書き下ろしSS

女が「甘やかしてくれる優しい旦那様」を募集したら国王陛下が立候補してきた 2

国王ののろけ話

 ある日、クライフ王国国王リュートの姿は、城の練兵場にあった。
 今でこそ若き王として政を行う彼だが、元々は王位を継ぐ可能性の低い第二王子だったため少年時代から騎士団に所属していた。それゆえ騎士団には顔見知りが多く、国王になった今でも様子を見に行ったり、一緒に訓練をして汗を流したりしている。
 根っからの体育会系であるリュートにとっては、体を動かすことが癒やしである。爽やかな汗をかいたら、また公務を頑張ろうと思える。いつもお小言の多いサミュエルが、「息抜きも大事ですからね」と練兵場での訓練を許容してくれるのも、ありがたかった。ただ、彼を訓練に誘うとたいてい「嫌です」と断られるが。
「……いい汗をかけた。皆、相手をしてくれてありがとう」
「いいえ! こちらこそ、陛下にお相手いただけて光栄です!」
 練兵場にてリュートと話をしているのは、まだ若い新人騎士たち。今日は元気いっぱいな彼らと模擬訓練をしたところだった。結果は当然のことながらリュートの全勝だったが、騎士たちは汗まみれになりながらも笑顔で、国王と訓練ができたことをとても喜んでいる様子だった。
 騎士たちはリュートのことを国王だからと変に気を遣わない様子で、「陛下も一緒に休憩しませんか?」と気さくに誘ってくれた。彼らに気さくに接してもらえて嬉しいリュートは喜んでうなずき、お付きのサミュエルを伴って木陰にあるベンチに移動した。
 そこで騎士たちが話題にするのは、最近食べておいしかった料理のことだったり、上司に叱られたことだったり、彼女にフられたことだったり。
「……そういえばよぉ。俺、また彼女にフられたんだ……」
「えっ、また?」
「今度こそ長続きするって毎度言ってるくせに、懲りないよなぁ」
「こ、今回は俺も頑張ったんだ! 彼女のために時間を割いたし、贈り物もしたし!」
「おまえ、センス悪そうだもんなぁ。変なものでも贈ってウザがられたんじゃねぇの?」
「なんだと!?」
 わはは、と爆笑が起こる。それを受けて、専ら聞き手になっていたリュートの頬も緩んだ。やはり、王城の会議室にある立派な椅子に座って小難しい話を聞くより、こうして近い年齢の者たちと一緒にいる方が楽しかった。
 穏やかな気持ちで話を聞いていたリュートだが、騎士の一人がはっとした様子でこちらを見た。
「……あっ。申し訳ございません、陛下! 俺たちばかりで盛り上がってしまって……」
「いや、気にせずともいい。おまえたちの話はとても興味深く、聞いているだけで楽しい。俺には遠慮せず、好きなことを喋ってくれ」
 リュートは心からそう言ったのだが、騎士たちはやはり国王が側にいながら自分たちだけで話をするのはよくないと思ったようだ。そのうちの一人が、「あ、そうだ」と声を上げた。
「それじゃあ、陛下のお話を聞かせてくれませんか?」
「俺の?」
「そうです! 陛下、もうすぐ聖女様とご結婚なさるでしょう? でも俺たちはあまり、聖女様のことを知らなくて……」
「何人もの悪徳貴族を罰したとか、魔竜退治で大活躍なさったとか、噂に聞くだけなんですよねぇ」
「俺、聖女様がどんな方なのか、聞きたいです!」
 騎士たちがわっと盛り上がったので、リュートは笑みをこぼした。
「はは……そうか。ステイシーに興味を持ってもらえたのなら、俺も嬉しい。……さて、何から話せばいいだろうか」
「それじゃあ、陛下は聖女様のどんなところがお好きなんですか?」
 そう尋ねるのは、彼女にフられたと嘆いていた騎士だった。彼に聞かれたリュートは「そうだな」とつぶやき、頭の中にステイシーの姿を描いた。
「……好きなところはいくらでもあるが、あえて一番を答えるならば――目、だろうか」
「め……?」
「ステイシーの、前を見つめる目が俺は好きだ。確固とした信念を持ち、それに向かって邁進しようとする目。悪を許さず己の正義を貫こうとする眼差しは美しく――そんな目が、俺を見るときには柔らかくとろけている。そんなところが愛らしく……また同時に、皆の前では凜としているステイシーをここまで和らげさせているのが他ならぬ自分であるということに、えも言えぬ充足感が湧いてくる」
 ステイシーは、頑張り屋だ。見ていて少し心配になってしまうくらい、彼女はまっすぐだ。
 そんな彼女が、リュートの前では肩の力を抜いてくれる。星女神教会の誇る聖女ではなく、名門公爵家の養女でもなく、次期王妃でもなく――ただのステイシーの顔を見せてくれるというのが、たまらなく嬉しかった。
 いつの間にかリュートの周りを囲むように身を乗り出していた騎士たちが、おおっと声を上げる。
「陛下って、情熱的なんですね!」
「俺、話を聞いていてなんかどきどきしてきちゃいました……」
「くーっ、俺も陛下みたいなことが言えたら、彼女にフられずに済んだかもしれないのに!」
「いやおまえの場合は、他の面でのマイナス要素が多すぎるからフられたんじゃねぇの?」
「陛下の真似をするだけじゃだめだろ」
「おまえらー!」
 わちゃわちゃとし始めた騎士たちを、リュートは穏やかな眼差しで見ていた――が、少し離れたところに立っていたサミュエルが手の仕草で「後ろ、後ろ」と示していることに気づいた。
 何事かと思って振り返ったリュートは、「あ」と声を上げた。
 リュートが座るベンチの後方には、広葉樹が植えられている。夏場は青葉がこんもりと茂り濃い日陰を作ってくれる木々だが、冬の到来が迫ってきている今は大半の葉を落として寂しい様相になっていた。
 ――その木の幹に体を半分隠すようにして立っている、二人の女性。片方は頬を赤らめ口元を手で覆っており、もう片方はやれやれとばかりに半眼になってこちらを見ている。
「ステイシー……と、ドロテア……?」
「ごきげんよう、陛下。本日はこちらで汗を流してらっしゃると聞いたステイシーが、どうしてもご挨拶に伺いたいと申しましたので、連れてきたのですが……」
 ふ、とドロテアは薄い笑みを浮かべた。
「……百戦錬磨の騎士王も、のろけ話の最中は背後への警戒心がおろそかになるものですのね。あなたがステイシーについてどう思っているのか、聞かせていただきましたよ?」
「おまえ……」
 悔しいが、ドロテアの言うとおりだった。戦場では――いや普段から、近づいてくる足音に敏感に気づきいつでも抜刀できるように身構えられるリュートなのに、今回はすっかり油断していた。
 明らかに面白がっている様子のドロテアはさておき、ステイシーは先程から微動だにしない。星女神教会に寄った帰りなのか聖女のローブ姿の彼女は、赤い顔で黙り込んでいた。
「あの、ステイシー――」
「……あ、あああああああの、陛下!」
「う、うん」
「私、その……目が好き、と言っていただけて……嬉しいですっ! 私も陛下の目が、大好きです!」
 ステイシーはひっくり返った声で言うと、「失礼します!」と叫び、黒灰色の髪の房とローブの裾をひらめかせて走り去ってしまった。
 一瞬のことだったため完全に出遅れたドロテアが、「あらまあ」とぼやく。
「よほど照れくさかったのかしらね……置いていかれてしまったわ」
「私がドロテア様にお供いたしましょうか」
「ありがとうございます、サミュエル様。でもあなたは、そこで凍り付いている大男を部屋までお連れして差し上げなさいませ」
 サミュエルの申し出を丁寧に断ったドロテアも、では、と優雅にお辞儀をして去っていった。
「……わー。俺、聖女様を初めて見たかも!」
「むっちゃ照れてらっしゃったなー」
「てか、一緒にいたご令嬢って誰? すげぇ美人だったけど」
「どっちも美人だったなあ」
 若手騎士たちが好き勝手なことを言う中、固まっていたリュートの背中にぽん、とサミュエルの手のひらが添えられた。
「……目が好き、って言い合うカップルなんてそうそういませんよね。でも陛下、すっごく嬉しかったんでしょう?」
「……」
「それじゃあドロテア様にも言われましたし、そろそろ部屋に戻りましょうか」
「……いや、少し、走りたい気分になった」
「え?」
「……これより俺は、練兵場の走り込みを行う! 付いてきたい者は、来るがいい!」
 リュートはいきなり宣言するなり、うおおおおおっと叫びながら走り出した。それを見た若手騎士たちは、「わ、すげぇ速い!」「俺も俺も!」と面白がるように付いていき――それを遠くから見ていた他の騎士たちも、では自分もばかりに走り出した。
 一人取り残されたサミュエルはしばしぽかんとした後に、宙ぶらりんになっていた手で自分の頭を掻いた。
「騎士団には脳筋しかいないのか? まあでも、これで陛下の調子が戻るのならいいかな……」
「……おい、サミュエル! おまえも加われ!」
「嫌です」
 あっという間に練兵場を一周して目の前を通過したリュートの誘いをすげなく断り、サミュエルはベンチに腰を下ろした。
 やはり彼の主君は少々ぶっ飛んでいるが、見ていて飽きないし――そんな彼とステイシーが末永く仲良くすることを、サミュエルも心から願っていた。

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