書き下ろしSS

役令嬢の矜持1〜私の破滅を対価に、最愛の人に祝福を。〜

悪役令嬢の独白

 ウェルミィは8歳の時に、エルネスト伯爵家に後妻の連れ子として迎えられた。

 伯爵家には、同い年でちょっとだけ早く生まれたお義姉様がいた。
 落ち着いた色の銀髪と紫のきれいな目のその人は、イオーラという名前だった。

『お姫さまみたいね!』

 はじめて会った時、思わずそう口にしたら、お義姉様は驚いていた。

 ウェルミィ自身は、プラチナブロンドの髪と朱色の瞳をしているので、お母様に『天使のようだわ』とほめられることが多い。

 けれど、お義姉様はすごく大人びて見えて、ウェルミィはその色合いがとってもうらやましかった。
 それにお義姉様は見た目だけじゃなくて、中身もかしこくて、やさしくて、いつもニコニコしていて。

 だからウェルミィは、お義姉様が大好きだった。

 領地と王都を行ったり来たりするのだけれど、領地の伯爵家にいる時は、ばあやとお義姉様を連れて、ウェルミィはよく家を探検していた。

 家もお庭もとっても広くて、まだまだ行けていないところがいっぱいある。
 お義姉様は、あんまり追いかけっこやかくれんぼをしたことがなかったみたいで、そういう遊びをする時はウェルミィの方が教えることが多かった。

 でも、お義姉様は勉強がよくできて、ご本もいっぱい読んでいて、読み書きとか計算とか、歴史とか、そういうのはウェルミィが教えられる立場だった。

 お義姉様がやさしいから、二人の関係は上手くいっていたと思う。
 でも、ウェルミィがあんまり気を使えないから、たまに失敗してしまう。

 たとえば、いつもお義姉様が身につけているキラキラした首かざり。

「お義姉様は、いつもそのキレイな首かざりをつけているのね! とってもステキ!」

 そうウェルミィがほめた時、お義姉様は少し悲しそうな笑顔で答えた。

「これは、お母様の形見なの」

 あ、と思ったけど、その話をする前には戻れなかった。
 けれどお義姉様は、ウェルミィが『しまった!』って顔をすると、すぐに気づいてこう言うのだ。

「ほめてくれて、うれしいわ」

 そんな訳ないのに。
 お母様は後妻で、お父様の愛人だった。

 ウェルミィとお義姉様の血は半分だけつながっていて、歳があんまり変わらないのは、『そういうこと』なのだ。
 
 お母様を亡くして、お父様もそんなだから、お義姉様はきっととても傷ついているのに。
 
「ごめんなさい……」

 ウェルミィがしょんぼりしながら謝ると、お義姉様は首を横に振って頭をなでてくれた。

「謝らないで。ウェルミィはいい子ね」

 そうすると、このお屋敷に来た時からお世話をしてくれているばあやが、ニコニコ笑いながら、そんなお義姉様の頭をなでるのだ。

「お二人とも良い子ですよ。ばあやはそんなお二人のお世話ができて幸せ者ですねぇ」
 
 それを見ながら、ウェルミィはすごく考えた。
 
 ―――そうだわ!

 お義姉様の首かざりがとっても素敵だから、同じ色の石を見つけてきておそろいになったら、首かざりをほめても悲しい顔はしなくなるかもしれない。

『ありがとう。ウェルミィの首かざりも、とっても素敵よ』

 って、言ってくれるはず。

 だって、本当に素敵なんだもの。
 それに、お義姉様のお母様との思い出があるはずなのに、ほめられて悲しくなるなんて、そんなのダメだもの。

「お義姉様、今度、河原に石をひろいに行きたいわ!」
「石?」

 お義姉様が戸惑った顔をするのに、ウェルミィは満面の笑みで頷いた。

「河原には、きれいな石が落ちてるのよ!」
「そう、なの?」
「うん! ねぇばあや、いいでしょう!?」
「そうですねぇ。もうちょっと、あったかくなって、大きくなったらにしましょうねぇ。ここのお庭にも、川はありますからねぇ」
「お庭に川があるの!?」

 ウェルミィが目を丸くすると、お義姉様はうなずいた。

「領地のお庭は、この辺りの水源になっているお山の近くに建てられているのよ」

 その水源の山から溜池につながる川が、伯爵家の庭を通っているらしい。

「すごいわね!」

 やっぱり、伯爵家のお庭は広いのだ。
 今すぐに行きたくてたまらなかったけれど、ばあやの言うことは聞かないといけない。

 だからウェルミィは、その年は我慢した。

 だけれど、ばあやが年取ってお世話ができなくなって、居なくなって。
 新しく来た、歳が二つしか離れていないオレイアという少女がそば付きになって。

 翌年に、ウェルミィはばあやの言いつけを守らず川に行き……見つけた石をひろうために川の近くに行きすぎて、足を滑らせてしまった。

 冷たい川に落ちて高熱を出したウェルミィを、お義姉様は一生懸命看病してくれた。

 熱も引いて元気になった後、ひろった石にヒモを通して、首かざりにして。
 お義姉様に見せようと、ワクワクしながらウェルミィはまた、お義姉様の首かざりをほめる。

『お義姉様の首かざりは、いつ見てもすてきね!』

 すると、ウェルミィの母、イザベラがたまたま居て……笑顔で、こう言ったのだ。


『そうね。そのネックレスは、ウェルミィの方が似合うわね』


 と。

 そして、お義姉様からそれを奪い取って、ウェルミィに渡して来た。

 呆然とした。

『私も作ったのよ、おそろいね!』

 ウェルミィは、そう言いたかっただけなのに。
 なんで母は、こんなことをするのだろう。

 これは、お義姉様のお母様の形見なのに。
 大事なものなのに。

 ばあやがいなくなってから、ウェルミィが川に落ちてから、母はお義姉様に辛く当たるようになった。

 何が気に入らないのか、全然分からない。
 お義姉様はあんなにすてきなのに。

 首かざりを返すと、もっとひどいことになりそうな気がしたから、ひろった石の首かざりと一緒に、そっとしまった。
 いつか、お義姉様に返した時に、今度こそ自慢しないといけないから。

 その後、お義姉様の扱いはますます酷くなって、離れに暮らすようになって。
 10歳の頃、ウェルミィには家庭教師(ガヴァネス)がついた。

 コールウェラ夫人と名乗ったその女性は、厳しいけれど、すごい人で。
 家令が、『彼女は王妃様の教師をつとめたこともある、素晴らしい方だ』と言っていたのを聞いて、納得した。

『夫人は、何でエルネスト伯爵家に来られたのですか?』

 そう訊ねると。

『前エルネスト伯爵夫人とお約束したのです。生まれた子が女の子ならば、わたくしに任せて欲しい、と』

 という回答が、返ってきた。
 コールウェラ夫人は、子を産んだ後からお義姉様のお母様に会えていなかったらしく、領地の屋敷に引き篭もっていた彼女の現状も、分かっていないのだ。

 ―――この人は、本当はお義姉様の教育をしに来られたのだわ。

 そして、エルネスト伯爵家の事情を知らない。
 ウェルミィが後妻の娘であることも、前夫人の娘がお義姉様であることも、きっと知らないのだ。

 だから……もうお話しすることすら難しいくらいに、心の距離が離れてしまったお義姉様のことを、お願いしようと思った。

 社交界にデビューした時、苦労しないように。
 事情を知れば、コールウェラ夫人は上手くはからってくれるだろう。

 だから、家庭教師が誰なのかなんて気にもしない、そしてウェルミィに甘いお父様にお願いした。

『ねぇお父様。今の家庭教師はきびしいの。私、辛くて。あの人は、お義姉様の家庭教師にするのが良いのじゃないかしら』

 なぜか、お母様同様に……実の父親のはずなのに……お義姉様に辛く当たるお父様は、その言葉に喜んで家庭教師を代えてくれた。

 ―――これで良いわ。

 この家に、お義姉様の味方は、ウェルミィと、家令と、侍女のオレイアしかいない。

 エルネスト伯爵家から、殺される前にお義姉様をにがす。
 ウェルミィは12歳になった時に、そう決意した。
 
 時間はかかるかもしれないけれど、必ず。

 ―――待っていてね、お義姉様。

 おそろいの首かざりを身につける日は、それをお互いにほめ合う日は、もう来ない。

 そう思いながらウェルミィは。

 18歳になって、売られるように嫁いでいくお義姉様のためにこっそり用意した宝飾類の中に、形見の首かざりをそっと忍ばせる。

 そして自分の拙い首かざりは、自分の宝石箱に戻した。

 お義姉様を助ける準備は整ったのだ。
 お父様が飛びついた、お義姉様の美味しい縁談話は、ウェルミィが仕組んだもの。

 お義姉様は嫁ぎ先で幸せに暮らすだろう。

 そしてお母様とお父様は、ウェルミィ諸共に没落する。
 悪女として振る舞い、エルネスト伯爵家を潰すこと。
 
 それが、ウェルミィの選んだ、お義姉様を救う方法だったから。

 ―――私の破滅を対価に。

 ウェルミィは準備を整えながら、その時が訪れるのを静かに待ち続けた。

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