書き下ろしSS
悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 8
侍女たちはルチアーナが持ち帰った花を見て感激する
☆本編を読み終えてからご覧ください。
王宮舞踏会が終了した後、侯爵邸に戻って玄関に足を踏み入れたところで、侍女たちがわらわらと周りに集まってきた。
真夜中を過ぎているので、普段であれば眠っている時間だというのに、なぜか全員で熱心に私を取り囲んでくる。
「ど、どうしたの?」
常にない侍女たちの鬼気迫った迫力に、どぎまぎしながら尋ねたけれど、彼女たちは質問に答えることなく、じろじろと私の全身を見回し始めた。
こ、これは何かしら。侍女たちが完璧に着付けたドレスが乱れていないかを確認されているのかしら。
疑問に思いながらもじっと耐えていると、侍女の1人が「手首」と呟いた。
すると、それが合図にでもなったかのように、全員が私の手首に挿した青紫の撫子に視線をやる。
それから、全員でがっかりしたように肩を落とした。
「ああー、そうですよね! 分かっていました!!」
「ええ、物語みたいに上手くいくわけがなかったんです!!」
どうやら私は何事かを勝手に期待され、勝手に落胆されたようだ。
ご期待に沿えずごめんなさいね、と思ったところで兄の手が伸びてきて、何かを手渡される。
「ルチアーナ、忘れ物だ」
視線を落とすと、私の手の中には今夜の王宮舞踏会で紳士たちから渡された花の束があった。
白百合、黒百合、咲き誇った藤、蕾の藤、カンナの5本が、まとめてリボンでくくられている。
「ありがとございます、お兄様」
お礼を言いながら顔を上げたところで、私ははっとして息を呑んだ。
なぜなら私が持つ花束を見た侍女たちが、感激した様子で涙ぐんでいたからだ。
「お、お嬢様! 私は信じていました!! お嬢様が多くの殿方を虜にする素晴らしい淑女だと」
「ええ、ええ、お嬢様は物語の主人公のように美しいのですから、物語みたいに上手くいくに決まっています!!」
先ほどと真逆のことを言い出した侍女たちをぽかんとして見つめた後、一体どうしたのかしらと皆に問いただす。
「あの、一体どうしたの?」
「「「お嬢様の戦利品を見て感激したのです!!」」」
「戦利品?」
私の疑問に答えるかのように、侍女たちが全員で私が持つ花束を見つめてきたので、「ああ」と納得する。
そう言えば、お兄様が言っていた。
『家紋の花は本人そのものだ。夜会で家紋の花を渡すのは、「私自身を捧げる」という意思表示だ』
しかし、その話には続きがあって、最近では花を贈る行為に込める想いの深さは人それぞれらしい。
だから、花に込められた想いは、花を渡した本人しか分からないのだけど……どうやら侍女たちは、勝手にものすごく重い気持ちが詰まっていると解釈して、感激しているようだ。
ああー、これが家紋の花を贈られる醍醐味よね。
乙女の妄想を膨らませて、「これほどの想いかしら」と想像した方が、確実に愛情量が増えるはずだもの。
特に私の侍女たちは今夜の王宮舞踏会のため、私の短い髪をよく見せようと努力し、精一杯着飾らせてくれた。
自分たちの努力が、素晴らしい紳士たちから家紋の花を贈られる形で返ってきたと分かれば、すごく嬉しいことだろう。
侍女たちへの感謝を込めて、私は大袈裟に話をする。
「うふふー、皆が私を素晴らしく着飾らせてくれたから、今夜の私はモテモテだったわ! まずフリティラリア公爵家のラカーシュ様が黒百合をくれて、『私はいつだって君に影響を受けているよ。近くにいる時はもちろん、近くにいない時だって』と言ってくれたのよ」
「きゃー! ひ、筆頭公爵家の嫡子様から、何というありがたいお言葉を頂戴したのでしょう!!」
「さすがです、お嬢様! 最初っから、これ以上はないほど最高の言葉を贈られているじゃないですか!!」
嬉しさのあまり叫び出した侍女たちに、私はさらなる話を披露した。
「それから、ウィステリア公爵家のジョシュア師団長とルイス様がそれぞれ藤の花をくれたの。ジョシュア師団長は『あなたを想って色付いた藤の花だ。私に春を呼び込んで、花を咲かせることができるのはあなただけだから』と言ってくれたし、ルイス様は『ルチアーナ嬢が僕の心の友で、生涯ずっと一緒にいたいただ1人の相手であることは間違いない。だから、僕に投資してみない?』と言ってくれたわ」
「と、投資しましょう! ルイス様のような美少年は奇跡の存在ですから、逃がしてはいけません!!」
「何を言っているの! ジョシュア様のような大人の男性に言い寄られることなんて、もう二度とないでしょうから、ジョシュア様にすがりつくべきです」
ああー、侍女たちの好みが分かれてきたわね。というか、私の相手というよりも、自分の好みで選んでいるように見えるわね。
「さらにカンナ侯爵家のアレクシスからカンナの花を差し出され、『カンナの花言葉は「情熱」や「熱い思い」だ。私の想いがこもったこの花を君に捧げる』と言われたわ」
「「「ぎゃー、さすが遊び人です! 何てすごい想いを込められたんですか!!」」」
こうなると私も楽しくなってきて、ノリノリで報告する。
「それから、王太子殿下から白百合をもらったのだけど、殿下は……」
しかし、そこでこれは言ってはいけないやつだわと気付き、ぴたりと口を噤む。
なぜなら王太子は白百合を差し出しながら、私に告白してきたのだから。
「ええと、で、殿下にも素敵なことを言われたような気がするけど、相手が相手だったから気が動転していて覚えていないわね。そ、それよりも、最後にはお兄様から撫子の花をもらったの。『誰よりも大切な私の妹に私の心を贈ろう』ですって」
私の誤魔化し作戦は上手くいったようで、侍女たちは兄の話に食いついてきた。
「「「まああ、さすがはサフィア様!! シンプルながら、完璧なセリフですわ!!!」」」
侍女たちの全員が大興奮しており、その姿を見た私は悪女ぶって髪を後ろに払う―――短かったので、あまり様にはならなかったけど。
「ほら、紳士の皆様方は、全員私に夢中な様子だったから、どの花を選んでも諍いになると思ったの。だから、お兄様の花を選んで、腕に挿したのよ」
「「「ルチアーナお嬢様!!」」」
侍女たちが感激した様子で両手を握りしめる。
そんな彼女たちに向かって、私は真顔で言葉を続けた。
「それもこれも、皆が私を綺麗に飾り立ててくれたおかげだわ。ありがとう、短い髪にもかかわらずモテモテのご令嬢なんて、王国広しと言えど私くらいだわ」
「「「ル、ルチアーナお嬢様!!!」」」
侍女たちが先ほどまでとは違った意味で感激した様子を見せたので、私は一人一人をぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、今夜の私はとびっきりになれたわ」
「「「お嬢様、こちらこそ素敵なお話をありがとうございました!!」」」
互いにお礼を言い合うと、私たちはその後も、皆でキャッキャウフフと王宮舞踏会について話をし続けたのだった。