書き下ろしSS

ル・プペーのスパダリ婚約~「好みじゃない」と言われた人形姫、我慢をやめたら皇子がデレデレになった。実に愛い!~ 1

婚約前夜

「お前の婚約者が決まったぞ、ジルベール」
 父であるロスマン皇帝の言葉に、ジルベールは足を止めて振り返った。
(この俺に?)
 いくら皇族と繋がれるとしても、呪われた第二皇子に娘を差し出すような者は今まで現れなかった。
 それもそのはず。
 しょせんは皇位継承権第二位。求心力も人柄も能力も、すべて異母兄のクリストフの方が勝っている。ジルベールが勝てる点は頭の良さのみであろう。
 彼について回る「呪い」と天秤にかければ、利などむしろマイナスに傾く。クリストフが皇帝として盤石な地位を築けば、排除される未来すら待っているかもしれない。
(一体誰が……)
 ジルベールは訝しげに皇帝陛下を睨みつけた。しかし、彼は酷くほっとしたような顔つきで「良かったな」と微笑んだ。
 クリストフに妻や婚約者がいたならば、また違った反応だっただろう。
 彼が滑落事故に遭い死んだとされるまでは当然、婚約者は存在した。しかし半年後。奇跡の生還を遂げてからは、彼の母である皇妃モルガーヌが「今はまだ時ではありません」と、彼の婚約を頑なに拒否しているらしい。
 皇帝としては気が気ではないのだろう。
 そこでジルベールに白羽の矢が立ったというわけだ。もし万が一不測の事態が起こったとしても、ジルベールに子がいればロスマンの血は途絶えない。
 呪われた赤目は突然変異。遺伝として受け継がれる心配もない。
(予備が欲しいと言いたいのか)
 ジルベールは気だるげに息を吐いた。
「呪いの噂は貴族にこそ深く浸透しているが、平民にとっては歴史の一幕でしかない。そういうことでしょう? 節操なしにもほどがありますよ、皇帝陛下」
「そう結論を急くな、ジルベール。お前の婚約者に決まったのは、オルレシアン公爵家のレティシア殿だ」
「……は? レティシア……って、あのベル・プペーが!?」
 さすがのジルベールも驚きを隠せず皇帝陛下に詰め寄った。
 レティシア・オルレシアン。
 その人形のような儚げな美貌は、貴族どころか平民の間でも知らぬ者はいないほどの有名人である。ゆえに、ついたあだ名がベル・プペー。美しい人形だ。
 彼女を手に入れたいと願う者は多く、何人もの男が婚約を申し込んだらしい。しかし、すべてオルレシアン卿の手によって素気なく断られたと聞く。
 そんな彼女が、どうして呪われた皇子であるジルベールの婚約者に決まったのだろう。おかしい。絶対に裏がある。
「申し訳ありませんが、そのお話は――」
「お前に拒否権はないぞ、ジルベール。このような良き縁談、今後二度と舞い込んでは来まい」
「しかし!」
「言ったはずだぞ、お前に拒否権はないのだと」
「……そう、ですか」
(なるほど。オルレシアン卿と結託し、いざという時は目立たず速やかに俺を排除しようという魂胆か。反吐が出る)
 ジルベールは軽く頭を下げ「どうぞご随意に」と言って踵を返した。
 問題はない。
 こちらから婚約破棄ができぬのであれば、向こうから言い出すよう仕向けてやれば良いだけのこと。可憐な人形姫ならば、呪われた皇子の相手などすぐ嫌になるはずだ。どれほど美しい外見をしていようと、絶対に心を許したりはしない。
 ジルベールはそう誓って拳を握りしめた。
 この世に味方などいない。
 生き残りたければ己の力のみで立ち回るしかない。
(……ああ、でも、俺はどうして生きたいのだろう。いっそ――)
 いいやと首を振って深いため息を零す。
「レティシア・オルレシアン、か。親の言いつけとはいえ、俺の婚約者とは……可哀想なことだ」
 はは、と乾いた笑いが静寂な夜に響く。

 この時のジルベールは、まさかこの先レティシアの手によってとろとろに愛され、甘やかされる未来が待っているなど、想像もしていなかった――。

TOPへ