書き下ろしSS

をそんな二つ名で呼ばないで下さい! じゃじゃ馬姫の天下取り

クローヴェル様の癖

 私の夫、クローヴェル様は本がお好きだ。
 暇さえあれば本を読んでいらっしゃる。性格が几帳面であるため、一冊の本を読み始めるとその本が終わるまで他の本には手を付けない。そして、読んだ本と関連する本があれば続けてそれも読む。
 そして、本の内容に興味が湧けば、同じ本を何回も読み返すタイプだった。乱読派で一度読んだ本を読み返す事など滅多に無い私とは、同じ読書好きでも違っていて面白いわね。
 ただ、読み始めるとかなり没頭するのは二人とも同じだった。なので休日などに二人して本を積んで並んで読み始めると、向かい合ってソファーに座っているのに半日くらい何も会話をしないという事が普通にある。
 侍女がそれを見て呆れていたけど、読書中に声を掛けられて集中力が切れてしまうと、私はイライラしてしまうので、クローヴェル様も同じだと思うの。
 でも、自分が一冊の本を読み終えてお茶を飲んでいるのに、クローヴェル様が本に没頭しているとつまらないのは確かだ。逆のタイミングもあるのだから勝手な話ではあるけどね。
 そういう時は、私はお茶を飲みながらクローヴェル様の事をぼんやりと眺める。
 くすんだ金髪と女性よりも白い頬。文字を追って動く紺碧色の瞳。長いまつ毛。うふふふ。うちの旦那様って美男子よね。
 そうやって眺めていて、ある時気が付いた。本に向けて顔が伏せられているから分かり難かったけど、良く見るとクローヴェル様の麗しい唇が少し動いている。
 あら? 私はちょっと興味が出て、クローヴェル様に気が付かれないように、そーっと近付いた。そして、クローヴェル様の後ろから、そっと耳を寄せてみる。
「冬の女神が大女神に命じられて世界を白銀色へと変えるのだ。山は白く川は凍り風は乾き太陽は鋭く・・・・・・」
 あら。どうやらクローヴェル様は本を読みながらそれをごく小さな声で口から出してしまう癖があるようだ。
 何回か聞き耳を立ててみた結果、それはクローヴェル様がお好きな詩集や、小説などの場合に限られる事が分かった。地理書とか農書なんかの時はなさらなかった。
 そういえばクローヴェル様はエキックの詩が好きだと言っていたものね。ちょと懐かしく思い出す。
 思い出すと言えばプロポーズだわね。今思い出しても恥ずかしいくらいロマンチックなプロポーズ。顔がにやけてしまうわ。
 でもね。そういえばあれ以来、クローヴェル様はあんなロマンチックな事はなさらないのよね。
 もちろん「好きですよ」「愛していますよ」とはそれこそ毎日言ってくれるし、もちろんそれは嬉しいのだけど、修辞に凝った愛の言葉は言って下さらないのだ。
 そりゃもちろん、夫婦の間にそんな大仰な愛の言葉が飛び交うのはおかしいとは思うけどね。でも、その、たまにはね。恋愛小説なんかを読んでいると、言われたくなるのよ。
 ・・・・・・そうだ!
 私はその日、クローヴェル様に一冊の本を差し出した。
「何ですか? これは?」
「今日はこれを読んでみませんか? クローヴェル様」
 それは恋愛小説だった。甘い言葉が満載な。クローヴェル様は首を傾げながらだけど一応了承してくれた。
 そしていつものように二人で読書に没頭する。私はふりだが。
 私はクローヴェル様が完全に集中したタイミングを見計らって、私は彼の後ろに回り、後頭部に耳を寄せる。
「おお、我が愛しの恋人よ。我が太陽、我が春、我が光の全てよ。貴女さえいれば私の世界は常に明るく保たれ、何もかもが輝いて映るでしょう。どうかいつまでも私の側にいて下さい」
 うふふふふ。狙い通りだ。クローヴェル様の癖を利用して、私に小説に描かれた愛の言葉を言わせよう作戦大成功。私はニヤニヤしながらクローヴェル様の後ろでうっとりと彼の美声で呟かれる愛の言葉に浸っていた。
「・・・・・・満足しましたか? リュー」
 はうっ! 見るとクローヴェル様が苦笑しながら私の方を向いていた。私は顔真っ赤だ。
「い、いつからお気付きだったのですか?」
「最初からですよ。甘い描写で有名なこの小説を持ってきた時点で何か企んでいると思っていました」
 知っていて乗ってくるのだからクローヴェル様もお人が悪い。
 クローヴェル様は笑って私の頭を抱き寄せて私の頬にキスをなさった。
「こんな台詞、貴女の為なら何時でも言ってあげますよ。ただ、私には詩才が無いので、どこかからの引用になってしまいますけど、それは勘弁して下さいね」
 というわけで、それからは週に一度くらい、クローヴェル様は頑張ってロマンチックな愛の告白をしてくれるようになったのでした。

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