書き下ろしSS

女が「甘やかしてくれる優しい旦那様」を募集したら国王陛下が立候補してきた

ある神官から見たステイシー

 お初にお目に掛かります。私は、クライフ王国星女神教会の神官です。
 私は一応、貴族の娘ということになっています。一応、が付くのは、貴族令嬢でありながら駆け落ちをした母が身分の低い父との間に産んだ子だからです。両親は揃って事故死し私は母方の祖父母に引き取られましたが、祖父母が私を持て余していることは子どもながらに分かっていました。
 私は十二歳になった次の日、星女神教会の神官になりたい、と祖父母に申し出ました。私の魔力は並程度でしたが、このまま腫れ物に触れるような扱いを受け続けるよりは神官になる方がいい、と思ったのです。
 星女神教会は、厄介な身の上の私のことも温かく迎え入れてくれました。私の指導係になったのは、濃い灰色の長い髪を持つ神官でした。
「星女神教会へようこそ。私は、ステイシー。これから一緒に頑張りましょうね」
 五つ年上の神官――ステイシー様はそう言って、私の手を握って微笑んでくれました。久しぶりに触れた人のぬくもりは、何年経っても忘れることがありませんでした。

 私はステイシー様の後輩になり、その働きぶりを間近で見ることになりました。
 ステイシー様は、リートベルフ伯爵の婚外子でした。実母の死後に貴族の家に引き取られた……というところまでは私と似ていたけれど、ステイシー様は私よりもっと過酷な日々を送ってきたのだと後に知りました。
 そんな人生を歩んできたからでしょうか。ステイシー様は神官として優秀なだけでなく、とても強い女性でした。肝が据わっていて、魔物退治や盗賊捕縛などにも積極的に参加してらっしゃいました。
 いつもは気さくで明るい雰囲気のステイシー様ですが、戦闘となると目の色を変えます。先陣を切って敵の中に突っ込んでいき、光だけでなく高度な空間の魔法をも駆使して、魔物をなぎ倒していきます。
 私も、ステイシー様みたいに勇敢に戦いたい。……そう思い張り切って臨んだ初陣で、私は何もできませんでした。襲い来る魔物が怖くてへたり込み泣くだけで、全く役に立てませんでした。
「す、すみません、ステイシー様。私、足を引っ張って……」
「気にしない気にしない。最初はそういうものよ」
 結局私は何もできずステイシー様一人で魔物を倒すことになった戦闘の後で、謝罪する私の背中を叩き、ステイシー様は笑顔でおっしゃいました。
「誰だって失敗はあるものよ。私なんか、あなたと比べものにならないくらいの大失敗をしでかして先輩にむちゃくちゃ叱られたことがあるんだから」
「そ、そうなのですか?」
 私を引っ張って立たせ、歩きながらステイシー様はおっしゃいます。
「ええ。……ここだけの秘密だけど、二年くらい前に私、とんでもないことをしてしまったのよ。聞く?」
「は、はい」
 完璧なステイシー様の、失敗談ですって……!?
 思わず涙も引っ込み前のめりになった私に顔を近づけ、まるで内緒の話をしているかのようにステイシー様は話されました。
「実はね。……ある貴族の護衛をするときにちょっと魔力の加減を間違えて風を起こして、その貴族が被っていたカツラを吹っ飛ばしてしまったのよ。ふさふさのロングヘアーを、すぽーん、って」
「ええっ!」
「さすがの私もあのときは、死を覚悟したわねぇ……」
「そ、それでどうなったのですか?」
「私はもちろん地に伏して謝罪したけれど、その方はとてもいい人でね。『皆を騙し続けることに、気が重くなっていたんだ。これからは素の自分で生きていくよ』と言ってくださったの。この前久しぶりにお目にかかったけれど、ツルツルだったわ」
 ステイシー様はご自分のとんでもない失敗談を語りながら、私と一緒に足を進めてくださいました。そして教会に戻ってからも、ステイシー様は「初めての魔物退治でも逃げずに、最後まで持ち場を離れませんでした」と、私の失敗をうまくフォローしながら説明をしてくださいました。去り際には、「また今度、頑張りましょうね」と微笑んで声を掛けて。
 誰よりも強くて、誰よりも優しい、ステイシー様。
 そんなステイシー様はめきめきと実力を伸ばし――二年後には、国王の魔竜討伐作戦に同行する名誉をお受けになりました。
 討伐の旅に、数名の同行者を……とステイシー様が募ったとき、私は誰よりも早く挙手しました。
 この二年で、私も成長しました。魔物が迫ってきても逃げないし、ステイシー様のご指導のおかげで早く正確に守護魔法を掛けることができるようになりました。
 ステイシー様は私をじっくり見て、うなずきました。
「……そうね。あなたならきっと、大丈夫ね。一緒に来てちょうだい」
「っ……は、はい。ありがとうございます、ステイシー様」
 ……ステイシー様に、認めてもらえた!
 会議の場だったので冷静に応じたけれど……内心では今すぐ踊り出したいくらい、私は嬉しかったです。
 もう、初陣のときのような情けない姿は見せない。絶対に役に立ってみせます!


 私はステイシー様の部下として、国王陛下の魔竜討伐の遠征に同行することになりました。
 いくら武術に長けているとしても、まだお世継ぎのいない国王陛下が危険な魔物退治なんて……とも思ったけれど、まだ即位して二年そこらの陛下は様々な方法で国民の支持を得る必要があったそうです。王族の方は、なんちゃって貴族の私では想像もできないような重責を負われているのでしょうね……。

 遠征に出発した、数日後。私が神官用の天幕で荷物の整理をしていると、濡れたタオルを手にしたステイシー様が戻ってこられました。確か、川で水汲みをなさっていたはずです。
「あ、おかりなさいませ。……ステイシー様?」
「……え?」
「あ、いえ、何かお考えごとでもなさっているのかと思いまして」
 ステイシー様は神殿にいる間は結構のんびりしていますが、表ではいつも背筋を伸ばしてらっしゃいます。そんなステイシー様がなんだかぼんやりしているようなので、思わず声を掛けたのですが……。
 ステイシー様は赤茶色の目を瞬かせて、「……ええ、まあね」とおっしゃいました。
「さっき川辺で、国王陛下とお話をしたのよ」
「……えっ、陛下と!? わあ、さすがステイシー様ですね!」
 国王陛下は、若くてとても凜々しいお方です。即位するまでは騎士団に所属していらっしゃったからか、ものすごくムキムキしています。実は私は筋肉質な男性が好きなので、素敵な方だなぁ、とこっそり思っていました。あっ、もちろん、単なる憧れの気持ちで、です。
 私なら陛下の近くに行っただけで緊張してしまいそうなのに、さすがステイシー様は堂々となさっているようです。でも……ステイシー様はどこかぼんやりとしたご様子です。
 ……どうかなさったのでしょうか?


 旅が順調に進んで、魔竜の巣に近づいた、ある日。
「ステイシー様、どこですかー?」
 キャンプにて、私はステイシー様を探していました。
 今日の魔物との戦闘で、ステイシー様がお召しになってきたローブの裾が少し破れてしまいました。ちょうど私は他の繕い物をする用事があったのでステイシー様のローブの修繕も引き受けて、先ほど完了したところです。
 その報告をしようとステイシー様を捜しているのですが、なかなか見つかりません。騎士団の方に尋ねると、「ステイシー様は見ていませんね。陛下ならあっちの方に行かれましたが……」と小川の方を見ておっしゃいました。
 最近、ステイシー様はよく陛下とおしゃべりをなさるようです。その内容までは伺っていませんが、騎士団を率いる陛下と神官のリーダーであるステイシー様なのだからきっと、魔物退治の打ち合わせなどをなさっているのでしょう。……もしかすると今も、ステイシー様と陛下は今後の予定の話などをしているのかもしれません。
 小川の方に足を進めるとまず、陛下の背中が見えました。誰よりも大柄で豪華なジャケットをお召しになっているので、すぐに分かります。
 そして、その隣にステイシー様のお姿もありました。どうやら当たり……のようですが、真剣なお話をなさっているのならまた後にしましょうか。
 ……そう思っていた私は、ふとした拍子に見えたお二人の横顔に、心臓が止まるかと思いました。
 川縁に腰を下ろして、何やら話している様子のお二人。でも、その横顔は真剣な打ち合わせをしているときに見せるそれではありませんでした。
 陛下が穏やかな表情で、何かをおっしゃいます。するとそれにステイシー様が何か答え、陛下も少し悩んだ末に言葉を返されます。
 そして――お二人は同時に、笑いました。陛下は、わははと快活に。ステイシー様もはしゃいだ笑い声を上げて、楽しそうに顔をほころばせて。
 ……胸が、どきどきします。
 なんだか、見てはいけないものを見てしまったような……そんな気持ちになってきました。そこにいるお二人は騎士と神官を率いるリーダーではなくて、楽しい話題に花を咲かせて笑い合う、気心の知れた友人のようでした。
 ……いえ、友人、などではないのかもしれません。
 だって……ステイシー様の方はよく見えないから分からないのですが、陛下がステイシー様を見つめる眼差しが、とても優しくて。大切な、愛おしいものを愛でる目で見ていて――
 私は、静かにきびすを返しました。天幕の方に足を進めながら、私は先ほど見た光景を思い返します。
 星女神教会の神官は、その職に就く間は独身と純潔を守る必要があります。しかしそれは、「一生恋愛も結婚もするな」というわけではありません。
 星女神様は、「娘」である神官たちが愛ある結婚をすることを願われています。だからもし、ステイシー様が還俗をお望みなら。そして、陛下がステイシー様を心から愛すると誓うのならば。お二人が結ばれるという未来も、十分あり得るのです。
 そうなるためには、ステイシー様は神官を辞めなければなりません。「私は神官として、できることをたくさんしたいのよ」と普段からおっしゃっているステイシー様が、あっさり還俗を決めることはないと思います。
 でも……もし、ステイシー様が陛下に恋をしていて、その恋を成就させたいとお思いなら。
 私は全力で、その恋を応援します。
 二年前、びくびくしながら星女神教会の門を叩いた私に優しく手を差し伸べてくださった、ステイシー様。あの方の幸せを、心からお祈りしているから。
 ……でも今はまだ、戦いの途中です。陛下もステイシー様も、ご自分の立場や役目は重々ご承知のはず。だからこそああやって、人気のないところでこっそりと逢瀬を重ねてらっしゃるのでしょう。
 今は、何も知らないふりをします。小川でのやりとりなんて何も知らない、という顔をして天幕に戻り、ステイシー様のお戻りを待ちます。
 ……いつか、とっても素敵な報告を聞けることを、願って。

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