書き下ろしSS

麗なる悪女になりたいわ! ~愛され転生少女は、楽しい二度目の人生を送ります~ Ⅱ

いけないからこそしたくなるもの

 いけないことというのはどうして魅力的に思えてしまうのだろう。
 時折、私はそんなことを考える。
 たとえば、やらないといけない宿題をしてないのにロマンス小説に手を伸ばしてるときだったり、深夜に隠れて魔導式冷蔵庫を開けてこっそり奥にあるプリンに羨望のまなざしを向けているときだったり。
 いけないことというのは、強く私を惹きつける。
 背徳感がスパイスになって、宿題をせずに読む小説はより面白くなるし、深夜に隠れて食べるプリンはこの世のものとは思えない甘さをしている。
 そして、今私はひとつのやってはいけないことに強く心惹かれていた。
(ヴィンセントの部屋に忍び込んで、隠してるものがないか探してみたい)
 少しの隙もないように感じられる、《優雅で完全なる執事》のヴィンセント。
 しかし、だからこそ何かすごいものを隠している可能性もあるように感じられた。
 そもそも、人間はみんな何かしら欠けているものや残念な部分を持っているもの。
 ヴィンセントは完璧に見えるからこそ、私たちが想像もつかないような何かを隠し持っている可能性もある。
(とんでもなくやばいえっちな本を隠し持ってる可能性があるわ)
 えっちな本にそこまで興味は無いが、ヴィンセントがどんな本を隠しているのだろうという知的好奇心はある。
 幸い、王都に移り住んだことでヴィンセントの私室の警備体制は明らかに以前よりも簡易的なものになっていた。
 私はヴィンセントがいない隙を見計らって、ヴィンセントの部屋に忍び込んだ。
 扉を開けて中に入る。
(びっくりするくらい物がないわね)
 まるで使われてないんじゃないかと思うくらい生活感がない部屋だった。
 足を踏み入れたそのとき、警報器が鳴って魔法罠が作動した。
 床に穴が開いて、その下にあった網が魚を捕まえるみたいに私を拘束した。
「なにやってるんですか、ミーティア様」
 慌てて部屋に飛び込んできたシエルは、網の中で不服な顔をする私を見て言った。
「ヴィンセントの部屋に忍び込んでみたくて」
「どうしてそんなことを?」
「ヴィンセントって部屋に私たちを入れてくれないでしょ。危険な装備もあるからって言うけど、本当は何かすごい秘密を隠してるんじゃないかと思うのよ」
「すごい秘密?」
「とんでもなくやばいえっちな本を隠してるかもしれない」
「とんでもなくやばいえっちな本……!?」
 シエルは愕然とした。
「まさかそんなこと……いや、たしかに、考えてみれば十分あり得る話ですね」
 真剣な顔でうなずいてから続ける。
「ヴィンセントも成人男性ですし、仕事柄普通の人では体験できないようなこともたくさん経験している。窮屈な貴族社会でリュミオール家のご当主に仕えるのもストレスなくしてできない仕事だったはず。反動で人には言えない趣味を持っていてもおかしくはありません」
「私たちは一緒に暮らす仲間として、ヴィンセントの心の闇にも寄り添ってあげないといけないわ。隠しているのはそれだけで精神の負担にもなる。私はより良い主人になるために、ヴィンセントに知られないように彼の秘密を知っておきたいの」
 私は網の中から真剣に思いを伝えた。
「というのは建前でヴィンセントの秘密を知りたいというだけですよね」
「その通りよ」
「人の部屋に忍び込むのはいけないことですよ、ミーティア様。仲間だからこそ知られたくないこともあると思います。それに、ミーティア様はまだ十一歳。そういうのは少し早いと思います」
「それはそうかもしれないけど」
「ですが、ヴィンセントの秘密というのは大いに気になりますね」
 シエルは思案げに口元を手で覆ってから、瞳を輝かせた。
「やっちゃいますか」
 こうして、私たちはヴィンセントの部屋に眠る秘密を解き明かすべく戦いを開始したのだった。

 ヴィンセントの部屋には、侵入者を捕縛するトラップが無数に仕掛けられていたが、ヴィンセントからエージェントとしてのスキルを学んだシエルは、その傾向と対応策を熟知していた。
「多分ヴィンセントならこの辺に罠を解除できるポイントがあって」
 何もない壁を叩くと、中から罠を解除する魔法罠の鍵穴が出てくる。
「この鍵なら開けられます。少し待っててください」
 罠を解除して、クローゼットの奥にある衣装棚を探る。
「待ってください。この引き出しはそのまま開けると罠が作動します。ここに隠してある罠の機構を解除してから開けるのが大切で」
 数々の罠を突破して引き出しを開ける。
 折りたたまれた服の奥。二重底の中に隠してあったのは一冊の本だった。
「こ、これは……」
「普通にえっちな本ですね」
 ぱらぱらと中を確認しつつ言うシエル。
「全然アブノーマルじゃありません。むしろ、初心者向けという感じのものですね」
「一冊だけだし、あまり読んでる感じでもないわね」
「もしかしたら、これも偽装なのかもしれません。本命のハードなやつはその奥に――」
 シエルが言いかけたそのときだった。
「なにをやってるんですか、二人とも」
 振り向くと、ヴィンセントが静かに微笑みを浮かべて立っていた。
「こ、これはシエルが罠を全部解除して」
「言いだしたのはミーティア様じゃないですか!」
 ヴィンセントは手際よく壁に隠してある小さな扉を開けて、その中にあるスイッチを作動させる。
 床に穴が開いて、中に隠してあった網が私とシエルを捕らえた。
「ゆっくりお話をしましょうか」

 私とシエルはヴィンセントに謝罪し、「もう二度とこんなことはしません。食後のプリンに誓って」と約束した。
「あと、ミーティア様。近頃真夜中にこっそり冷蔵庫のプリンを食べてますよね」
「ぎくり」
「これを機に、よくない習慣は改めるようにしてください」
 こうして、ヴィンセントの部屋探索作戦は終わった。
 いけないことをやるのは楽しいけれど、用法用量を守ってやることにしようと思う。

 ◇  ◇  ◇

 夜の闇の中で、ヴィンセントはミーティアとシエルが見つけた《普通にえっちな本》を手に取る。
 表情を変えずに脇に置き、その奥にある隠し扉を開けて小さな箱を取り出す。
 鍵付きの小箱を開けたその中には、様々なものが入っている。
 綺麗な色の石、大きな鳥の羽、枯れた野草のネックレス。
 ミーティアがプレゼントとしてくれたそれを、ヴィンセントは見つめて目を細める。
 普段の彼とはまったく違う穏やかな表情が薄明かりに浮かぶ。
 禁じられた想い。プロフェッショナルとして許されない父性がそこにはある。
 制御できない想いは、いけないことだからこそさらに甘美で強いものになる。
 人は皆秘密を抱えている。
 ちなみに、シエルの部屋にはとんでもなくやばいえっちな本があるが、それは彼女だけの秘密である。

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