書き下ろしSS

役にされた冷徹令嬢は王太子を守りたい~やり直し人生で我慢をやめたら溺愛され始めた様子~ 2

心配性な家族

 レセリカが学園に入学してからというもの、ベッドフォード家の屋敷全体にはどことなくどんよりとした雰囲気が漂っていた。
 それもこれも、ムードメーカーたる長男ロミオの元気がないせいだろう。元気がない理由は言うまでもない。
「姉上は次、いつ屋敷に戻ってくるのでしたっけ……」
 うつろな目でポツリと告げたロミオの言葉に返事をしたのは、当主たる彼の父オージアスだった。
「……冬の長期休暇だ」
「そんなにっ⁉ まだ三ヵ月ほどもあるではないですかっ! 姉上が学園に通い始めてまだ一ヵ月しか経っていないなんて……僕、僕、耐えられませんっ!」
 王立イグリハイム学園は寮生活だ。入学した後はきちんとした理由がない限り、長期休暇まで帰ることは出来ない。つまり、当分の間レセリカとは会えないということである。
 姉が大好きなロミオにとって、それは苦行以外の何物でもなかった。
 朝食の席でロミオは行儀の悪いことにわっとテーブルに伏せてしまったが、オージアスがそれを咎めることはない。
 なにせ、ロミオの気持ちがオージアスにも痛いほどわかるからだ。
 大切な一人娘が家族の下を離れて一人学園の寮生活。
 それも、近頃は互いに打ち解け合い、良い関係を築けているからこそ余計に心配は膨らむというもの。
 何よりあの学園は共学だ。男子生徒もいる。オージアスにとっては、それが最も大きな問題点だった。
 王太子殿下との婚約も自ら進めておきながら、感情の部分において未だ納得がいっていないほどなのだ。恐らくレセリカが嫌だと泣いたら、相手が王族だろうと婚約を破棄するためにあらゆる努力を惜しまないだろう。
 そのくらい、娘に異性が近付くことを許せないのだ。もはや心配性という言葉だけでは片付けられないかもしれない。
「姉上はお美しいですから、きっとたくさんの人の目を集めるに違いありません。特に男子生徒はみんな姉上が大好きになっちゃいます! 心配すぎますよぉ」
 どうやら、ロミオも同じことを考えていたらしい。
 オージアスは眉間にシワを寄せて押し黙る。この迫力には誰もが震え上がるだろう。
「……やはり聖ベルティエ学院にすべきだったか。共学校はどんな無礼者がレセリカに近付くかわからないからな」
「うぅ、ですがそれでは僕が同じ学園に通えなくなりますぅ……それはそれで嫌ですぅ」
「む」
 すでに言っても仕方のないことを話すのも今回が初めてではない。それこそ、入学前はレセリカも毎日のように聞かされては宥める日々を送っていた。
 つまるところ、オージアスもロミオもレセリカが屋敷にいないということが耐えられないだけだ。あまりに溺愛しすぎている。
「ただ、姉上は誤解されやすいところがあります……むしろ逆に仲の良い友達が出来ず、一人で泣いていたらどうしましょう!」
「あれほど優しい娘に友達が出来ないことなどないだろう」
「わかりませんよっ! 姉上は父上に似て表情が出にくいのですからっ!」
「……」
 近頃、ロミオは父に対して容赦がない。自分の欠点を引き継いでしまったレセリカに思うところがあるのか、オージアスは黙り込んでしまった。
 ひたすら「心配だ」と嘆くロミオをなんとも言えない顔で見守った後、オージアスはこほんと咳をして話題を変えた。
 父として、ベッドフォード家の当主として。
「……ここで心配していても仕方あるまい。ロミオ、これからはお前の指導を厳しくしていく。学園でレセリカを守れるような男になるのだ」
「っ!」
「レセリカを狙う不埒な輩からも、姉の悩みごとも、来年以降全てロミオが解決出来ればなんの心配もなくなる。何でも解決出来る男になるには、相応の努力が必要だ。そのために、お前はもっと世の中のことを知っていかねばならない。今後は私の仕事に連れて行ってやろう」
「父上……! はいっ! よろしくお願いします!」
 結局、彼らの基準は一にレセリカ、二にレセリカだ。
 手段が変わるだけでやることは変わらない。結果としてレセリカが守れるのならそれでよいというわけだ。
 レセリカに対する強い思い。
 その一心で、ロミオもまたこの一年で大きく成長するチャンスを得たのである。

     ◆     ◇     ◆

「——というやり取りがあったみたいで」
 もはや定期的に行うようになった放課後のお茶会にて、レセリカはロミオから聞いた「姉上が入学した直後の出来事」をみんなに話して聞かせていた。
 レセリカが初めてこの話を聞いた時もさすがに少し呆れてしまったのだが、その理由は少々ズレている。
「お父様もロミオも優しいから……もっと自分のことを考えてほしいと思うのだけれど」
「えっ、そこですの? はぁ、レセリカ様って本当に……いえ、言ったって仕方ありませんわね。貴女はそういう人でしたわ」
 真っ先に反応を示したのは意外にもラティーシャだ。呆れたような目を向けたかと思えば、すぐに諦めたようにため息を吐いている。
 レセリカはその反応の意図がわからず、こてんと首を傾げた。
「それにしても、ベッドフォード家がここまで過保護だったとは思いませんでしたわ。うちとは少し違った形ですけれど」
「ラティーシャのお父様も過保護ですものね。本当に大げさで、娘のためなら何でも出来る! といった雰囲気で」
「そうそう。娘に嫌われたら生きていない! というか、ちょっと鬱陶しい感じの」
「アリシア、ケイティ、お父様をあまり悪く言わないでっ! そんなこと、私が一番わかっているのですわ!」
 からかう様子のアリシアとケイティに、顔を真っ赤にして怒るラティーシャ。
 どうやらラティーシャも家族から大切にされているらしいと知って、レセリカは心がぽかぽかするのを感じた。
 彼女たちの会話はまだ続く。アリシアが頬に手を軽く添えながら呆れた様子で告げた。
「我が家もそれなりに過保護だとは思いますが、ここまでではありませんわ」
「アリシアのご両親が一番理想的ですよ。干渉しすぎることもなく、放置するでもなくて。うちは過保護というより管理に近いから羨ましいですね」
「ケイティの家は厳しいものね……」
 幼馴染である三人の話を、レセリカは興味深く聞いていた。
 思えば、他の家が普段どのように暮らしているのか、どんな環境に身を置いているのかを詳しく聞いたことはない。
 子どもに対する親の姿勢は様々だと頭でわかってはいても、こうして話を聞くと改めて色んな方針があるのだと感じさせられた。
「考えが古臭いだけですよ。どうすれば両親が喜ぶかはもうわかっているので、理想の子どもを演じてやってます」
「それは……つらくはない? 無理をしてはいないかしら」
 ケイティがどこか達観した様子で告げるのを見て、レセリカは心が痛む。前の人生では自分も、模範的な令嬢を演じていたところがあるからだ。
「昔はつらく思ったこともありますが……今は平気です。バレないように好き勝手やる方法を覚えましたからね」
 心配するレセリカを余所に、ケイティはニヤッと悪い笑みを浮かべてそう答えてみせた。呆気に取られたレセリカは目を丸くする。
「レセリカ様、ケイティったら結構ワルですのよ。こっそり悪戯をしかけてはご両親が困る様子を見て楽しんでいますの」
「普段は品行方正なものだから、ご両親もまさか娘が悪戯したとは思わないのよ。地味な嫌がらせをさせたらケイティの右に出る者はいませんわね」
「アリシアもラティーシャも嫌な言い方をしないでください。まるで私が悪女みたいに」
「「違いますの?」」
「……違いませんけど!」
 その後も続く仲良し三人組の言い争いを前に、レセリカは数秒の間を置いて小さく笑う。
 一見するとただの喧嘩なのだが、その様子を見ていれば仲の良さゆえだとわかるからだ。
(きっと、ケイティが乗り越えられたのは二人の親友がいるからだわ)
 仲の良さを羨ましく思うと同時に、レセリカは自身も新しく出来た友人と仲を深めたいと願った。
 その一歩として、レセリカは二人に話を振る。
「キャロルやポーラはどう? ご両親は厳しい? それとも甘いのかしら」
「えっと、うちは結構好きなようにやらせてもらえているかと思います。私が薬学の勉強にだけのめり込んでいても、無理にやめさせることはありませんでしたし……教えてもらう時はすっごく厳しいですし、小言も多いんですけどね!」
 どうやら、キャロルは両親からしっかり愛されているようだ。キャロルが興味のあることを自由に学ばせてくれているのだから。
 商家の跡取りでもあるキャロルに対し、厳しかったり小言が増えるのは当たり前でもある。それでも、やりたいことをやらせてあげるというのは愛でしかない。
「それだけキャロルのことを気にかけているということだわ。ポーラは?」
「う、うちですか? うちは歳の離れた弟妹がいるので、どちらかというと私が甘やかしてしまう側です」
「弟と妹がいるのね。今いくつなの?」
「四歳と二歳です。すっごくかわいいんですよっ!」
 でれっとしたポーラの笑顔を見るに、本当に彼女が弟妹を溺愛しているのがわかる。恐らく、両親もそうなのだろう。
「きっと、ポーラは弟妹の面倒もしっかり見ているのよね。頼りになるお姉さんで、ご家族も幸せね」
「えっ、そ、そんなっ! わ、私なんて別に、ふ、普通ですよぅ!」
「そんなことないわ。自信をもって、ポーラ」
 顔を真っ赤にして照れるポーラを前に、レセリカは柔らかく微笑んだ。
 ここ最近のレセリカはずいぶんと表情が豊かになってきている。
 相変わらず無表情でいることは多いが、近くにいればいるほど感情豊かだということがよくわかるのだ。
「はぁ、皆さん羨ましいですわ。常識の範囲内で愛されていらっしゃって」
「ラティーシャだって、愛されているでしょう?」
「ええ、それはもちろん。お母様は普段は優しく、時に厳しく見守ってくださるもの。問題なのはお父様ですのよ。なんでもかんでも買い与えようとしてくるので困ってしまいますわ!」
 困る、と言っておきながらどことなく嬉しそうなのはレセリカの勘違いではないだろう。ラティーシャもたくさん甘えている様子が目に浮かぶ。
「ちょっとレセリカ様? 他人事のようなお顔をしてらっしゃいますけれど、貴女もこちら側でしてよ」
「こちら側?」
「過保護すぎる家族がいるという話ですわ!」
「過保護すぎる……?」
 レセリカには、オージアスが過保護すぎるとはとても思えなかった。
 確かに、前の人生の時に比べれば優しくなったとは思う。
(というより、優しさがわかりやすくなった、の方が正しいかもしれないわね)
 だからといって、オージアスは必要以上に甘やかしたり、物を買い与えたりすることはない。厳しいところは相変わらず厳しいままだ。
 ……実のところ、オージアスが影であらゆる手を尽くしてレセリカを守ろうとしていることをレセリカは知らない。
「自覚が、ありませんの……? 弟だってあんなにわかりやすく姉離れ出来ていませんのに!」
「ロミオは……そうね、私が母親代わりだったから。仕方がない部分もあると思うわ」
「だとしても彼のレセリカ様を思う気持ちは尋常じゃないと思いますわ」
「そう、かしら? 少し心配性だとは思うけれど……私も、同じくらい父や弟のことを思っているし、お互い様かもしれないわ」
「少し⁉ ああ、もう。レセリカ様には何を言っても無駄ですわねっ!」
「ごめんなさい?」
「謝るところではありませんわ!」
 なぜか怒った様子のラティーシャに、レセリカは困惑気味だ。
 そんな二人の様子見て、助け舟を出してくれたのはアリシアだった。
「ふふっ、レセリカ様。ラティーシャのことは気にしなくてよろしいかと。他ならぬレセリカ様が気にしないのであれば、私はそのままでいてほしいと思いますわね」
 人からの好意に鈍感な部分があるレセリカに理解があるようだ。アリシアだけでなく、ケイティやキャロル、ポーラも揃って頷いている。
 一方、ラティーシャは腕を組んでさらに言葉を続けていた。
「ふんっ、私だって好きにすればいいと思っていますわ! でも、ご家族があんな調子ではセオフィラス様が苦労なさいますでしょ!」
「えっ、なぜセオフィラス様が」
「んもう! この話はおしまいですわ! レセリカ様にご納得いただける気がしませんもの!」
 ついにラティーシャまでもが諦めた結果、レセリカの疑問は解消されないまま話題は他のことへと移り変わっていく。

 オージアスやロミオが心配性だとなぜセオフィラスが困ることになるのか。
 レセリカがそれを理解する日は、当分先のようである。

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