書き下ろしSS
「君を愛することはない」と言った氷の魔術師様の片思い相手が、変装した私だった
二人の冒険
きっかけはお屋敷の庭に転がっていた一枚の広告だった。
『寝てるだけで毎分お金が入ってくる副業』
お金がすべてとは思わないけれど、お金というのは大切なもの。
何より寝てるだけ、という甘い響きがフィーネを強く惹きつけた。
しかし、人より社会経験が少なく世間知らずな自分だ。
(とりあえず世の中を知っている人に相談することにしましょう)
フィーネは近くにいた侍女のミアに相談することにした。
木陰でダンゴムシさんの観察にいそしむミアは、ウェストミース家とクロイツフェルト家で侍女を務めた経験を持つ立派な社会人女性である。
社会的常識を備えた先輩大人女子であるミアは、広告を見て言った。
「すごいものを拾いましたね、フィーネ様。こんな仕事があるなんて……!」
声をふるわせて「都会ってやっぱりすごいところなんだ」とつぶやいている。
どうやら予想通りとても魅力的なお仕事らしい。
「この毎分入ってくるお金ってどれくらいなの?」
「どれくらいって言いますと?」
「私、外でお買い物とかしたことないから」
「壮絶な生まれと育ちをしてますもんね……」
瞳を潤ませるミア。
「このお金は、大体私の一日分のお手当くらいですね」
「焼きたてのパンが二十個くらい変えたりするのかしら」
「百個くらいいけるんじゃないでしょうか」
「百!?」
フィーネは絶句した。
「ま、毎分パン百個買えるお金が入ってくるの!? 寝てるだけで!?」
「だからこそこれはすさまじいお仕事なんです。いったいどうやってこんな労働環境を実現させているのでしょう」
「きっとすごく頭の良い人たちが頭の良いことをやっているのよ」
「間違いありませんね。世界中の罪のない大人たちからほんの少しずつお金を巻き上げるシステムとか構築してるに違いないですよ」
「とんでもない頭脳派集団だわ。これはどんな手を使ってでも絶対に応募しないと」
「そうですね。私も是非応募したいです」
「このことは私たち二人だけの秘密ね」
フィーネは広告を大切に仕舞ってから、新しいお仕事への期待に胸を膨らませた。
『絶対ろくな話じゃないからやめておきなさい』
フィーネが拾ってきた広告を読んだ幽霊さんは眉をひそめて言った。
『昔からよくあるんだよ、こういうの。おいしい儲け話には必ず裏があるの。だって、本当に魅力的なら人に紹介せず自分で稼いだ方が得するわけだし』
「一人じゃできない仕事なのかもしれないじゃない。もしくは、みんなを幸せにしたいって熱意と情熱を持った人なのかも」
『そういう人はこんな怪しいことしないから。もっとちゃんとした仕事してるから』
やれやれ、これだから頭の固い大人は、とフィーネは肩をすくめる。
(今回はミアと二人だけでやりましょう。うるさそうだから、幽霊さんには気づかれないように)
考えた計画を伝えると、ミアは驚いた様子で息を呑んだ。
「いいのですか。シオン様に内緒で」
「問題ないわ。ミア、こんな言葉を知ってる? 『バレなきゃ何も問題ない』」
「い、いいのでしょうか……」
ミアは最後まで迷っていたが、結局魅力的すぎるお仕事の誘惑を振り払うことができなかったらしい。
「それじゃ、行きましょうか」
昼食を食べた後、こっそりお屋敷を抜け出して二人で広告に書かれた住所へ向かう。
都会に不慣れな二人なのでたどり着くまでには少し時間がかかった。
「お金が入ったらフィーネ様は何をしたいですか?」
「私は本がほしいかしら。あと、大切な人たちへのプレゼントを買いたいかなって」
「いいですね。お金持ちになってたくさん買っちゃいましょう」
期待に胸を弾ませる二人。
しかし、到着したその場所は想像していたのとは少し違っていた。
人通りの少ない街の片隅。ボロボロの建物を困惑しつつ見上げる。
「よくぞお越し下さいました。どうぞこちらへ」
案内されたのは煙草の煙が漂う地下室だった。
席についた二人を四人の男達が取り囲む。
かちゃりと鍵がかかる音がしてミアは身体をふるわせた。
それから聞かされたのは、期待していたのとはまったく違う話だった。
応募には前金が必要なこと。
支払い義務はこの部屋に入った時点で発生していること。
この人達は、募集につられた人たちを脅迫し、お金をむしり取って生活しているのだとフィーネは理解した。
「ごめん、ミア。少し眠ってて」
怯えるミアを魔法で眠らせてから、取り囲む男たちにフィーネは言う。
「ねえ、この世の中にはね。絶対に怒らせてはいけない相手がいるの。知ってる?」
「怒らせてはいけない相手?」
「私よ」
強烈な魔力圧に白目を剥いて崩れ落ちる男達。
フィーネは気絶した男達を植物魔法で簀巻きにして床に並べてから、近くの自警団に、詐欺集団の悪行と所在を報告した。
眠ったミアを背中におんぶしつつ、お屋敷への帰り道を歩く。
「いるのはわかってるから。隠れてないで出てきなさいよ」
『気づかれてたか』
フィーネの言葉に、姿を見せたのは幽霊さんだった。
「折角だし話し相手になって。帰り道暇だから」
『うん、わかった』
幽霊さんはフィーネに、にっこり目を細めて言う。
『でも、うれしかったな。君、僕にプレゼントを買いたいなんて思ってるんだ』
「うるさい」
照れくさくて思わずそっぽを向く。
赤くなり始めた日差しが三人を照らしていた。