書き下ろしSS
誤解された『身代わりの魔女』は、国王から最初の恋と最後の恋を捧げられる 2
【SIDEフェリクス】たとえば私が2色の髪色だったならば
―――これは、私がまだ幼い頃の話だ。
私はスターリング王家の嫡男として生を受けた。
近隣諸国の多くの国であれば、王家に一番初めに生まれた男子であることを理由に、無条件に次代の王と見做されるところだが、我が国においては事情が異なっていた。
『虹の女神信仰』。
それは人々の血となり肉となっている思想で、我がスターリング王国は女神に肥沃な土地を与えられたことから始まった、と多くの者が信じていた。
そのため、我々を救ってくださった「虹の女神」を最上の存在と敬い、虹の髪色を持つ者を「虹の女神の愛し子」として尊重する傾向にあったのだ。
そんな国に、私は王族でありながら1色の髪色で生まれた。
王族は必ず2色以上の虹色髪を持っていたから、母は決して私を自分の子だと認めようとはしなかった。次代の王とも。
「私と王の子がこのような1色の髪色であるはずがない! お前は取り違えられたのだ。ああ見苦しいその髪色!! そんなお前を決して王にはさせない!!」
幼い子どもにとって母親は絶対だ。
発言内容の根拠を求めることなく、無条件にその内容を受け入れるのだ。
そのため、幼い私は母に言われた通り、私は王家に相応しくない見苦しい者で、王になる資格を持ち合わせていないと思い込んだ。
そして、その思い込みが私を傷付けた。
―――ああ、自分は母親にすら疎まれるできの悪い存在なのだ、と。
私の考えを補強するかのように、母の影響を受けた父が、そして、臣下の者たちが、私を無価値であるかのように扱う。
それらは非常に辛い出来事だったため、母から心無い言葉を浴びせられるたびに、あるいは、臣下の者たちが1色の髪を理由に、私を侮る様子を見せるたびに、私は王宮の裏庭に行っては泣いていた。
それから、夢のようなことを考えた。
「虹の女神にもっと愛されたかったな。もしも僕の髪が2色だったならば……そうしたら、お父様とお母様は僕を好きになってくれたのに」と。
幼かった私は、そんな風に夢を見ては現実から目を背け、自分を慰めていたのだ―――叶わぬ夢だと、心のどこかでは知りながら。
―――しかし、ある日突然、奇跡が起こった。
私の8歳の誕生日に、王宮上空の端から端まで大きな虹がかかったのだ。
次に、私が従騎士になった日に。さらに、私に勲章が授与された日に。
私にとって大事な日に、繰り返し虹がかかったことで、私は初めて世界に受け入れられていると信じることができた。
そして、精神的に落ち着いたからなのか、通常よりも小柄だった身長が伸び始め、1色だった髪色が2色に変化する。
折しもその変化は、私の誕生日に合わせるかのように表れたため、集まった人々の間にどよめきが起こった。
「フェリクス様の髪色が王や王妃と同じく2色に変化された! 虹の女神がフェリクス様に次代の王たる資質をお認めになられたのだ!!」
「次の王はフェリクス様だ!!」
それから、間を置かずしてさらに3色の髪色に変化する。
「何と、3色の虹色髪など、この100年以上王家に現れた記録はございません! 素晴らしい慶事でございます!!」
「おめでとうございます、フェリクス様! 天があなた様を祝福しておられます!!」
そして、とうとう母が慈愛に満ちた笑みを浮かべて僕に手を差し伸べたのだ。
「フェリクス、私の立派な息子。お前は王になる者だったのよ」
そんな風に、『お前を決して王にはさせない!!』との前言を簡単に翻しながら。
同時に、いつだって尊大で、基本的に他者を認めない父までもが、満足した様子で私を見やる。
「フェリクス、急いで立太子の儀を準備させよう」
―――その時、私の心を占めたのは、両親に認められた喜びだった。
両親が見ているのは私の髪色だけで、再び私の髪色が1色に戻ったならば、途端に見向きもしなくなることは分かっていたが、それでもずっと罵られ、価値を否定されてきた私は愛に飢えていた。
そのため、与えられた見せかけの愛情を、両手を広げて受け入れたのだ。
「フェリクス様は大切な存在で、だからこそ、世界はあなたを愛しているわ」
けれど、真実の愛情を注がれたならば、その違いは一目瞭然で、私はルピアから与えられるものに、胸が震えるような思いを味わった。
しかしながら、当時の私は愛に飢えていた割には無頓着で、なぜルピアの言動に影響を受けるのかを考えてみようとはしなかった。
そのせいで、私はルピアの価値も、その重要性も認識することなく、毎日を過ごしてしまった。
結果―――私は彼女との10年間を失った。
自業自得だと分かってはいたものの、それは筆舌に尽くしがたい苦しみと寂しさを私にもたらした。
「……私はいつの間にかルピアの優しさと愛情に包まれて、それに慣れ切っていたのだな。だからこそ、ルピアがいない状態に戻っただけで、立っていられないほど辛い」
そして、その辛い気持ちが、私に幼い頃の望みを思い出させた。
『もしも僕の髪が2色だったならば……そうしたら、お父様とお母様は僕を好きになってくれたのに』
私はふっと自嘲する。
「幼い頃の私は、自分の真の望みが何かすら分かっていなかったのだな。髪色が変化したくらいで与えられる見せかけの愛情に、何の価値があるというのか」
両親とは異なり、私が1色の髪色であった頃から、変わらない愛情を私に与え続けてくれたルピアこそが、私が真に求める者だったのに。
私はふと、青い鳥が出てくる幼子用の童話を思い出す。
あれは、幸福を求めて様々な場所をさまよったものの、結局は初めから、望み続けていた幸福は家の中にあったという話だった。
そんな風に、子ども向けの話に込められるような簡単な教訓すら読み取れなかったのか、と自分に苦笑する。
ルピアは幼い頃からずっと私を見つめ、優しさを与え続けてくれた。
だからこそ、私は孤独でも不幸でもなかった。私はずっと彼女から守られていたのだ。
「たとえば私がこれほど頑なでも愚かでもなければ……そうしたら、ルピアを不幸にすることはなかったのに」
私を最も苦しめているのは、他ならぬ私自身が何よりも大切な彼女に苦痛を与えたという事実だった。
―――今度こそ、彼女が目覚めてさえくれたならば、ルピアには愛と喜びのみを注ぎ続けよう。
私は心の中で何度目となるか分からない同じ言葉を繰り返しながら、今日も眠り続ける妻に話しかける。
私の愛と喜びを一身に集めた妻は、私の心など知るはずもなく、穏やかな顔で眠り続けていた。