書き下ろしSS

は影の英雄じゃありません! 世界屈指の魔術師?……なにそれ(棒)3

水着

 これはフィルがアリシアから招待状をもらってすぐの話だ。
 フィル・サレマバートは水上都市に行く前、色々と準備をしてきた。
 水上都市は海が有名だ。四方が海で覆われているということもあって、各地にビーチが整備されている。
 そのため、行くのであれば「水着はいるよな……」と、思うのは当たり前。海産物だけ堪能するのもアリだが、遊び人のフィルがこのようなスポットを見逃すわけがない。
 ということもあって、一旦フィルは水着を用意しようと思っていたのだが───

「フィル……あなた、水着の女の子を見たいの?」

 というのが、今日のこと。
 ただただ水着を買いに行こうとしただけなのに、この言われようである。
「待て待て待て、流石に落ち着こう。水着を買いに行くだけの対応にしては振り上げた拳が怖すぎる」
「どうせ私はそこまでないわよ」
「八つ当たりにも程がある……ッ!」
 フィルの執務室で起きたこと。
 相も変わらずメイド服を着ている公爵家のメイドは、どうやら水着にかなりの偏見と抵抗があるようだ。
 それは、現在進行形で振り上げられている拳を見てよく分かる。
「だが、水上都市と言えば海だろう!? せっかく信徒限定の観光地に遊びに行くのに、こういうレジャースポットに足を運ばないのはいかがなものか!?」
「むぅ……それはそうなんだけど」
 カルアが振り上げた拳を下ろしながら頬を膨らませた。
 彼女自身、行きたいか行きたくないかで言われれば行きたいと口にする。
 しかし、ビーチともなれば他の観光客もいるだろう───そして、他の観光客がいれば必然的に見比べられてしまう恐れがある。
 絶壁でもなければ水平線でもない……ないのだが、立派な丘がいらっしゃればフィル・サレマバートならそっちを見るに決まっている。そう、決まっているのだッッッ!!!
「……当日に目を潰しておけば大丈夫かしら」
「お前は俺になんの恨みがあるんだ」
 発想が中々猟奇的な少女であった。
「そうは言うけど、海なんかに行ったらフィルは絶対下心オープンで闊歩しちゃうじゃない」
「うーむ……十一割ぐらいないとは言い切れん」
「一割はみ出ちゃってるわよ」
 この男、下心をオープンする気満々である。
 こういう人間だと分かっているからこそ、カルアはあまり乗り気にはなれないのだ。
「……私だって、ちゃんとあれば堂々と言ったのに」
 カルアが視線を落としながら口にする。
 それを見て、フィルは椅子の背もたれにもたれ掛かりながら首を傾げた。
「いや、別に渋るような話じゃねぇだろ? カルアの水着姿なんて、可愛い以外の言葉が見当たらないだろうに」
「え?」
「ん?」
 さも当たり前のように口にされた言葉。
 カルアは一瞬疑問に思ったが、すぐに顔を真っ赤しにしてその場に蹲ってしまった。
「……ズルい」
「ズルいって言われてもなぁ」
 フィルは脳裏にカルアの水着姿を想像して思い浮かべる。
 引き締まったクビレ、魅惑的な足、確かに胸は控えめかもしれないが、それ以上に大人びて美しい姿。
 想像しただけでこれなのだ。
 実際に見てみれば、きっとこれ以上なのだと容易に予想ができる。
(んー……そんなに卑下するもんじゃないが)
 とはいえ、確かにこれまで出会ってきた女性は比較的胸が大きかった気もする。
 イリヤとリリィは幼いから置いておくとしても、キラやミリス、シェリーといった美少女達は素晴らしいものをお持ちであった。
 そういう人達と出会ってしまったからこそ、もしかしなくてもカルアに自信がないのかもしれない。
(まぁ、元気づけてやるか)
 せっかく水上都市に行くわけだし、と。
 フィルは立ち上がって、顔を赤くして蹲っているカルアへと近づく。
 そして、そっと肩に手を置き───

「貧乳でもいいことはあるぜ☆」
「…………」

 フィルの両目に、華麗なグーパンチが突き刺さったらしい。

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