書き下ろしSS

人好し冒険者、転生少女を拾いました 大賢者の加護付き少女とのんびり幸せに暮らします1

ククルの魔術

 ククルは神様から次の世界で幸せになれるよう『大賢者の加護』を与えられた。
 大賢者が何者か彼女は知らないが、この世界にある魔術限定でどんなものでも使えることはわかっている。
 それはとても強大で、世界を一変させてしまうかもしれない力。
 だからこそ使い方には注意をしなければならないし、この力に振り回されてはいけないとククルは思っていた。

 この日、ククルはシリウスとともに魔術の訓練のため河原に来ていた。
「お父さん、見ててね!」
 危ないから、と大好きな父には離れて貰い、しかしアピールするように手を振ると、振り返してくれた。
「よーし、やるぞぉ」
 両手を前に出すと同時に、魔力を流す。
 イメージするのはゲームなどでよく最初に覚える魔術――ファイアーボール。
「やぁ!」
 気合いと共に十を超えるそれらが、ククルの意思によって空中で飛び回る。
 最初はグルグルと同じ動きを。
 次第に複雑な動きをするが、そのすべてをきちんとコントロール出来ていた。
 そのうち一つを、大きめな河原の奥にある石にぶつけ、浮いた瞬間に別のファイアーボールで空に浮かす。
 すぐに十個の火の玉が自在に動き回り、順番に下から当てて、石を上空まで押し上げていく。
「これで、ラスト!」
 もはや見えるか見えないか、それくらいの高さまでなったところで、全方位から一斉にファイアーボールが同時にぶつかり、激しい花火のように空で燃え上がった。
 危険がないとわかったシリウスが近づいて来たので、ククルは笑顔を見せる。
「お父さん、どうだった⁉」
「凄かったよ。びっくりした」
「えへへー」
 ギュッと抱きつくと、優しく頭を撫でられる。
 褒められた褒められたー、とククルが内心で歓喜していると、森の奥からガサリと音が聞こえた。
 見れば狼のような魔物――ヤンクルがこちらを見ている。
「っ――⁉ ファイアー……」
「駄目だよ」
 反射的に手を前に出すが、シリウスが優しく手を下ろす。
 なんで⁉ と見上げると、彼は少し厳しい顔をして首を横に振った。
「ここで火の魔術を使ったら、大変なことになっちゃうから」
「あ……」
 たしかに水辺とはいえ、今ククルが放とうとした方向は木々が並ぶ森であり、大惨事になっていたかもしれない。
「ごめんなさい……」
「ビックリしちゃったんだよね?」
「うん……」
 素直に頷くとシリウスは笑い、慰めるように頭を撫でてくる。
「俺がやるから、ちょっと待ってて」
 シリウスは慣れた動きでヤンクルに向かうと、逃げようとする背に石を投げる。
 それで怯んだ隙に追いつき、あっという間に首を刈ってしまった。
「これでよし、っと」
 手際よく毛皮を剥ぐ姿はもはや冒険者というより職人だ。
 離れたところにいるククルから見ても綺麗に取られた毛皮を持って、シリウスが戻ってきた。
「やっぱりお父さんの方が凄い……」
「これでも十年、冒険者をやってるからね」
 娘に良い格好が出来たからか、珍しくシリウスが自慢げだ。
「十年かぁ……」
「さ、暗くなる前に帰ろっか」
「うん……抱っこしてもらってもいい?」
「ククルは甘えん坊だね。いいよ、おいで」
 抱きつくと、意外としっかりした身体に支えられて安心感がある。
 ククルはこの世界に来てまだ一年も経っていない。
 大賢者の加護のおかげで好きに魔術が使える。
 だが、それが借り物の力でしかないことはよくわかっていた。
 ――もっと魔術の練習しなきゃ。
 この力はとても強大で、下手をすれば自分と一緒にいることでシリウスが狙われるかもしれない。
 もう一度五歳から人生をやり直すと決めたが、彼の迷惑になることだけは絶対に避けたかった。
「次はもっと凄い魔術見せるよ」
「今日も凄かったけど、もっとかぁ。それは楽しみだね」
 ――魔術を格好良く使えたら、お父さんも褒めてくれるし、やっぱり頑張ろ。
 世界とか関係なく、大好きな父に褒められたい。
 そんな欲望を隠しつつ、これからも魔術の特訓はしていこうと思うククルなのであった。

TOPへ