書き下ろしSS

、能力は平均値でって言ったよね! 18

憧れの職業

「皆さん、もしハンターになっていなければ、どんな職業に就きたいと思っていました?」
 森での狩りを終え、今日はテントを張っての夜営である。

 そして夕食後、紅茶を飲みながら、マイルが皆にそんなことを聞いてきた。
「また、唐突な質問ね……。それもまた、小説のネタ探しの一環なの?」
「あ、ハイ、まぁ……。えへへ……」
 レーナの質問に、笑いながら答えるマイル。
「まぁ、いいわよ。教えてあげる。
 私は、お父さんと一緒に行商の旅を続けて、そのまま荷馬車を受け継いで跡を継ぐつもりだったのよ。そして、もし一発当てたなら、どこかの街で店を構えることが夢だったわね。
 あの頃は、魔法は私達ふたりと馬の飲用、そして調理に使う程度の水が出せて、焚き火に着火できるくらいの火魔法が使える程度だったからねぇ。
 馬が、信じられないくらい大量の水を飲むのよね、これが! 
 ……とにかく、他の職業に就くことなんか、考えもしなかったわ」
「なる程……。確かに、幼い頃から慣れ親しんでノウハウも持っている仕事があり、荷馬車も引き継げるなら、他の職業なんか興味もないですか……」
「そして、お父さんが殺されて『赤き稲妻』に拾われてからは、早く一人前になってみんなの役に立てるようになることと、盗賊を殺すことにしか興味がなかったし……」
「つっ、次! ポーリンさん、行ってみよ~!!」

「私は、お店は弟が継ぐことになっていたから、どこかの商家の嫁になるはずでしたからねぇ。
 でも、商家の嫁って、子育て以外は店員の食事の世話や洗濯とかをやらされて『家を守り、店を支えろ』って言われるだけで、商売のことには口出しさせてもらえないんですよねぇ。
 ……店員以下の、ただの無給の下働きですよ。
 なので、実際になれるとは思っていませんでしたけど、憧れていた職業は、ギルドの受付嬢です。
 ハンターギルド、商業ギルド、職人ギルド、どこでもいいんです。素敵な制服を着て、ベテラン相手に的確な指導をして、新人さんに頼られて、モテモテの看板受付嬢になって、一番の有望株の可愛い少年を……、ぐふふふふ……」

「よかった……。ポーリンが受付嬢にならなくて、本っ当に、よかった……。
 女神よ、その御慈悲に、心から感謝いたします……」
 メーヴィスが、小声で、女神への感謝の祈りを捧げていた。
 そんなメーヴィスに……。
「さぁ、最後はメーヴィスさんですよっ!」
「あ、ああ……。
 私は勿論、兄様達のような立派な騎士に……。
 あ、さっきマイルが『もしハンターになっていなければ』って言っていたけど、私は騎士になるための道として、ハンターを選んだのだからね? 別に、騎士になる夢を諦めてハンターになったわけじゃないからね?」
「あ、ハイ……。そして、見事その夢を叶えたんですよね。凄いです!」
「いや、その『聖騎士』に任命してくれたマイルにそう言われても……」
 そう言って照れる、メーヴィス。
「メーヴィス、あんた、冒険とか好きでしょ! 探検隊を率いて古竜の里を探したり、海の果ての見知らぬ大陸を目指したり、とかいう夢を抱いたりは……、って、全部果たし終えてるじゃないの!
 ううむ……。
 あ、王子様と結婚したいとか考えたことはないの?」
「え?」
(おおっと、ここでレーナさんから剛速球が投げ込まれました! 直球ど真ん中か、それとも危険球(ビーンボール)か?)
 マイル、思わぬ展開にわくわくである。
「……ないね」
「ズコ〜〜!!」
 わざわざ擬態語を口にしてずっこける、マイル。
「メーヴィスさん、有力伯爵家の御令嬢でしょう! 王子様も、充分射程圏内じゃないですか!
 髪を伸ばしていた子供の頃の姿絵、あんなに可愛かったじゃないですかっ!
 メーヴィスさんなら、ヒロインでも悪役令嬢でも、何でもこなせますよっ!!」
「……そして今は、世界を護った『御使い様と愉快な仲間達』の一員で、『聖騎士』の称号と爵位持ち。望めば、王太子妃の座も簡単に手に入るわよね……」
「「「「…………」」」」
 レーナの補足に、黙り込む4人。

「……いや、それなら、みんなも同じじゃないか! マイルのパーティ仲間で爵位持ち。誰でも王太子妃になれるだろう!」
 メーヴィス、何だかムキになっているようである。
「嫌よ、嫌よ、そんな(かご)(とり)か見世物小屋のカーバンクルみたいな生活!」
「私だって嫌だよ!」
「私も嫌です」
「同じく、井坂十蔵!」
 みんな、同意見のようであった。
「女伯爵をやっていた半年間で、うんざりだよ。王太子妃や王妃様なんて、それの何倍も大変で、『常に人に見られている生活』だよね? プライバシーのカケラもなく……」
 メーヴィスが、そんなことを言うが……。
「『女伯爵プラス御使い様』をやらされていた私の話、聞きたいですか?」
「「「聞きたくない!!」」」
「太って見栄(みば)えが悪くなっては大変だからと、毎日体重とお腹回りを(はか)られて、ご飯やおやつの量や種類まで勝手に決められて、朝夕の一般の人達相手の見世物カーバンクル。

有力貴族や大店の商会主、各国の神殿関係のお偉いさんとの食事会、王族の青少年達との何やらあからさまな親睦会(しんぼくかい)……」
「「「聞きたくないとゆーとろーが!!」」」

「……とにかく、王妃様とか、私にとっては『絶対になりたくない職業、ベスト3』に入るね」
「「「まぁ、そうだよね~……」」」
 メーヴィスの言葉に同意する3人。
「でも、『王妃』って、職業なんですか? ただ王様の奥様っていうだけの意味じゃあ……」
 マイルが、今更な疑問を述べるが……。
「大臣とかは職業でしょ? なら、王様も職業だろうし、その王様を補佐する王妃様も職業でしょ。
 パーティーとかで色々な役割を果たすし、他国からのお客さんをもてなしたりもするし……。
 そういうの、個人的に好きで勝手にやっているとでも思ってるの? 予算、どこから出てると思ってるのよ?」
「……『王妃』が職業であること、理解して納得いたしました……」
 レーナの説明には、反論の余地がなかった。

「……しかし、皆さん、子供の頃から現実的な考えだったんですねぇ。……メーヴィスさんを除いて。
 もっとこう、お花屋さんとか、王立劇場を満席にできるような歌姫とか、子供らしい可愛い夢、身の程知らずの野望的な職業は望まなかったのですか。……メーヴィスさんを除いて」
「なかったわね」
「ありませんでしたね」
「どうして私を除くんだよ!」
 何か文句があるらしい、メーヴィス。
「いえ、メーヴィスさんの『貴族の御令嬢が、お兄さん達に憧れて騎士になりたがる』というのは、子供らしい可愛い夢、身の程知らずの野望そのものですよね。典型的な『子供が憧れる、現実味のない、実現がほぼ不可能な荒唐無稽な夢物語』じゃないですか……」
「実現しただろう!!」
 マイルの、あまりにもあんまりな()(ぐさ)に、さすがにムッとしたらしいメーヴィス。
「いや、それは結果論ですよ。
 メーヴィスさん、そのあたりの貴族の少女を適当に選んで連れてきて、10年以内に騎士にできると思いますか?」
「うっ……」
 そんなことを言われては、反論のしようがない。
 メーヴィスも、マイルとの出会いがなければ今頃は普通のCランクハンターであったろうし、自分が普通の貴族の御令嬢には到底務まらないような訓練を何年も続けてきたことを自覚している。
 ……つまり、『普通の貴族の娘には到底務まらないような、異常なまでの熱意と努力』、そして『マイルという常軌を逸した生物と出会い、パーティ仲間になるという、あり得ないような奇跡』が揃わねば実現不可能なこと。
 充分、『現実味のない、実現がほぼ不可能な荒唐無稽な夢物語』であった。
「「「「…………」」」」
 そして、しぱらく静寂が続き……。
「……じゃ、そういうことで! 皆さん、おやすみなさ~い」
 そう言って、さっさと簡易ベッドにもぐり込むマイル。
「え? いや、話の落ちは? 何のための質問だったの?
 私だけをディスって終わり?」
「「おやすみ~……」」
 そして、マイルに続きそれぞれのベッドへと潜り込む、レーナとポーリン。
「いや、待って! 私がなりたかったのは……、夢とかじゃなくて、本当になりたかった職業が騎士で、……聞いてよ! ちょっと、みんなああぁ~~!!」

 理不尽。
 ベッドの中で、さすがにレーナとポーリンもそう思い、メーヴィスを憐れんでいた。
 そしてレーナは、『理不尽』と『貴夫人』って何だか似ているなぁ、と、どうでも良いことを考えていた。
 ……かなりマイルに毒されてきているようである。

 こうして今日もまた、『赤き誓い』の一日が終わるのであった……。

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