書き下ろしSS

飾りの皇妃? なにそれ天職です!

「シャノンの運動能力テスト」

 それは、私と契約している狼の神獣、リュカオンの素朴な疑問から始まった。
「シャノンは実際どれくらい動けるんだ?」
 モフモフ尻尾をゆったりと振りながら首を傾げるリュカオン。
 貧弱、虚弱、運動神経皆無という言葉が似合いすぎる私が実際どの程度動けるのか、純粋に気になったのだろう。
「……そんなに気になる?」
「いや、そこまでではな――」
「そんなに気になるかぁ、仕方ないなぁ、シャノンちゃんの実力をリュカオンに見せてあげましょう! ルーク」
「は~い」
 名前を呼ぶと、私の主治医であるルークがどこからか姿を現した。呼んだはいいけど、まさか返事をされるとは思っていなかったからびっくりしちゃった。どこで話聞いてたんだろう。
 目を真ん丸にして硬直しているとルークがクスクスと笑った。
「そんなお化けを見るような顔をしなくても。偶然廊下を通りかかっただけですよ」
 穏やかに微笑みながらルークが部屋の中に入ってくる。
「せっかくですし、シャノン様の運動能力をテストしてみましょうか」
「うん!」
「ふふ、承知しました。ではすぐに準備しますね」

 そして、一時間後には運動能力テストの準備が整えられた。仕事が早いね。
 私も運動のできる格好に着替えて準備万端だ。髪の毛も、ルークの妹で私の侍女でもあるセレスに二つ結びにしてもらった。
 ぴょこぴょこと二つ結びを揺らしながら離宮の庭に出ると、既に白衣を脱いだルークが待っていた。
「さあシャノン様、さっそくやりましょう」
 そう言うルークの後ろにはいつの間にか簡易休憩所が設置されており、机と椅子に加えて飲み物や冷やしタオルなどが準備されていた。サポート体制が充実しすぎていてびっくりしちゃう。
 さすが主治医、私の虚弱さをよく分かってるね。
「今日はなにをするの?」
「シャノン様にやっていただくのは三種目です。本当はもっとあるんですけど、シャノン様の体力的に三種目が限界かと思いました」
「ありがとう」
 他の人が言われてたならおちょくられてるだけだと思うけど、私に関しては適正な評価だ。一緒に来ていたリュカオンもうんうんと頷いている。
「走るところは前にも見せてもらいましたから、今日は別の能力をテストしようと思います」
「は~い!」
 やる気満々の私は元気よく右手を上げて返事をした。

「一種目めはボール投げです」
 はい、と私の顔ほどの大きさのボールを渡された。どうやらこれを投げればいいらしい。
「この線から出ないように助走をつけて投げてください」
 ルークが地面に引かれた線を指さして言う。
「はーい」
 私は腕を振りかぶり、投げた。
 トスッ!
「……」
「……」
 ボールが手から離れた直後、力ないボールの着地音が聞こえてきた。
 無言でルークが飛距離を計測する。
「記録、一メートル」
「え、一メートルも飛んだんだ!」
「目標が低すぎる」
 喜ぶ私にリュカオンが哀れみの視線を向ける。
「私と同い年ってどのくらい飛ぶ……やっぱりいいや。聞かないでおく」
「賢明な判断だな」
 うんうん。よそはよそ、うちはうちだから比べることないよね。同年代記録を聞いたってショック受けるだけだし。
「よし、次いってみよー」
 シャノンちゃんは過ぎたことを気にしない主義だ。
「――次は走り幅跳びです。シャノン様がジャンプをした距離で跳躍力をチェックします」
 次は助走をつけてできるだけ遠くに飛べばいいらしい。いつの間にか離宮の庭の端に砂場のような場所が設けられていたので、怪我をしないようにそこで行う。
「砂場の前で飛んでくださいね」
「任せて」
 砂場から数メートル離れた場所から私はトテトテと走り出した。そして砂場の手前スレスレで見事にジャンプを決め、ぺしゃんと着地をする。
「――記録、五十センチ」
「おお! 結構飛んだね!」
「……」
 思ったよりもよい結果に喜ぶ私とは対象的に、リュカオンは絶句していたらしい。だけど、よい結果を残せたとルンルンな私はそれに気づかない。
「じゃあ次いってみよう!」
「はい。最後は反復横跳びです。地面にあるこの三本の線を横ステップで行ったり来たりしてください。その回数でシャノン様の敏捷性が分かります」
「おっけ~!」
 ルールは完全に理解した。
 私はやる気満々だけど、リュカオンはなぜか不安げだ。傍から見てもハラハラしているのが丸分かりで、フワフワの尻尾は忙しなく動いている。
「……反復横跳びという種目は、シャノンには難易度が高いのではないか?」
「私を舐めすぎだよリュカオン。さすがに横ステップくらいはできるって」
「シャノン、頼むから足をくじいてくれるなよ」
 真剣な顔でそう言うリュカオンに、いいお返事をした私。
 だけど――
「……足をくじくどころか、そもそも横ステップができませんでしたねぇ」
 ルークが呑気に言い放つ。
「ぐぬぬ」
 難しい。難しいよ反復横跳び。
 一回ルークにお手本を見せてもらったけど、どうしてあんなに軽々と動けているのかが分からない。しかも世の中の人の大半はできるというんだから驚きだ。私がやったらどうあがいても、斜めを向いてちょこちょこと歩いている人にしかならなかったのに。
「……もう一回やってみる」
 さっき見たルークの動きを思い出して再チャレンジだ。
「――あっ」
 ちょこまかと動いていると、足がもつれて転びそうになった。だけど光の速さでリュカオンが私と地面との間に入り込み、もっふりと私を受け止めてくれる。
「あ、ありがとうリュカオン」
「……」
 倒れ込んだ私を胴体で受け止めたリュカオンは、そのまま私を抱き込むようにぐるりと丸くなった。
 そしてボソリと呟くリュカオン。
「この弱っちい生物は我が守ってやらねばならぬ……」
 ……リュカオンの過保護スイッチを刺激しちゃったみたいだ。
 そんな私達を横目に、ルークは手元の紙になにやら書き込んでいる。
「反復横跳びは測定不能、っと。うん、概ね予想通りの結果です。……って、もう聞いてませんね」
 その後、過保護を拗らせたリュカオンはしばらく私に巻きついて離れなかった。
 リュカオンの想像よりも遥かにへなちょこでごめんね。
 リュカオンに心配をかけたことを申し訳なく思いつつも、運動をして疲れていた私はリュカオンの毛皮に埋もれてスヤスヤとお昼寝をしてしまった。

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