書き下ろしSS

亡国家のやり直し 今日から始める軍師生活 Ⅰ

ある文官の休日

 その日の僕は、休日で街へと繰り出していた。
 目的は古道具屋巡り。狙っているのは怪しげな古書や手記の類だ。
 僕の趣味は古今の軍事関係の記録を集めること。『そんなもの、何が楽しいんだ?』と、同僚たちには呆れられるけれど、こんなに没頭できる趣味は他にないと思う。
 古の時代から現在に至るまで、この北の大陸では多くの将や軍師が名を馳せ、勝利をその手に掴まんと死地を駆けた。それらの記録とともに戦場に思いを巡らせるのはとても楽しい。
 けれど、ちゃんとした書物はそれなりに値段が張る。僕は王宮務めの文官だから、王都の市民の中では比較的給金も良い。それでも次々に買い求められるほど、潤沢な予算はないのである。
 故に古道具屋を狙うのだ。古道具屋にはどこから流れてきたかわからない書物や、手記、雑紙の類が持ち込まれてくる。それらを吟味して、興味を惹かれるような代物を探すのが、僕の休日の過ごし方の定番のひとつ。
 王都にいくつかある古道具屋を回っている中で、少し面白そうな手記を発見した。ざっと目を通した感じだと、かつて戦場に出ていた兵士の日誌のようだ。どのような経緯で古道具屋の片隅に置かれることになったのか、それを想像するのもまた、楽しい。
「おじさん、これいくら?」
 古道具屋の店主は僕の差し出した手記を見て、一度目を細める。
「これなら半銀貨1枚でいいよ」
「半銀貨1枚かぁ。うーん。どうしようかぁ」
 迷う僕を見て、店主はやれやれと首を振る。
「まあ、いつも贔屓にしてくれるロアだから、もう少し負けてやってもいい」
「本当かい?」
「そうだな……小銀貨3枚。これでどうだ?」
「それなら買うよ。ちょっと待って。今、お金出すから」
 僕がお金の入った革袋を取り出した時、大通りの方から何やら歓声のようなものが上がるのが聞こえた。
「あれ!? もしかして、騎士団が出陣する!?」
 確か今日、騎士団の出立予定はなかったはずだ。ってことは緊急の出陣!? こんなところでのんびりとはしていられない!
「おやじさん、じゃあこれ! 商品はもらっていくよ」
 僕は慌てて、小銀貨を4枚カウンターに置くと、手記をつかんで店を飛び出す。
「おい! 1枚多いぞ!」
 と言う店主の声を背中に聞きながら、大通りへと走った。

  大通りに出ると、案の定、騎士団が出陣する最中のようだった。まだ僕のいる場所は通過していない。道ゆく人々が通りの端に寄って、真ん中を開けているのですぐに分かる。
 今、王都に滞在しているのは第一騎士団と、第七騎士団、それに……
「おっ来たぞ!!」
 僕の横で誰かが声を上げた。騎士団がやってくる王宮の方から、さざなみのように歓声が伝播してゆく。
 先頭の騎士が掲げた旗印を見て、僕はやっぱり、と心躍らせる。出陣してゆくのは王直属の特別な騎士団である、第10騎士団だ。
 煌びやかな鎧を輝かせながら、僕の前を次々と通過してゆく兵士たち。
 通り過ぎる彼らを眺めていると、再び向こうから大きな歓声が聞こえる。
「レイズ様だ!」
 僕も思わず声を上げた。
 漆黒のマントに身を包んだその人こそ、第10騎士団副団長、レイズ=シュタイン様。僕らの祖国、ルデク王国の英雄の1人。東西の国と戦争中でありながらも、ルデクが栄華を誇っていられるのはこのお方の存在が大きい。
 レイズ様の両脇には、同じく英雄と目される側近が2人。レイズ様の盾、グランツ=サーヴェイ様。そして、レイズ様の剣、戦姫、ラピリア=ゾディアック様。
 3人ともまっすぐに前を見据え、凛々しい顔で僕の目の前を駆け行けてゆく。

「かっこいいなぁ」

 僕からすれば、彼らは物語の中の主人公そのものだ。こうして同じ時代に生きて、実際に姿を見ることができるのは幸運と言える。
 尤も、レイズ様は厳しいお人だ。王宮内ですれ違っただけでも身がすくんでしまうような相手だけど、こうして遠巻きに見る分には楽しいだけで済む。
 第10騎士団が完全に通り過ぎると、人々はまたいつもの生活へと戻ってゆく。僕はしばらくその場で、騎士団の通り過ぎた余韻を楽しんでいた。

 このわずか1年後にルデクは滅ぶ。

 そしてそこから、“僕の物語”が始まるのだ。

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