書き下ろしSS
あなたのお城の小人さん ~御飯下さい、働きますっ~ 4
何にも知らない小人さん
☆本編を読み終えてからご覧ください。
「お父ちゃーん」
「おお、来たか」
駆けてきた双子に思わず眼尻の緩む厨房の熊さん。
今日は子供らの三歳の誕生日。二人が生まれた時からの付き合いな料理人らが、是非とも御祝いしたいとパーティーを開いてくれたのだ。
テーブル一杯の御馳走に目を輝かせ、うわあっと椅子に座る双子達。
色とりどりな料理の真ん中にまします毎度お馴染みのバースデーケーキ。見事の一言に尽きるケーキはザックの会心作だ。
それを見て、千尋の脳裏に懐かしい記憶が過る。
スライスしたパウンドケーキにバタークリームを挟んだ素朴なケーキの記憶が。
あれから五年かぁ。随分と進化したなぁ。
笑みを深める千尋の前にあるケーキは、肌理細やかなスポンジケーキに生クリーム。秋ということもあり、飾られたフルーツも葡萄やオレンジなどカラフルだ。
近くにキルファンが建国された影響もあるのだろう。醗酵調味料が猛威を振るっているようで、肉ジャガや照り焼き、田楽など和風の料理がテーブルを席巻していた。
そんな中、異色なコラボもある。
ゴロゴロベーコンを加えたクリーム色のソース。見慣れたソレがかかった太い麺。
「これ……? うどん?」
「ああ、お前の好きなカルボナーラ風だそうだ」
カル……?
えええ? と、千尋はドラゴの説明に呆れたような顔をする。和洋折衷といえば聞こえは良いが、カルボナーラソースの絡まるうどんといわれ小人さんは眼を据わらせた。
「うどんも、カルボナーラも、チィヒーロの好物じゃないか。味見したが、けっこう美味かったぞ?」
ご機嫌なドラゴを一瞥しつつも、幼女様は苦笑いを隠せない。
いや、分からなくはないよ? お父ちゃんらから見たら、うどんもパスタも同じ麺なんだろうしね?
しかし現代日本人の感性では違和感バリバリだ。偏見に過ぎないかもしれないが、やはりうどんはうどんとして食べたい小人さん。
地球でも色々な料理のコラボがあったが、どれもイマイチだとしか感じなかった。目新しさから口にはしたものの、結局、最後に残るのはシンプルイズベスト。
過去に名物だからと焼きラーメンを食べたあと、やはり物足りなく、逆に普通のラーメンが食べたくてラーメン屋を梯子したりもした健啖家な小人さんである。
やくたいもない思い出を脳裏に浮かべ、少々の落胆を醸した千尋だが、それでも祝ってもらえるのは素直に嬉しい。
小人さんは軽く千早に目配せして、気を取り直しつつ御馳走を食べ始めた。
「美味しいっ!」
「ねーっ? すごい、こんな色々なの食べたの初めてだーっ!」
夜に伯爵家でもパーティーを予定しているため、ここで食べるのは昼食代わり。料理人らの休憩も兼ねているらしく、和気あいあいとした雰囲気の皆が笑顔でテーブルを囲む。
前述した和食の他にもエビフライや魚フライ。トンカツなどのがっつり系が並ぶテーブル。油は安くないので、使う時は一斉に似たような料理を作る傾向があった。メニューに垣間見える倹しい台所事情。
王族のためでない料理だ。このパーティーは経費の殆どをドラゴの私費で賄っていた。料理人らは皆で集めた会費を苦心し、双子のためにパーティーを開いてくれようとしていたが、如何せん無い袖は振れない。
そんな料理人らの気持ちが嬉しく、彼らが満足出来る料理を作れるよう気前良い大盤振舞いをしたお父ちゃんである。
おかげで料理人らは思う存分腕を振るえた。食材に糸目をつけず油も十分つかえたのに、無意識に倹約するあたり彼らは堅実な料理人である。
まあ、そういった内訳など双子には関係ない。
賑やかに催される簡単なパーティー。騎士らも加わり、歌まで飛び出して興が乗ってきた頃。
何気な誰かが、厨房の中へ声をかけた。
「……良い匂いがするな」
ひょこっと出てきたのはウィルフェ。
この御仁、未だに側仕えらを撒いては厨房を訪れるのを日課にしているようだ。
さらにやってきたのは、そそとしたメイド達。
「なんの催しでしょう? 試食会ですか? 新作の甘味はございますか?」
ギラリと獰猛に眼を輝かせてテーブルを見る彼女らは、まるでハンターのように隙がない。獲物を見つけた猛禽のごとく、手にした皿へケーキや他のデザートを移そうとテーブルににじり寄ってきた。
「ちょっ! 待ってください、勝手に持っていかないでっ!!」
メイドらを必死に止める料理人の隙間を縫い、テーブルに辿り着いたウィルフェも、皿を片手に料理を物色する。
シャクっとエビフライを噛り、そのさっくりとした衣やプリプリのエビに眼を見張った。
「おお、美味いなっ。これは何という料理だ?」
素朴な称賛。料理を褒められて気分を害するコックはいない。幸せそうにシャクシャク食べる王子を横目に、思わず料理人らの眦が緩んだ。
「アナスタシア様が新作を待ちかねておられるのです。献上なさいませ。試作品でもかまいませんっ!」
……おまえらは駄目だ。
期待は嬉しいが、これはドラゴが支援して作られた料理である。王族ならば、きちんと所望し、正しく献上させるのが筋だろう。突然押し掛けてきて掠め取るなど言語道断。
目は口ほどに物を言う。
居並ぶ料理人らから拒絶の雰囲気を感じ取ったのか、メイドらも戦闘態勢。是が非でもデザートを奪い取ろうと腕まくりし、事は口論にエスカレートしていった。
「これは個人的に作られた料理です。側妃様のお側つきともあろう御方らに振る舞えるモノではありません。必要ならばお申し付けください。あらためて作ります」
「今、ここにある物で良いのです。こんなにあるのだから、少しくらい融通しても良いでしょう?」
どちらも一歩もひかず、御互いの間にバチバチと火花を散らせる。
ぎゃあぎゃあやらかす大の大人達の声を聞きつけたのか、ミルティシアやテオドールまで厨房に現れた。
「何をなさっておられますの? 御兄様」
「ごはん? ここで食べても良いのですか?」
テーブルに並んだ御馳走を見て、わっと輝く子ども達の瞳。満面の笑顔で喜ぶ子供らに勝てる大人はいない。
ウィルフェに至っては、我が物顔で食べているのだ。この子達だけ駄目ともいえず、複雑そうな面持ちで料理人らは視線を交わす。
そんな人々を余所に千尋は千早を引っ張り、慌ててテーブルの下に潜り込んでいた。
今の小人さんは、王家と疎遠に暮らしている。ウィルフェ達も、ドラゴの子供という以上の関心を双子に持ってはいなかった。
ジョルジェ家は伯爵位とはいえ領地もない。元々、一代限りの家系が成り上がっただけ。王家はファティマの関係でドラゴと懇意にしていても、その家族にまで関わってはこない。
儀礼の範囲の付き合いしかないので、千尋や千早は国王らと面識もないのだ。
なので突然の乱入に面食らい、思わず隠れてしまった双子。
いやいやいや、勘弁してよ、まだこんなことしてんのかい、ウィルフェーっ!
昔から侍従を撒いて王宮中を徘徊する王子ではあったが、まさか今の年齢になってもやっているとは思わなかった。
ファティマが後宮に住むようになって彼等は伯爵家を訪れることもなくなり、たまにサーシャが御茶会などに招待される程度の薄い付き合いしかないと思っていたのだ。
ヤバい、ヤバいと、心臓をバクバクさせる千尋の耳に、あっけらかんとしたウィルフェの声が聞こえる。
「美味いものは分け合うものだ。そのように昔のチィヒーロが申していたぞ?」
まぐまぐ口を動かしながら宣う王子殿下。
その横にちゃっかり座り、御相伴にあずかるミルティシアとテオドールも、無邪気に頷いていた。
「そうですわね。昨日、わたくしの元に良いお肉が献上されましたのよ。厨房におすそ分けいたしますわ」
にっこり笑う王女殿下。
その会話を耳にして、千尋は眼を丸くする。
そのようなことを過去の自分は口にしたのだ。それを彼等が覚えてくれていたことに驚愕を隠せない。
照れ臭げに口元をもにょらせる妹を不思議そうに見つめ、首を傾げる千早。そんな二人が隠れるテーブル下を覗き込み、厨房の熊さんも困ったように眉を寄せた。
……どうする?
こちらの目も口ほどに物を言う。
……いよ。このまま食べさせたげて?
苦笑いな小人さんの目も雄弁に物語っていた。
アイコンタクトで小さく頷きあい、心得た料理人らの作るバリケードの影に隠れ、双子は厨房から逃げ出した。
「僕らの御祝だったのに……」
むすくれる兄を宥め、小人さんは成長した王家の子供らに感慨を深める。
あれから五年。まだまだ御子様だが、随分と大きくなったものだと。そして思わず噴き出しもする。
「しかし…… アナスタシア様も相変わらずだにょ」
過去にモンブランモドキを強奪していった側妃のメイド達。彼女らの辣腕も健在のようだ。料理人らもタジタジだった。
料理の進化や子供達の成長ぶりに驚きながら、変わらないモノもあると千尋は頬を緩める。
あのわちゃわちゃした厨房が、今の王宮の縮図なのだろう。賑やかで温かい、あの場所が。
ふふっと小さく笑う小人さん。
しかし千尋は知らない。
王宮の変貌を。なぜにウィルフェらが厨房を頻繁に訪れるのかを。あの場に、なぜファティマがいなかったのかを。
彼等は温かさに飢えているのだ。面会を申し込んで、極稀にしか会えない両親では足りない愛情を、厨房のドラゴや御茶会に誘うサーシャなどに求めていた。
正確には変わったわけではなく、前に戻りつつあるだけなのだが。
その事実を小人さんが知るのは、今しばらくしてから。
やはり幼女の道行きに平穏の二文字はない。これからも起きる騒動の数々。それに雄叫びをあげる小人さんの未来に合掌♪