書き下ろしSS
聖女の姉ですが、妹のための特殊魔石や特殊薬草の採取をやめたら、隣国の魔術師様の元で幸せになりました!
魔術塔
魔術塔の中は基本的にごちゃごちゃとしている。最初の頃は、こんなにごちゃごちゃとしていて過ごしにくくないのかなんてことを思っていたのだけれど、皆が場所を把握しているので、全く問題がない様子である。
ただ、アスラン様の机の周辺だけはとてもきっちりとされているので、性格が出ている。
「魔術塔の中ってどうなっているんですか? 他の部屋には行ったことないです」
採取から帰ってきた私は採取物をアスラン様に確認していただきながらそう尋ねると、アスラン様は採取物を見ていた視線をあげ、少し考えると口を開いた。
「ふむ。まぁ……楽しいものはないかもしれないが、案内しようか?」
その言葉に、私は慌てて首を横に振った。
「お忙しいのにいいです。見て回ってもいいなら、ちょっとだけ探検してみても、いいですか? その、お邪魔しないようにするので」
以前からこの魔術塔の構造や建物に使われている素材にも興味があった。
せっかくなので見てみたいという思いがありそう伝えると、アスラン様は時計を見て自分の机の上にある資料をぱらぱらと見た後に立ち上がった。
「案内しよう。あと少しすれば昼食の時間なので、案内した後、一緒に昼食に行こう」
そう提案され、私の心は一気に浮足立った。
「いいのですか?」
「あぁ。では行こうか」
「はい!」
アスラン様の後ろをついていくと、魔術塔の扉を開けてアスラン様は階段を下りていく。
「シェリーは、この階段を使いたいのだろう?」
何故バレていたのだろうかと、私はドキリとした。私としては魔術塔の階段はとても良い運動になりそうで、それでいて、壁の素材なども気になったので使いたかったのだ。
「はい。どうして分かったのです?」
「君ならばそうだろうと思った。気になることがあればなんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
私はさっそく魔術塔の壁の素材などをアスラン様に聞きながら階段を下りた。
そして一階下の部屋へと着くと、扉が開けられ、中に入った私は驚いた。
「これは、すごいですね」
「ここは、魔術具の保管庫だ。緊急時にすぐ利用できるように保管してある」
宙に浮いている魔術具や、戸棚に陳列しているもの、そして天井を見上げると、天井にも数多くの魔術具が備え付けられていた。
「へぇ~」
「下に行くぞ」
「はい」
私達はまた一つ下の階へと移動すると、今度はたくさんの本が並べられている部屋であった。
そしてそこにはフードを深々と被った魔術師が何人かいて、私は初めて他の魔術師に会ったなと思っていると、皆が驚いたように声をあげた。
「アスラン様! ど、どうなさったのですか?」
「えっと、何か不備でも?」
「いや、採取者であるシェリーに魔術塔の中を案内しているだけだ。君達は仕事に専念しなさい」
魔術師達はその言葉にまた驚いたように私の方へと視線を向ける。
深く被っているフードで顔は見えず、皆、どこか表情を見せたくないような様子であった。
「シェリー。さぁ、こちらへ」
「はい」
アスラン様の後ろをついて行くと、潜めた魔術師の声が聞こえた。
「まさか天才採取者の?」
「すごい。まさか本人を見られるなんて」
「あぁ……アスラン様が魔術塔内を案内するってことは……いい人なんだろうな」
「うん」
どういう意味だろうかと思ったけれど、アスラン様はその後また別の部屋の案内へと移り、私は聞きそびれてしまった。
その後も魔術塔の中を案内してもらったのだけれど、不思議なものがたくさんあり、また階によって魔術師達の服の色が違うということが印象的だった。
そしてどの魔術師もフードによって顔が見えなかった。
案内をしてもらった私は、アスラン様と二人きりになったタイミングで尋ねた。
「あの、魔術師の方々のフードの色は決まりがあるのですか?」
「所属が違うんだ。魔術具開発部や魔術師研究部、医療魔術開発部や魔術歴史学研究部などあってな、それで色が分けられている」
「へぇ。色々あるのですね」
「あぁ」
私はその後、先ほどアスラン様が言っていた色ごとに分かれた階を案内してもらった。
部屋に入ると皆がアスラン様に好意的な視線を向けているのが分かった。
すごく慕われているのだろうなと、さすがはアスラン様だなと思った。
そしてそれぞれの階には特色があり、雰囲気も全く違った。
可愛らしい階もあれば、おどろおどろしい階もある。
ただ一つ共通しているのは、やっぱり皆さんの机の上は結構ごちゃごちゃとしていた。
それなのにアスラン様が何かを言うとすぐにそこから資料を取り出せるのだから面白い。
おおよそ見終わった後、私は気になっていたことを尋ねた。
「あの、ちなみになぜ皆さんフードを深く被っているんですか?」
アスラン様はその質問に、すぐに答えることはなく、私の方へと視線を向けると周囲を気にして見回し、それから言った。
「私は他国からも魔術師を引き抜いていてな。それで、外見で出身国が分かる者もいる。また迫害を受けて見た目を気にしている者もいる。魔術師に必要なのは知識と実力だ。だから、顔は見えなくてもいいと判断した。一応補足だが魔術塔に入るには本人認証の指輪が必要なので、フードで身を隠しても魔術塔に侵入は不可能だしな」
私はその言葉に、内心かなり驚いていた。
「なるほど……そうなのですね」
「あぁ。後は昼食をとりながら話をしよう」
「はい」
私達は場所を魔術塔の食堂へと移動をした。食堂で昼食を受け取ると、個室へと移動する。
今日の昼食は、牛肉がメインであった。
「わぁ。美味しそうですね。そう言えば、この食堂では結構色々な料理が出ますよね」
「あぁ」
私達は昼食を食べながら、アスラン様は先ほどの話の続きを始めた。
「魔術師というものは、我が国ではかなり好待遇であるが、他国では迫害の対象になっているところも多い。人間とは愚かなものだ……私は見た目で魔術師同士が諍いを起こす姿も見てきた。だからこそ、私が魔術塔の長になった時、外見で判断しないようにとフード着用を認めたのだ」
「なるほど……そうですよね。確かに、魔術師の能力に見た目は関係ないですものね」
「あぁ。ちなみにフード着用後から仕事の効率は格段にあがった。外見で判断するなと口では言われていたが、それならばそもそも顔さえ見えなければいいのだ」
発想の転換だなと思いながら、私はその後、魔術塔の中で気になることや壁の素材についても尋ねていった。
アスラン様は丁寧に答えてくれた。
「魔術塔はどうだ? シェリーのお気に召したかな?」
そうアスラン様に問われ、私は少し考えてから深々とうなずいた。
「はい。とても。なんというか奥が深かったです。色々な部屋があり、環境もそれぞれ違っていたのには驚きましたし、自分が採取したものがどのように使われているのかも見れて、なんだか楽しかったです」
「そうか」
「あと、このご飯もですけど、魔術塔にはいろんな人がいて、皆譲り合いながら調和しているんだなって」
その言葉にアスラン様は少し驚いたような顔を浮かべる。
「それはどういう?」
「フードのことも、皆がそれでいいと思っているからできることですし、このご飯、確か隣国の郷土料理ですよね。この前は違うところの料理でしたし、こういう自国他国関係なく調和しているのがすごいです」
アスラン様は料理へと視線を落としてから微笑み、うなずいた。
「確かにその通りだな」
「はい。ふふふ。魔術塔はいいところですね」
私の言葉にアスラン様は嬉しそうに微笑む。
「そう言ってもらえて嬉しい」
目の前の料理を私は口へと運び、その美味しさを噛みしめる。
見た目や国や生きてきた環境が違うけれど、魔術師達は皆がいきいきとしていた。
魔術を楽しみ、そして誇りに思っているのが伝わってきた。
「私、もっと頑張ります。皆さんのお役に立てるように、頑張りたいです」
そう伝えると、アスラン様は私の頭を優しく撫でてくれる。
「ありがとう。今は魔術師に対して採取者が足りていない状況だからこそ、君には頑張ってもらいすぎているくらいだ」
アスラン様の言葉に私は慌てて首を横に振った。
「そんな。私はまだまだです」
「謙虚さは美徳ではあるが、やりすぎると卑下しているように見える。君はもっと自信を持つべきだな」
アスラン様の言葉はいつも私にやる気をくれる。
採取したものについては自信があるのだけれど、自分についてはまだ持てそうにない。ただ、アスラン様や他の魔術師の皆さんの為に頑張るぞという気持ちは抱ける。
「頑張ります」
「頑張るものではないが、まぁ、ちょっとずつでいい」
それから私達は魔術塔のそもそもの素材やところどころに取り付けられている魔術具についての話へと移った。
他の国からの攻撃を受けても、魔術塔にしかけられている魔術具によって跳ね返されるシステムや、もしも魔術塔内で問題が起こった時には、どのように対処するかなどの話を聞き、驚きの連続であった。
「魔術塔、すごいですね」
「あぁ。ふふ。だがね、まだまだ君の知らない魔術塔の秘密はあるんだ」
「え!? 奥が深い」
私達は笑い合った。
魔術塔は私が思っていた以上にまだまだ実は部屋があることについて、アスラン様から聞いた時には嘘だと驚いた。
ある程度見て回ったと思ったのに、秘密の部屋やら隠し扉やらなんやらがまだまだあるらしい。
「自分で探検してみてもいいですか?」
そう尋ねると、アスラン様は少し困ったように眉を寄せた。
だめだったかと思ったら予想外の言葉が返ってきた。
「シェリー。うちの魔術師達は腕はいいのだが、ちょっと常識外の者もいるんだ」
「へ?」
「君は可愛いし、それに天才採取者として今、魔術師達の格好の標的となっている」
可愛いと、標的という言葉にあまりにも差異がありすぎて、私はどういう意味なのかよく分からずに首をかしげる。
「常識的な魔術師は、君を可愛いと愛でるだろう。だが常識外の魔術師達は君の血液中の魔石や薬草の成分など調べたがるだろう」
なるほどと思った。
私も幼い頃から師匠と様々な採取場へと出向き、体内に薬草や魔石の成分を蓄積させている。
そうしたものを調べたいというのは、魔術師というか研究者としては当たり前なのかもしれない。
ただ、ちょっと怖いので、アスラン様の言葉に私はうなずいた。
「はい。一人で探検するのはやめておきます」
「あぁ。それがいい。もし探検したい場合は私が案内しよう」
「ありがとうございます」
こうやってアスラン様と一緒に行動できるのは楽しいし勉強になる。なので、アスラン様の邪魔にならない時にまた、案内してもらいたいなと私は思ったのであった。
そんなアスランとシェリーが個室で食事をとっている間、食堂には色とりどりのフードを被った魔術師達が集まり、こそこそと会話を繰り広げていた。
「あれがアスラン様が溺愛するというシェリー様か」
「天才採取者シェリー様か」
「アスラン様の顔を見たか!? あんな笑顔初めて見た。ちょっと妬けるな」
「「「「「「「妬けるな」」」」」」」
「我らがアスラン様の笑顔ですからね。妬けますね」
「けれど嬉しくもあるな」
「本当にその通り。アスラン様が幸せそうだと私達も幸せです」
皆が大きくうなずき合う。
それから視線は二人がいる個室の方へと向けられる。
「羨ましいし、妬けるが、アスラン様が幸せならば、祝福しよう」
「「「「「「「祝福しよう」」」」」」」
「そして、アスラン様が今後も笑顔でいてもらえるように、その秘訣を聞こう」
「「「「「「「秘訣を聞こう」」」」」」」
「シェリー様は可愛いし、魔術塔のマスコットキャラにしよう」
「では、魔術具でマスコットキャラ政策も進めよう」
「「「「「「「それがいい」」」」」」」
そんな会話でぼそぼそと魔術師達が盛り上がっているなど、アスランもシェリーも気づかない。
ただ、その後シェリーは魔術塔に来る度に、入り口になにやら可愛い石像が作られていたり、アスラン様の机の上に可愛らしい人形のマスコットが増えてたりすることに気が付いた。
そしてそれがどことなく自分に似ているような気がした。
「あの、それは」
「ふむ……可愛いだろう」
「え? えーっと」
「魔術塔のマスコットキャラにしてはと現在申請が出ているんだ」
「……モデルは」
「君らしい。決定権は君にあるが、早めに止めなければ、君の許可が下りる前にどんどん増えていくことは間違いない。私は、許可してもらえると嬉しい」
シェリーがしばらくの間、マスコットキャラを見る度に悶絶したのは、言うまでもない。