書き下ろしSS
滅亡国家のやり直し 今日から始める軍師生活 Ⅱ
ここまでの話。その先の話
第10騎士団の食糧庫の片隅にある、小さな机。
帳簿の記入などに使っているこの場所で、僕が黙々と書き物をしていると、ひょっこりとルファがやってきた。
「あれ? ロアだ。どうしたの? 今日お休みでしょ?」
「ルファこそどうしたんだい? 君だって休みだろ?」
そう、僕らは休養日であり、このような場所で会う事は珍しい。
「うん。ちょっと忘れ物。ペン、置いて帰っちゃって。昨日、帰りの頃が少し忙しかったから!」
言いながら見せたペンは、軸の方に綺麗な羽が飾られていて、一目でそれなりの代物だとわかる。ラピリア様からプレゼントされた、お気に入りの物だと聞いた事があった。
「そっか」
「で、ロアは何をしているの?」
「あー、うん。大した事じゃないのだけど、この間の戦いの記録を書いていたんだ」
実際に戦場に立ったという意味では、初めての戦場だったハクシャ。実に様々な事があったこの戦いを、僕なりに記録に残してこうと思ったのだ。
「宿舎でやれば良いのに」
ルファの意見は尤もなのだけど、
「この場所は人の出入りがほとんどないからね。宿舎よりも集中できるんだよ」
僕にそのように言われたルファは、改めて倉庫を見渡す。広々とした薄暗い倉庫には、静寂が漂っていた。僕らのいる場所だけは、作業用に明かり取りの窓が付いているので、光が差し込んで、ひだまりを作っている。
ぐるりと一回転したルファは、「そうかも!」とひどく納得したような顔をして、その神妙な顔つきに僕は思わず笑みが溢れる。
そんな僕に少し頬を膨らませたルファ。それからふと、首を傾げた。
「あれ? でもハクシャの戦いの記録なら、もうレイズ様に提出したんじゃないの?」
「それは報告書だね。こっちは僕の趣味用。あくまで僕が感じたこととか、思ったこととかを書いているんだ。日記に近いかもしれない」
「へえ。面白そう……」
何か言いたげに僕を見るルファ。僕は苦笑して、今書いていた紙の束を差し出す。
「別に面白くはないと思うけど、読む?」
「いいの!? 読む!」
「じゃあ僕は続きを書くから、そうだね、そっちの椅子で読んでいてくれるかい?」
「分かった。じゃあ、借りるね」
「どうぞ。面白くなかったら無理して読まなくても良いからね」
「はーい」
ルファは言われた通りにちょこんと座って、真剣に目を通し始めた。内容に未来の事は書いていない。読まれても問題ないはず。
本当はこの先の事も書き出しておきたいのだけれど、誰が、どこで触れてしまうか分からない。文章に残すのは、とても危険だ。
ルファくらいなら誤魔化せるかもしれない。けれど、万が一ルシファル=ベラスや第一騎士団の関係者の手にでも渡った日には、僕の命はないだろう。
これからの戦いの事、これから起きる事、それはただ、僕の頭の中だけにあり、当面はそのままにしておくしかなかった。
と、手が止まってしまっていた。今日のうちに書き切って、僕のコレクションに納めておきたい。
ええっと、どこまで書いたっけな。そうだ。リュゼルやウィックハルトと敵陣を逃げているところだ。灯りのない中で馬を走らせるというのが、あんなに怖いとは想像もしていなかった。
足元が全く分からない中で、全力疾走の馬に乗っているのだ。馬がどこかに足を取られたら、僕は空中に投げ出されて地面に叩きつけられるしかない。
リュゼルもウィックハルトもよくもまあ、平気な顔して駆け抜けられるものだ。僕も戦場を駆けていればいずれはなれるのだろうか?
いや、慣れる気は全くしない。
けれどあの戦いに参加したことで、なんというか、こう、一つ腹が決まったような心持ちになったのも事実だ。あの恐怖を覚えておけば、大抵の戦場で、恐怖に身をすくめるようなことはないと思う。
それにライマルさんの事も、僕にとって大きな心境の変化をもたらした。ラピリア様が言っていたように、犠牲も力に変えて前に進まなければならない。ライマルさんの死を無駄にしないためにも、僕は強くならないと。未来を変えるために。
「ねえ、ロア。聞いてる?」
気がつけば、ルファが真剣な顔で僕の隣に立っていた。
まさか、うっかり書いてはまずい内容を記してしまったのか?
僕はゴクリと喉を鳴らし、それでも勤めて平静を保ちながら「どうしたんだい」と聞く。
「うん、あのね……」
にわかに動悸が早くなる。
「これ、すっごく面白いから、借りて行って読んでもいい?」
思わず椅子からずり落ちそうになった。いつの間にか手には汗が滲んでいる。
「や、あくまで個人的な物だから……。うーん、そうだね、ここで休憩中に読むくらいならいいよ」
「ほんと!? やったぁ!」
僕は密かに大きく息を吐いて、再び続きを書き始めるのだった。