書き下ろしSS
誤解された『身代わりの魔女』は、国王から最初の恋と最後の恋を捧げられる 1
幼いルピアと過保護な家族
それは私が9歳の頃のことだ。
『ディアブロ王国王太子の誕生日パーティーに出席してきます』
その一言ともに、フェリクス様が我が国に向かって出発した夢を見た。
そのため、私はびっくりしてお兄様の部屋に押し掛ける。
「お兄様、フェリクス様が再びディアブロ王国に来るというのは本当ですか? しかも、1週間後のお兄様の誕生日パーティーにですって!?」
私に詰め寄られた兄は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「お前には話をしないようにと緘口令を敷いていたのに、破った愚か者は誰だ? くそう、分かり次第、辺境の地に送ってやる!」
もちろん、誰も教えてくれなかった。
そして、それはお兄様が口止めをしていたからなのね。
「お兄様、ひどいです! 前もって教えてもらわなかったら、私はとっておきのドレスを着損ねたかもしれないじゃないですか。お兄様の誕生日に……あれ?」
発言の途中で気に掛かることがあったため、私は言い差すと首を傾げる。
「というか、私はお父様のお使いで、明日から辺境伯領に行く予定でしたよね? だから、お兄様のお誕生日パーティーには出席しないことになっていて……」
私の発言の途中でお兄様がくるりと背中を向けると、こそりこそりと扉に向かう。
その姿を目にした私は、信じられないとばかりに目を見開いた。
「えっ、嘘でしょう? まさかお父様とお兄様はけったくして、私をフェリクス様と会わせないようにかくさくしていたのですか? お、お母様ー!!」
思い当たることしかなかったため、私は急いでお兄様の部屋を後にすると、お母様のもとに向かった。
私の背後では、焦ったお兄様の声がする。
「ば、ル、ルピア! 母上に言いつけるのだけは、止め―――!!」
もちろん私は止まらない。悪いことを考えて、実行しようとしたお父様とお兄様が悪いのだ。
私はそのままお母様の部屋に行くと、2人の悪巧みを言いつけた。
すると、ちょうどお母様の部屋にいたお父様がぎくりとした様子で立ち上がり、こそりこそりと扉に向かう。
その姿は、まるで少し前のお兄様を見ているようだった。
「王?」
そんなお父様の背中に向かって、お母様がひやりとした声を掛ける。
「はい、王妃! なんでしょうか?」
その場で立ち止まり、びしりと背中を伸ばしたお父様が問い返す。
「お尋ねしますけど、あなたの妻は魔女よね? だからこそ、魔女の特性がどのようなものか、十分に分かっているわよね? それなのに、我が家の小さな魔女がお相手と会える機会を邪魔しようとしたの?」
冷えた雰囲気を出しながらお母様が尋ねると、お父様は必死な様子で言い返していた。
「だ、だが! それを言うならばあなただって、私がどれほどあなたに夢中なのかを知っているだろう!? どれほど私が魔女に魅せられているかを。そんな私にとって、あなたそっくりの小さな魔女を手放せというのは、身を切られるように辛いことだ!!」
「だから、ルピアに一生独身でいろと言うのかしら?」
「もちろん、違う! しかし、遠い外国の王族に嫁がなくとも、我が国の貴族で十分じゃないか!!」
一生懸命に言い返すお父様に向かって、お母様は不愉快そうに片方の眉を上げた。
「私の父も20年ほど前に同じことを言ったわよね。『簡単に里帰りもできなくなるから、わざわざ王族に嫁ぐものではない』と。そうしたら、あなたは私の父に何と言ったのでしたっけ?」
「ぐう。…………『魔女の特質を考えたら、家柄など関係なく、好きになった相手に嫁がせてやるべきだ。私が魔女の父親だったならば、間違いなくそうする』と」
項垂れ、一気に脱力した様子で言葉を発するお父様の言葉を聞き終わると、お母様は確認するかのように繰り返す。
「そうね、あなたははっきりとそう言ったわね」
冷たい眼差しで見上げながら、腕を組むお母様に取り縋るかのように、お父様が弱々しい目を向けた。
「くっ、あの時の私は愚か者だった。今になって振り返ると、あなたの父親の発言の方が正しかった。だが、確かに私は、あなたを妃にすることができたおかげで、ずっと幸福だったのだ。王妃よ、私が悪かった! フェリクス王子を歓迎し、ルピアと確実に引き合わせよう」
「えっ!」
お父様の言葉が終わると同時に、信じられないといった声が扉口から響く。
振り返ると、絶望的な表情をしたお兄様が立っていた。
「ち、父上、またですか! また、そんなに簡単に決断を覆そうとしているのですか! 父上はどうしていつもいつも母上に説得され、高い志を投げ捨ててしまうのですか!!」
激しくお兄様に詰め寄られたお父様が、目をきょろきょろとあちこちにさまよわせながら、ぼそりと呟く。
「それは……高い志よりも王妃が大事だからだ」
「父上、本音が漏れていますよ!! 私に対する王太子教育の一環として、そこは建前を押し通す場面でしょう!!」
「ルドガー、諦めてくれ。お前の言うことはもっともだが、王妃が怒って口をきいてくれなくなったら、建前どころではなくなり、私は部屋の隅でうずくまっているからな」
「父上……」
お兄様は残念な生き物を見る目でお父様をみつめたけれど、さすが王だけあって、お父様はそのような視線に対して微動だにしなかった。
それから1週間後、私は無事にフェリクス様を再び我が国にお迎えすることができた。
というよりも、今回の事案に反省した様子を見せた2人が、率先してフェリクス様を受け入れてくれのだ。
一国の王と王太子が、歓迎の垂れ幕を手作りしていたけれど、あれはいかがなものかしらと思う。
けれど、戸惑いながらも歓迎されていることを喜ぶ様子を見せるフェリクス様を見て、手作りの垂れ幕は正解だったのねとびっくりする。
前回の対面から1年半が経過していたけれど、その間に彼は身長が伸びて、髪色も1色から3色に変化していた。
そして、本心から嬉しそうな笑みを浮かべるフェリクス様は、もはや前回とは別人のようだった。
そのため、私は嬉しくて顔をほころばせたのだった。