書き下ろしSS
華麗なる悪女になりたいわ! ~愛され転生少女は、楽しい二度目の人生を送ります~
ミーティア・リュミオールの華麗なる一日
ミーティア・リュミオールの朝は早い。
薄暗い明け方の部屋でミーティアは身体を起こす。
目を擦り、あくびをし、うんと伸びをしてから部屋を出てトイレに行く。
清潔な洗面台で顔を洗い、ぼさぼさの頭を簡単に整える。
大抵の貴族は身支度を使用人にさせるものだけど、ミーティアはできることは自分でしたいタイプだった。
それは貧乏貴族家の娘だった前世で習慣になっていたし、一人で服を着替えることができない貴族たちの姿は何か間違っているように感じられた。
生きていく中で大切な何かがそこには失われてしまっているように見える。
ミーティアはそんな大人になりたくなかったし、自分を誇示するために使用人に負担をかけるなんて三流のすることだと思っていた。
(私は一流の悪女だから、自分のことは自分でこなせちゃうのよ!)
ふふん、と悦に浸りつつ木の台から降りる。手作りの風合いが漂うその台は、洗面台に身長が届かないミーティアにとっては必需品のひとつだ。
使い終えると洗面台下の収納スペースに片付ける。最後に一度鏡で自分の顔を確認する。
完璧な身支度ができたことに満足して、鼻歌を歌いつつ洗面台を後にする。
その後ろ髪には寝癖がついている。洗面台にはいくつもの水滴が飛び散っている。
しかし、ミーティアは気づいていないので彼女の中では完璧な身支度ができたことになっている。
「おはようございます、ミーティア様」
ヴィンセントは既に日課である銀器磨きを終えている。
やわらかく優雅な所作は、早朝のそれとは思えない。
本当にできる人ですごいな、とミーティアは感心する。
そして、そんな人がスパイ小説のなりきりごっこ遊び好きだという事実に目を細める。
「あ、ミーティア様! 今御髪を整えますね」
シエルの言葉にうなずいて自室に戻る。
椅子に腰掛けて、後ろ髪を櫛で整えてもらう。
既に髪は完璧に整えてあるので必要ないとは思いつつも、シエルの仕事を奪ってはいけない。
頭を撫でられる猫のように目を細めつつ、床に届かない足先をぶらぶらさせる。
こうして、ミーティアの後ろ髪は人知れず綺麗に整えられている。
三人で朝食を食べる。カラメルソースのような焼き色のついたトーストに、シエルがバターを塗り、砂糖をまぶす。甘い幸せ味を堪能してから、牛乳を飲む。おかわりもして、身長を伸ばすための栄養源をしっかり確保する。
朝食を終えると、作業着に着替えてほっかむりを被る。貴族令嬢として、絶対にしてはいけない服装なのだが、だからこそルールを破る喜びにミーティアは口角を上げる。
『さすが前例や慣習に縛られない最強の悪女な私!』と自画自賛しつつ、畑に鍬を入れる。《土に栄養を与える魔法》をかけて、土をかき混ぜる。
隣の畑でナディアおばあちゃんが優しい目で見ている。悪女とはまったく思われていないのだが、ミーティアの中では悪女への畏敬の念ということになっている。
農園ではミーティアが雇っている領民さんたちが働いている。一日の収穫作業が終わると、採れたての農作物の仕分けをする。
大きく形の良いものはブランド力が強い商会に出荷し、中くらいでそれなりの形のものは販売力に優れた商会に出荷する。小さく不揃いのものは、みんなに配ったりスープに入れていただく。見た目がよくない熟しすぎている野菜が、実は濃厚で美味しいのはリネージュ領だけの秘密だ。
お昼ご飯を食べた後は、執筆の時間だ。《紅の書》を開いて妄想の設定や生活魔法を使ってのかっこいい戦い方を考える。詩を書いたり、自分を主人公にした小説を書いたりもする。『もしかして私才能あるかも!』と思い目を細める。でも、次の日に読み返すと『へ、へたすぎる!』と愕然としたりもする。
だけど、基本的には楽しい時間の方が多い。そこには自分の好きなものがいっぱい詰まっている。
書くのに飽きてくると読書をして過ごす。領地経営に重要な文献を読んだり、流行している小説を読んだりする。今日は魔法国の国民的作家とされる大家の新作小説だった。それなりにいいけど、前作の方が好きだな、と思う。もっと言うと、こっちの売れてない作家さんの作品の方が好きだとか思う。やはり私は異端の感性。しかし、この作品もそこそこ面白いのであと三回くらい読んであげようと思う。
夕食の後は悪女の時間。
領民出身のエージェントさんたちが収集してきてくれた資料を読む。かっこよく決めポーズを取りつつ次の指示を伝える。わからないところもあるけれど、ヴィンセントが良い感じにフォローしてくれる。
「あえてわからないふりをし、我々に考えさせて気づかせてくれたのですね」とヴィンセントが言う。
「その通りよ」とミーティアは言う。
全然わかってないけれど、わかっているということにしておく。
やるべきことを終えるとお風呂に入り、遅くても九時にはお布団に入る。
充実した一日を過ごした疲労がミーティアを深い夢の中に誘う。
寝相はあまりよくない。布団を蹴飛ばし、ベッドの上でダイナミックに体勢を変える。開いた口からよだれが垂れている。
こうして、ミーティアの華麗なる一日は終わる。
華麗と言ったら華麗なのである。彼女の中では。