書き下ろしSS

解された『身代わりの魔女』は、国王から最初の恋と最後の恋を捧げられる 3

【SIDE国王フェリクス】文官たちと騎士たちによる王妃不老疑惑

 その日、私は執務中にどうにも眠気を覚えたため、仮眠を取ることにした。
 仮眠場所を探して周りを見回したところ、日当たりのいい場所に設置した『ルピアスペース』が目に入る。
「ルピア、少しだけ借りるよ」
 これまで一度も使用したことはなかったが、私はそう口にすると、ルピアスペース内の長椅子に座って目を瞑り、執務スペースとの間に設置されたカーテンを閉めたのだった。
 
 私は眠っていたはずだが、聞き覚えのある複数人の声が聞こえてきたため目を覚ました。
「いや、あのお姿はあり得ないでしょう! 私は驚きのあまり、瞬きをすることさえ忘れて凝視してしまいましたよ。もちろん見つめ続けていると、王から叱責されることは明白だったため、すぐに目を逸らしましたが」
「分かります! 私は『叱責される』との考えすら浮かばずに、ぼけっと見つめ続けてしまいましたからね。この10年もの間、王のもとで働いておりますが、こんな失態は初めてですよ」
 どうやら文官たちが戻ってきて、話をしているようだ。
 そうか、もう昼休憩の時間か。先ほどは、文官たちは騎士団に用があって全員出払っていたのだったな……と、夢現に思ったところで、聞き覚えのない声が響いた。
 文官たちが「騎士殿」と呼んでいるので、どうやら騎士が数人交じって話をしているようだ。
 珍しいこともあるものだなと思っていると、その騎士の声が響いた。
「王妃は王よりも年上で、御年29歳だと聞いていたが、王に伴われて中庭に現れたお姿はどう見ても10代だったぞ! 笑顔はあどけないし、ささいなことで楽しそうな様子を見せられるし、少女にしか見えなかった」
 その通りだなと、私は心の中で騎士の言葉に同意する。
 表向きは29歳ということになっているが、実際のルピアは17歳なのだから。
「オレは10年前も王妃の警護をしていたが、その時からこれっぽっちも年を取られていないように見えたな! 長年寝込まれていたためか、さらに色白で華奢になられ、お美しさに繊細さが加わっていたが、変化はそれくらいだ。確かに王妃は『妖精姫』だな。王が片時も王妃から手を離せないのも納得だ」
 騎士たちの言葉に言い返すように、文官の声が聞こえた。
「それは昔からですよ! 王はここ何年もの間、毎日のように王妃を執務室に連れてこられて、なにくれと面倒を見られていましたから。ここだけの話、王妃はもっと早くから人前に出られたのじゃないかと思います。それを王が独り占めしたくて、ずっと閉じ込めていたんですよ」
 そんなことをするものか!
 閉じ込めたいのはやまやまだが、ルピアのやりたいことを邪魔してはいけないと、今では健康のために外出することを許しているじゃないか。必ず付き添ってはいるが。
 そして、彼女と散歩をしている際、文官や騎士たちが焦がれるような表情でルピアを見ていることに気付いていたが、鋼の精神力で耐えているのだから、私は絶対に我慢強いと思う……と考えたところではっとした。
 ああ、私は思っていたよりも狭量なのだな。
 ルピアは非常に素晴らしいから、彼女の素晴らしさが万人に伝わってほしいと思いながらも、私以外の男が頬を染めてルピアを見つめていると我慢ならなくなるのだから。
 ……だが、それではダメだな。ルピアの邪魔をしないためにも、もう少し広い心を持たなければ、と決意したところで、文官がこちらに歩いてくる足音が聞こえた。
「というわけで、王の王妃への執心は尋常でないのです!」
「全くその通りでして、ルピア妃のために設えられた特別のスペースまであるのですよ! こちらです!! いやはや目に入れても痛くないほどの溺愛というのは……」
 説明をしながら笑顔でカーテンを開けた文官が、ルピアスペースの長椅子に座っている私と目が合い、ぴしりと凍り付く。
「ぎえええええええ―――!!!」
「嫉妬のあまり、王の怨霊が出た―――!!!!」
 私がルピアスペースにいるとは夢にも思わなかった文官たちにとって、渋い表情をした私は怨霊に見えたらしい。
 そのため、文官たちはその場で腰を抜かしたのだった。
 一方の騎士たちは、さすがに私を怨霊だと誤解することはなかったものの、王妃についてぺらぺらとしゃべり過ぎたことに気が付いて、慌てて両手で口元を押さえる。
 そんな文官と騎士をじろりと睨みつけると、私はその場の全員に警告した。
「今は休憩時間だ。お前たちが好き勝手に話すことを止めはしないが、一つだけ訂正しておく。ルピアのことを『妖精姫』と呼んでいたが、彼女は私の妃で既婚者だからな! 姫と呼ぶのはおかしいだろう!!」
「へえっ?」
「そ、そこですか⁉」
 全く想定外の叱責を受けた文官と騎士は驚いて目を丸くする。
 しかし、私が真顔だったため、これは本気で言っているのだと理解して、了承の印に深く頭を下げた。
 そのため、私は非常に満足し、全員を無罪放免にしたのだった。
 ―――ルピアが可愛らしいことは間違いないので、噂話をしたい気持ちはよくわかると心の中で思いながら。

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