書き下ろしSS

魔女アーネスの、使い魔の、推しごと~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ!~

全トーカティア女子注目! 王都系ファッションはコレで決まり!

「むむ……当たり前だけど、女性しかいないな」

 朱色の夕焼けから紺の闇へグラデーションする空の下、アーネスの手を引くヨウジは、にぎやかな商店街の中、ナウなヤング女子向けと思われる服屋の前にやって来た。

「ほんと、アタシはこのままでいいわよ。嫌われ者の黒魔女らしく、黒ずくめの陰気な服装が性格にも合ってるの、うん」
「そんなこと言わずにさ。別に、そのカッコがダメってわけじゃないけど、よそいきコーデもあった方がいいよ」

 目的はケモ耳を隠すためだったが、バンダナ風に頭を手ぬぐいで巻いたヨウジの見た目は、ユーオリアに用意されたコーディネイトと合わせ、それはそれで王都(トーカティア)カジュアルとして馴染んでいた。
 対するアーネスは、黒ワンピースに黒マント。分厚くて頑丈な生地も古びてきており、村に居続ける想定だとしても、普通ならそろそろ新調したいと思うだろう状態だった。

「オシャレなんて興味ないのよ。服を買うくらいなら、1冊でも多く本を読んで知識を蓄えた方がいいと思わない?」
「アイドルのオフは自由だし、そういうキャラもアーネスの魅力だと思うけど。でも……違ったイメージの私服、俺は見てみたいなぁ」

 ヨウジの言葉に、アーネスはしばし黙って思案する。
 どんな返事なら『チョロさ』を感じさせず自然に店内へ入れるか、ギュンギュンと思考回路の回転数をブン回す。

「ま、まぁ……王都で悪目立ちしないためには、それもいいかもね。アタシはまだ、世界を裏返す計画が完全に立ち消えたとは思ってないし? そのために、殺気を消して潜伏することも……」
「はいはい、そんなことにならないようアイドル活動がんばらないとな。よし、入店!」
「ちょ、ちょっと! 『魔王になる!』とか言う子供をあしらうくらいのノリで、アタシの野望を片付けるのやめて!」



 カラカラと木製ドアベルを鳴らし店内に入る。と、飾った花やポプリの、そしてもちろん女性そのものの匂いがヨウジの嗅覚を取り囲む。

(むぅ……ただでさえ女全般NGだってのに、今の俺にコレはなかなかキツいっすね……)

 女性客たちの方も、場違いな男&黒ずくめ少女が気にならないわけもなく、注目の中、ふたりはとにかく展示されている衣装を見て回る。

「ふ、ふーん……今、王都(ここ)ではこういう感じが流行りなのかな。アーネス、好みのものはある?」
「好みなんて……こんな都会の服屋に入ったの初めてだもの、わかんないわよ」

 オシャレに縁遠いアーネス&ヨウジがウンウン唸っていると、背後から突然、ツインテールに髪を結わえた女がふたりの間に文字通り首を突っ込んだ。

「どんなカンジのん探してるカンジですかぁ?」
「はわぁ!? な、何よアンタ!」
「あーし、この店の売り子ですよぉ。もしかしてぇ、ふたりとも王都初めてなカンジ? あっ、田舎モンて言ってるんじゃなくてぇ! だって、あーしも元々田舎者なカンジだからぁ!」

 なれなれしさ全開で喋り続ける服屋の売り子に、アーネスもヨウジも目を白黒させるばかり。そもそも女性というだけでダメなヨウジにとって、モンスターと呼んでも差し支えない存在だった。

「田舎モン、全然いいですよぉ! 新しいもんいっぱい感じれて、都会生まれの人より絶対楽しめるカンジですもん。マジ田舎モンのあーしが言ってるんだし、間違いないんでぇ!」
「ちょ、ちょっとヨウジ! この子、どこに割り込んでいいかわかんないんだけど!」
「いや、俺だって無理無理。アーネス、ちょっと『自分達で見て回るから』って言ってくれよ」
「だから、会話のスピード感がわかんないんだってば! もう無視して……きゃ!?」

 クセ強な売り子は突然アーネスの肩をガッシと掴み、ヨウジから引き離すと耳打ちする。

「カレシ、結構カッコいいじゃん! 初デート? 初々しいねぇ!」
「なッ……ち、ち、ちが!」
「どんな服着るかって超重要なカンジよ? あーしに任しとき! カレシが夢中になるカンジにしてあげるし!」
「ま、待っ……は、話を……ッ!」

 嵐のようにアーネスが奥へ連れ込まれ、店内に静寂が戻る。ヨウジはただただ立ち尽くすしかなかった。

(マジで……何が起こってるのか理解が追いつかないんですけど。アレがもし悪い奴だったりしたら、相当ヤバいかもしれない……そんなことないとは思うけど)

 護衛としての役割を思い出し、ヨウジは少しヒヤリとする。

(おそらくオススメの服を試着させてくれるんだろう。あんなのでも服屋で働いてるんだ、きっとアーネスが似合う都会のファッションを……)

「ちょ、待っ! ウソでしょアンタ!? 無理無理無理無理!!」

 アーネスの慌てふためく声が聞こえてヨウジは振り返り、奥から出てくるふたりを迎える。

「ジャッジャーン! お待たせ、カレシ君! 見て見て? これが最新の王都流(おうとりゅう)着こなしってカンジ!」
「バカ! 放して! やっ、ヨウジ、見るな!!」

 肩を掴まれたまま、無理やりヨウジの前へ連れて来られたアーネス。
 その装いは、胸と腰回りに布を巻きつけただけの、ヨウジの元いた世界なら『水着』と変わらない露出度の服(?)だった。

「Oh……王都では、こんな攻めたファッションが主流なのか? お、おそるべし……」

(アイドルの魅力を伝える活動の一環として、グラビアなんかも立派な一要素。とはいえ、この世界の貞操観念的にどうなんだ? 現実ではみんな麻痺してるけど、あんな下着より露出度高いようなカッコ……。そもそも、アーネスの歳でセクシーさをアピールするのは……)

 いつものようにアイドル活動中心でグルグル思考を巡らすヨウジ。だが、それはアーネスの素肌が眩しく、気恥ずかしくなって無意識に逃避するためでもあった。

「どーです? あーしが考えた最新の着こなし、超色っぽいカンジでしょ!」
「アンタが考えたんじゃないの! 大体、色違いの布巻きつけただけなんて、こんなの服って言わないわよ! うん!」

 栄養十分とはいえないスレンダーな体を少しでも隠すようによじり、売り子にツッコむ。
 肩を掴む力が強いのか、アーネスが非力なのか、そのどちらもなのか、その場にとどまりながらチラチラとヨウジの表情を窺う。

「ヨ、ヨウジはどうなのよ! こんなの見て……嬉しいわけ?」
「そりゃ…………あ、いや、その、嬉しく……」

(待て、慎重に答えろ! ○×回答、単純にどっちか選んでもダメだぞ? ここは……ッ)

「嬉しく……ないわけないよな。ユーオリアが言ってたけど、人間の体は芸術。それなら、推しの体を見られるなんてオタクとしてありがたいことだ。あ、もちろん、見られなくても、ありがたさは変わらないんだけど……」

 さすがのオタク仕草。ぐだぐだ長々と言葉を羅列するヨウジ。
 照れ隠しもあり、言い訳のように聞こえるが、ちゃんと本心でもあった。

「ただ……ほかの(ファン)には見せたくない、って思っちゃうな」
「な……バ、バカ、なに言ってんのよ、もーう!」

 ボソッと、さらに本心を出してしまう。
 それを聞き、ほほ赤アーネスよりも売り子のテンションが爆上がりする。

「んっキャ~~~~~~ッ!! あっついあっつい! もーコレ着たまま街に繰り出しちゃうカンジでいーじゃん! いってら!」
「そうね……これで街中の視線はアタシのもの! って! ならないから!! まともな服持って来なさいよ、このちゃらんぽらん店員――ッ!!」

 ゴォウと一陣の風魔法により、売り子ごと自分の体を浮かせるアーネス。ヨウジの顔を見ないようにして、再び裏手の試着室へ戻っていった。
 特殊な店員のせいでデートの始まりが騒がしすぎるものになり(デートという意識はないが)、無意識にドキドキワクワクするような高まりを、ふたりともが感じていた。

(健康的な露出はあって欲しいが、悪い虫がつくのは困る。あまり普段から可愛さがバレるべきじゃないか? うーん、やっぱオタク意識よりオトン感覚の方が強くなってる気が……いや、やっぱり……)

 一オタクであり、使い魔であり、保護者でもあるヨウジの苦悩はまだまだ続く。

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