了するハンサム、さらには賢くてお金持ちという恵まれた俺に、最年少のコリンが嫉妬のあまり一方的に突っかかってきてくるのはいつものことなので、隊の連中は誰も気に留めない。しかし、サイモンだけはまだ新人のせいか、冷や汗をかきながら俺たちを見ている。
俺は慈悲深い先輩なので、話を戻してやることにした。
「わかるか、サイモン? 俺は、副隊長を思いやるがあまり、己の信念を曲げてしまったんだ……!」
「保身に走ったんでしょ」
「俺は本当は胸の小さい女性だって大好きなのにいいいいいい!!!」
「いくら貸し切りとはいえ、お店の人もいるんですよ。これ以上、近衛隊の恥を晒さないでください。あっ、店員さん、すみません、麦酒(エール)をもう一杯お願いします」
「あっ、じゃあ、俺も麦酒を」
コリンに続いて、サイモンが空のグラスを置きながら注文する。
俺は、手早くメニュー表を開くと、さっと値段を確認しながらいった。
「俺は、泡貝と練切りキノコの包み焼きに、ワール豚の塩炙り、それにスミレブドウ酒の最高クラスを一杯くれ」
「あんた、なに、高いやつばかり頼んでるんですか!? 少しは遠慮したらどうです……!?」
「はあ? なんで? あの副隊長の奢りだぞ? こういうときこそ、高いやつを食いつくすべきだろ。それともお前ら、まさか、あのルーゼン家のお坊ちゃまの財布が、この程度で痛むとでも思ってんの?」
「……すみません。僕やっぱり、麦酒じゃなくて、この百苦花の蜜酒を一杯……」
「俺はこの、踊る火の玉の夢酔いグラスというのを、辛さ最大でお願いします!」
店員が心配そうに、非常に辛いが大丈夫かということをサイモンに確認するが、新入りは元気よく頷いた。
俺はそっと、テーブルの上にある揚げ物の大皿を、自分のほうに引き寄せた。だってこいつ、マイ香辛料を持ち歩いているんだもん……。さすがに、人の食い物まで赤く染めるほど無神経ではないだろうが、酒が入っていると、人間なにをしでかすかわからない。見れば、コリンも同じように、サラダの大皿をそっとサイモンの前からどかしていた。
ややあって、店員が俺たちの追加注文分を運んできた。サイモンの前には、グラスと呼ぶには細長い筒状の容器に、真っ赤な液体が入ったシロモノが置かれる。俺とコリンは、さらに心持ち、大皿を引き寄せたが、新人は至福の表情で不気味な液体を飲んでいた。
「最高に美味しいです」
「そうか……」
俺とコリンは、目と目だけで『こいつの辛党マジでヤバくない?』『まあ、すべてがヤバいボウフラ先輩よりは良いと思います』というムカつく会話を交わした。
俺たちの引きっぷりに気づくことなく、サイモンは幸せそうにいった。
「俺、アメリア殿下付きに入ってよかったです。最初、総隊長から配属を聞いたときは、目の前が真っ暗になったし、家族に別れの手紙も書きましたけど」
「あぁ、コリンも遺言状書いたっていってたよな」
「あの狂犬隊長の下に配属されたら、誰だってそのくらいしますよ。能天気に何も準備しなかった、あんたが異常なんです」
「でも隊長って、思っていたような酷い人とは全然ちがっていて。俺、もっとこう、〝暴君〟という感じの人を想像していたんですよね。気に入らないとすぐに暴力を振るう人で、機嫌を損ねたら命はないと怯える毎日かと思っていたんですけど……、そういうの、全然ないですよね。むしろ、隊長って、すごく冷静じゃないですか? 確かに恐ろしいところはたくさんありますけど、俺、隊長が感情的に怒るところを見たことがないんですよ。すごく理性的な人ですよね」
サイモンが筒状のグラスを握りしめたまま、酒精で頬を紅潮させて、つらつらという。
「噂を鵜呑みにして申し訳なかったなって、反省してるんです。隊長、上司としてはいい人だよなって。恐ろしい発言もありますし、敵に回したら終わりでしょうけど、味方としては頼りになる人ですよね」
俺とコリンは揃って目を泳がせ、無駄にテーブルの木目を数えた。
俺が目だけで『いやあ、いい材質ですなあ』といえば、コリンも『ええ本当に、さすが王都で人気のレストラン、近衛隊の看板がなかったら貸し切りにはできなかったでしょうねえ』と頷き返す。
……などという現実逃避を終えてから、俺とコリンは曖昧な相槌を打った。
「まあ、なんていうか、なあ……?」
「ええ、まあ……、最初はそう感じる人、多いと思いますよ。最初は……」
意味が掴めないというように、サイモンはきょとんとしている。
俺は奴から目をそらし、自分のスミレブドウ酒を一口飲んでから、ため息混じりにいった。
「隊長は、確かに冷静なんだけどさ。あの人、冷静に、イカレてるんだよな……」
「理性的なんですけどね……、そもそもの理(ことわり)がずれているんですよね……」
「あー、わかる。冷静に理がズレてんだよな。だから、暴力的じゃねえけど、暴力の塊みたいな男なんだよ」
「そう、それです。隊長は、このボウフラ先輩のように『てめえ殺すぞ』なんて脅し文句は吐きませんが」
「俺だって吐かないけどな!?」
「しかし、隊長が『殺す』と考えたときには、すでに相手の首は飛んでいるんですよ。隊長は、脅し文句を口にする必要がないんです。あの人は、人の皮を被った呪いの魔剣みたいな人なので。威圧も脅迫もなく、ただ結果だけがあるんです」
俺とコリンが口々に言うと、サイモンは頬を引きつらせた。
「それは、さすがに言い過ぎっていうか、冗談ですよね……?」
「よく考えてみろ、サイモン。あのクソ狂犬隊長は、夜会で首を飛ばした男だぞ」
俺がいうと、コリンも深く頷いた。
「あれは最悪でしたよね。普通に考えて、まず拘束したらいいじゃないですか。隊長の実力なら、殺さずに無力化することなんて、たやすいはずなのに、どうして真っ先に首を飛ばすかな」
「そりゃ、お前、『殿下の身の安全を確保するのに最善の手段だった』っていうだろ、隊長なら……」
俺とコリンは葬式のような顔になったが、サイモンだけは、まるで突破口を見つけたかのように瞳を輝かせた。
「そうですよ、殿下が夫に選んだ方ですよ、隊長は! あの聡明な殿下が望まれたんですから、そんなに酷い男じゃないでしょう」
「あー、それなあ。殿下もどうして隊長だったんだろうなあ。これはもはや、王国の七不思議だよな」
「まあ……、アメリア殿下は、度量の大きい方ですからね。隊長に多少問題があっても、寛容に受け入れられたのかもしれません」
「多少じゃねえじゃん、問題」
「殿下の懐の広さが、隊長の狂気に勝(まさ)ったんです。そういうことにしておきましょう」
俺とコリンが、うむうむと頷き合う。
しかし、サイモンは最後の悪あがきのようにいった。
「でもっ、アメリア殿下は、本当に隊長にお心を寄せていらっしゃると思いますよ! あの二人が甘い雰囲気になっているの、俺、見たことありますから!」
「そりゃそうだろ」
俺があっさり頷くと、サイモンは話がちがうといわんばかりの顔をしたが、俺は片手をひらひらと振っていってやった。
「隊長にとっては、この世のすべてより殿下の御心が優先されるんだよ。たとえ、隊長が死ぬほど殿下に惚れていたとしても、殿下が望まないなら、隊長は絶対に婚約を了承してねえよ。そういうヤベー男なのよ、隊長は」
サイモンはなおも納得のいかない顔をしていたが、あと半年も経てば、俺の言葉の正しさを理解して、俺へ尊敬のまなざしを向けてくることだろう。
その光景がありありと目に浮かび、俺は上機嫌でメニューを開くと、お高い酒とつまみを制覇するために、再び店員を呼んだのだった。